表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/24

謎の少女

 制服に着替えた俺はベッドに寝かせておいた空から降ってきた少女を抱き抱え、階段を降りる。稲美は緋炎の魔女を風呂に入れているため早々には出てこないだろう。義父さんも……まあ、大丈夫だろう。

 俺は誰にもバレぬように慎重に慎重を重ねて、ミッションインポッシブルも驚きのハイディングで玄関まで駆ける。しかし、


「ほう? 眷属の魔力を感じて何事かと思って来てみれば、幼女狩りとな?」

「……なんで、あんたがここにいるんだよ、魔女」

「私もいるんだけどなー」


 最悪だ。どうやら、さっき俺に抱き抱えられている幼女が空から降ってきた時に安易に眷属を召喚したために魔女に敵襲かと察知されたらしい。バスタオル姿で俺の背後に仁王立ちしてニヤリと笑う魔女を見て、俺は頭を抱えた。

 今度からは容易に眷属を召喚はやめよう。特に魔女が風呂に入っているときは。というか、もしかしたら、魔女は俺の居場所を察知するために眷属を明け渡したんじゃないのか? そうだとしたら恐怖ものだな。

 俺はいつでも監視されている。そう明言された気分で、俺がゲンナリと肩を落とした。


「コイツは空から降ってきたんだよ」

「ふむ。何もない空からか? 空から雨以外のものも降ってくると言う話があるように、ありえぬ話ではないが、些か信じがたいな。それに、女子は私以上に信じられないようだが?」


 魔女が言うとおり、俺の言っていることは普通ではない。だが、それが本当なのだから仕方ないだろう。と言っても、稲美は許してくれそうにはないが。

 ピキピキとこめかみ辺りに見える青筋が脈を打っている。随分とお怒りの様子だ。俺の経験論が語るに、このあとは……。


「ちょーっと、家族会議をしようか、響木くん」

「稲美、義父さんは仕事だぞ? 休ませる気か?」

「響木が進路を間違えないようにするための話だよ。仕事の一つや二つ潰しても換えは効く」

「……逃げるのは無理そうだな」


 本気で怒っている稲美に対抗できるはずもなく、俺は主である緋炎の魔女の方を見ると、魔女は面白そうに笑っているだけで助けようなどとは微塵も思わせない。俺に抱き抱えられている幼女も一向に目を覚まさないため、言い訳も効かない。

 稲美が俺の耳を引っ張りながら義父さんのいるリビングへと連行されていくと、義父さんを巻き込んで(稲美の表情が)ニコニコ大会議という名の説教が始まった。

 さて、説教の間、俺の置かれた状況というものを詳しく整理していこう。

 まず、俺は二年前に緋炎の魔女と名乗る女性に家と家族と財産を奪われた。ボロボロの体で対抗するわけでも無く、俺は成り行きに任せているとなぜか俺の態度が気に入った魔女が俺に七つの眷属と永遠の命を渡してきた。これにどんな意味があるのかは不明だが、七つの眷属は非常に強力で使い慣れれば登校時に使える移動手段へと変化した。

 そして、二年の間眠り続けた我が主の目覚めを俺は心から喜び、自分という存在を確認した。どうやら俺は吸血鬼というものになったらしい。自覚はないし、血を吸ったこともないため本当にそうなのかは分からないが、試そうとも思わないので何とも言えないだろう。

 時間は進み現在、俺は緋炎の魔女の目覚めとともに空から降ってくる幼女を捕まえた。緋炎の魔女も魔力の使いすぎか、幼女化してしまっていて俺の周りには二人の幼女が増えたことになる。


「――――って、聞いてるの、響木!」

「ああ、聞いてる聞いてる」

「もう! そんなんだから、彼女ができないんだよ!?」

「女を近づかせないのはお前だろ?」

「だって、付き合われたら困るもん! 家でイチャイチャされたら嫌なんだもん! 響木は私のものだよ!」

「おい。俺がいつお前のものになった。俺の人権を可及的速やかにお返し願おうか」

「嫌だよ!」


 嫌なのかよ! と心で思いながら、俺は無駄な反抗はせずに守りに入った。稲美が本気で怒っている場合、何も言わないのが先決だ。何か言えば稲美の無駄な説教が何倍にも増えて、学校の登校時間に間に合わなくなる。義父さんなんて、早く会社に行かなくちゃ怒られると新聞を読みながら小声で言っているくらいだ。

