戦争の準備
魔力が体を駆け巡る。そんな初めての感覚が俺に変な違和感を与えるが、それが魔女が常に感じていたものなのだろうと思えば、そこそこ納得できた気がした。
要するに、左手に描かれた紋章から魔女の魔力を媒体に永遠と魔力を生成し続けているということだろう。普通は、心臓や脳がそれを行うのだが、俺の場合は元の体が魔力を作れないため眷属の無限輪廻の覇龍に頼っている。魔女と同じ魔力だが、全く系統の違うものというわけだ。
「準備は整った。けど、颯希を拐っていったやつはどこにいるんだ?」
「さあのぅ? 妾にもそれは分からぬよ。結社に探させれば、見つかるかも知れぬぞ?」
「げっ、結社かぁ」
俺はどことなく結社が好きではない。前にも言ったが、結社は俺を王様に仕立てようとしている。というよりも、一部では俺を王様だと言い張っている奴もいる。魔女が一番上の位だと言うのにも関わらず、俺をその位置に立たせようとするのには理由が存在する。
魔女は二年の間眠りについていた。その間、顔となる存在が存在しなかった。結社としてはそれでも構わなかったのだが、そこで眷属の俺が存在してしまった。結社としては魔女と契約関係にある俺を抹殺したかったのだろう。何度となく殺されかけた。
だが、その度に魔女の眷属の覚醒が行われ、いつしか魔女に変わる最強へと俺のレッテルは結社の中で上っていった。そこで、結社は考えた。顔である魔女の立場を神として、俺をその足がかりの王様へと仕立てようとしたのだ。縛られることが嫌いな俺にはそれがとても気に入らなかったので断っていたのだが、結社に来るたびに王様だとか言われるのであまり関係性を持たないようにしてきたのだ。
そのせいで、俺はどことなく結社に苦手意識を持っている。
「お主がここを嫌う理由もなんとなく聞いた。いいではないか。人の上に立つチャンスだぞ?」
「あんたは俺の性格知ってるだろ? いいや、知らなくてもわかるはずだろ? 俺は面倒が嫌いなんだ。縛られることも大嫌いだ。自由が好きなんだよ」
「自由を得るには、時に誰かを利用しなくてはいけないこともある。それが今だということだよ」
「そんなの、わかってるよ。利用することはいいんだ。ただ、ここの対応がな……」
魔女は俺のことをまだよくわかっていないようだ。王様だとか、そういうことを言われるのはまだいい。ただ、ここには人を縛る力が存在する。俺の嫌いな、拘束力が存在するのだ。
俺は利用しろと命令気味になっている魔女の言葉に首を横に振って否定する。
「俺は、俺の力でどうにかしたいんだ。他人の力を借りないとかじゃなくて、誰も縛らないようなそんな力で解決したいんだよ」
「それで、あの娘が苦しむ時間が増えてもか?」
ピクっと、俺の体が震えた。
確かに、俺に奪取が遅れれば、颯希はどうなる? あの男といる時間が多くなる。時間が多くなれば何かしらの行為も長くなる。それで、もしも手遅れになってしまったら? 帰らぬ人にならないといったい誰が言った? ひどいことをされていないといったい誰が保証してくれる? いないのだ。そんな俺の方に有利になる情報を与えてくれる人物はいないのだ。
吸血鬼という存在を受け入れた俺には、なぜか独占欲というものが芽生え始めていた。魔女の血を吸った時もそうだったように、奪ってしまえと、体を縛り付けるものがある。
無論、そんなものに取り込まれるほど俺の意思は弱くない。しかし、颯希のことを考えれば考えるほどにその声は大きくなる。奪われたくなくば、奪ってしまえ。全てを、己が手中に納めろ。でなければ、全てを失うぞ。
その通りだ。俺は失ってきた。奪われてきた。俺が守りたかった自由は、時間は、全てあらぬ方へ進んでいる。昔は力がなかった。今はどうだ? 力がある。世界を壊すほどの破綻的な力が。
ゴクリと、俺は生唾を飲んだ。
「なあ、魔女」
「なんだ?」
「俺は吸血鬼だ」
「そうだとも」