 がしかし、稲美の説教が終わるはずもなく(元はといえば、空から降ってきた幼女のせいなのだが)、俺は長い時間この場に押し留められそうだと判断し、学校への時間厳守は守れそうにないと断念した。

 と、そんな時だ。ずっと静かにしていた魔女が声を出した。


「娘が起きたぞ。意識ははっきりしている。怪我もない。話をするか?」


 どうやら魔女はずっと幼女の面倒を見ていてくれていたらしい。ただ意地悪なやつかと思っていたが結構面倒見のいいやつなのかもしれない。

 俺は稲美の話を一旦中断させて、幼女の下に向かった。ソファに寝かせておいた幼女は魔女が言った通り目覚めており、上半身を起こしてあたりを見回している。

 俺は幼女に顔を近づけると、


「大丈夫か? 意識ははっきりしているか?」


 と問いかける。すると、


「あなた、誰?」

「俺か? 俺は佐久間響木だ。お前さんは?」

「私は……サツキ、だと思う」

「だと思う? まさか、記憶喪失か?」


 俺が魔女に問うと、魔女は首を横に振った。理由を話そうとして、魔女はその口を噤んだ。なぜなら、理由よりも先に言わなくてはいけないことがあったから。


「侵入者だ。話は奴らをどうかしてからにしようではないか」

「侵入者? こんな民間の家にか? 泥棒とかじゃ……なんで銃とか持ってるんだよ!!」


 窓ガラスを割り、侵入してくる人物たちは重装備をした兵士(ソルジャー)たちだった。一気に囲まれる俺たちに、魔女は優雅に告げる。


「妾を誰だと心得る? 緋炎の魔女であるぞ。物騒なものを置き、理由を話せ」

「お、おい。こいつらにそんなことが通じる……のかよ!」


 魔女の言葉を忠実に聞いて、兵士(ソルジャー)たちは銃を置き跪く。どうやら、この兵士たちは魔術に心得のあるモノたちらしい。

 跪いた兵士の一人が徐に話し始める。


「緋炎の魔女殿。どうかこの場は退いてくれませぬか。私たちはそこにいる少女を回収しに来ただけでありますゆえに、危害を加えるつもりは毛頭ございませぬ」

「危害を被られぬのは妾だけであろう? この場にいる全員ではないとはっきり言ったらどうかのぅ」

「これは手痛い。ですが、そうでありますな。退いてもらえぬというのであれば――」


 カチャッと魔女に銃を向ける兵士。普通は魔女や魔法使いに銃は効かない。しかし、異様な雰囲気を醸し出す銃は普通の銃ではないと分かる。多分だが、銀弾の込められた聖なる銃だ。


 銀弾とは、魔を操る者を全て消し去る魔弾と対を成すものである。これに魔女や魔術師が触れればたちまち皮膚が爛れ溶け落ちる。ゆえに、人類が作り出した対オカルト用滅殺級兵器である。


 そんなものを向けられてなお、魔女が平気な顔をしているのは多分だが分かっていないからだ。長い間眠っていたせいで、この頃の武器というものを知らないのだろう。それに、知っていたとしても気の強い魔女のことだ、退くわけがない。

 さて、と、俺は重い腰を上げ、兵士と魔女の間に立った。


「何者かは知りませぬが、そこを退かないというのであれば、あなたごと――」

「緋炎のゲートをノック。緋炎の名において命ずる。これは勅命だ。打ち砕け、一番目の眷属、万物破壊の鬼熊(カタストロフィ・アルクーザ)!!」


 緋色の魔法陣が俺の突き出した右手の下に現れ、そこから巨躯の紅い熊が現れる。それを見て一瞬慄く兵士たち。だが、銃を向けていた兵士だけは冷静に銀弾をカタストロフィ・アルクーザに向けて撃った。しかし、カタストロフィ・アルクーザは銀弾に打ち抜かれてもなお、平気な顔で俺の傍に居座っていた。


「ど、どういうことだ。魔物のはずでは……」

「こいつの毛は特殊でな。妖力で形成されているんだ。銀弾は魔を操るものには最大の火力を発揮するが、それ以外では普通の銃弾よりも威力は半減以下だ。そんでもって、こいつには第二形態が存在する。来いよ、カタストロフィ・アルクーザ!」


――――BUUUUUUU!!


 雄叫びを上げて、カタストロフィ・アルクーザは形を変化させる。俺の体にまとわりつき、一着のコートに変化したと思うと、俺の体に力が沸き上がってくる。

 カタストロフィ・アルクーザ第二形態、眷属武装。眷属を纏って、その力を何倍にも引き出す制御型だ。そして、このモードの俺は異常なまでに強い。


「稲美、あれを頼む」

「はいはい。おいで、迷宮創造の星罪(ラビュリントス・アステリオス)


 稲美が唱えると、我が家の空間が歪み、新たな世界を構築する。やがて出来上がったのは、難解な迷路の一室だった。

 稲美の迷宮創造の星罪(ラビュリントス・アステリオス)は迷宮の中に閉じ込められた怪物、ミノタウロスが置かれた状況を具現化させたものだ。よって、誰も解き明かすことのできない迷路に俺たちは送り込まれたことになる。だが、これでいい。今の俺の状態では家を二つ三つ吹き飛ばすこと間違いなしだったからな。こうやって、壊してもいい場所に移動できたことは、これを使うときには必須事項であった。

 場所は整った。役者は……どうかは分からないが、魔女が目覚めた景気づけに、いっちょ暴れるぜ。


「ほほう。あやつ、二年の歳月であそこまで眷属を使えるようになっていたのか」

「そーだねー。まあ、扱えるようになったのは、あなたを守っているうちにだけどね」


 そう、二年の間、魔女を狙って数々の刺客が送り込まれてきた。家も、何度壊しかけたことか。しかし、そのおかげもあって、俺は七つの眷属をほぼ完璧に掌握しつつあった。

 だから、どうしたと言われればそこまでだ。こんな力なんて本当は必要なかったし、むしろファンタジーに巻き込まれた気もしなくもないが、元来の楽観的思考と行雲流水を座右の銘にする俺の性格が相まって今日の今日まで無視してきた。

 さて、そろそろ驚愕も冷めてきた兵士たちに向けて、俺は再度問いかけた。


「俺がこのモードになったからにはお前たちの勝率は砂浜からノミを見つけるほどの難しさだ。それでも、本当に戦うんだな?」

「ちっ……打て! 頭だ! 頭を狙え!!」


 リーダーと思われる男の命令通りに俺の頭を忠実に狙ってくる兵士たち。いい考え方だ。俺が普通だったらそれで死んでただろう。普通であったら、な。

 ニヤリ、俺は笑うと第三宇宙速度で移動し、兵士たちの背後まで回り込んでから、床に手を突っ込み『そのまま』持ち上げた。


「んりゃぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!」


 グラグラと揺れながら地面がまるまる持ち上がっていくのを見て、兵士たちは皆同様に、


「あ、ありえない」


 そう、呟いた。

 ある漫画曰く、『ありえないことなんてありえない』らしい。俺はその言葉を忠実に再現してみせた。よって、この勝負、俺の勝利だ。

 持ち上げた床を渾身の一撃で打ち砕き、俺は宙を舞う兵士たちに向かって飛び第三宇宙速度のパンチで一人一人撃ち落としていく。時間にして約二分。俺の家に侵入してきた男たちはロープで縛られ、リビングでホールドアウトされていた。

 ふぅっと、息を吐いた俺に、魔女が小突いてくる。


「んだよ」

「やはり、妾の目に狂いはなかったのぅ。お主、立派な妾の眷属になっておるではないか」

「そりゃどうも。別に、あんたを守るために強くなったわけじゃないんだよ。やらなきゃやられる状態だったから――ああもう、そういうことにしとけ」


 ニヤニヤと笑う魔女に、俺は呆れを覚えて少しだけ頬を赤くして魔女から離れた。

 静かになった我が家で、早速俺はこうなった理由である幼女に話を聞こうと再び幼女に近づく。そして、


「さて、そろそろ話を聞かせてもらうぞ。知らないとは言わせないからな?」


 威圧気味に幼女に話しかけたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