「そして、俺は自由主義者だ」
「そうなのかもしれぬな」
「平和主義は……一旦返上するとして、俺は人生で初めて自由主義を返上しようと思う」
「……そうか」
「と言っても、身に付いた自由主義観念はぬぐい去れない。だから、俺は颯希を一刻も早く奪い返すという拘束だけをしようと思う。それでも、構わないよな?」
「そんなこと、主に聞くな。お主は意思ある眷属。自分で考え、自分で感じ、自分で行えばよい」
そうか。いいや、そうだよな。俺は意思ある眷属。緋炎の魔女という主を持つ、|完了型超合成多目的高知能魔獣の吸血鬼。何をしようとも、自分で考えることのできるただ一人の眷属だ。
俺は魔女に視線を合わせずにつぶやくように言った。
「俺、決めたよ。ここの結社の王になる」
「そうか」
魔女は、短くそう告げた。俺は立ち上がると、既に幼くなっている魔女を抱き抱えると、そのまま結社の総帥の部屋へと向かっていく。
不可視領域に作られたこの場所は西洋の城を真似て作れらている。そのため、王室も存在するし、戦略室も完備されている。そして、今から行こうとしているところは総帥のいる場所、戦略室だ。
「失礼するぞ」
ものの数分で着いた戦略室の扉を開き、俺はズカズカと部屋に入っていく。その部屋の奥に、総帥は存在した。目の当たりに傷があり、髪の毛も白くなっている中々な歳を取った男、沼田磐吉の前に立つと、俺は抱えていた魔女を床に下ろす。
「これは、緋炎の魔女様。無事の帰還、結社の全ての配下は快くお思いですぞ」
「良い良い。それよりも、話があるのは妾の眷属の方だ」
「ああ、そういうことなんだ。で、沼田さん。俺さ、ずっと断ってたけど、ここの王になろうと思う」
「本当ですか!? それは心強い! 緋炎の魔女様は未だに体のお具合が悪い。少しでも守りを固められるなら――――」
「それに伴って、二つだけ条件があるんだよ」
「じょ、条件とは?」
沼田さんがどんな要求をされるのか、緊張の表情を見せている中で、俺は静かに告げた。
「一つ目は、側近は俺が選んだやつしかなれない」
「い、いいでしょう。それで、側近に選ぶのは?」
「あ、ちょっと待ってくれ。今電話する」
スマホを素早く操作して、ある人物に電話をかける。ワンコールで出た相手に、俺がいる場所を伝えると、突如天井に穴があいて一人の少女が飛び込んできた。
「響木!! なんで、私の家が更地になってるのかな!?」
「あー、すまん。それは俺も知らないんだけど……」
「なに、強襲してきた少年を退けるために妾の眷属である佐久間響木が暴走して、咆哮で吹き飛ばした」
初耳なんですけど!? てか、なんでそんな大事なことを魔女はす知らぬ顔してスルーしてたの!?
衝撃に事実に俺は驚いていると、突如乱入してきた少女、稲美は大きく肩を落として深い溜息を着いた。どうやら、こういうことは慣れっこなようだが、その全てが俺のせいなのでなんと言っていいのかわからない。
まあ、呼び出したやつは来たので、知り合いではあるが一応紹介しておこうと稲美の肩を抱いて総帥の前につき出す。
「コイツが俺の側近だ。何度も会ったことがあるからわかるだろ?」
「なっ……なぜ、そんな奴が! そもそも、そいつは結社の人物じゃ――――」
「文句あるのか? いいんだぜ? ここで、眷属を大暴れさせて屈服させても。言っとくけどな、今の俺は心底虫の居所が悪い。平和主義を返上して、生まれて初めて自由主義を返上したんだ。今の俺は、何をするかわかないと思うがな」
俺の目は冷たく鋭い。相手を殺しても構わないという目を見て、沼田さんは体を震わせた。
結社が俺を王に仕立てようとしたのにはもう一つ理由がある。平和主義で、自由主義という性格を知っている結社は俺が争いを好まないことを知っている。だから、ありとあらゆる方法を使って、俺を利用しようと考えていたのだ。俺が、自分たちを殺せないということを分かりきっているがために出来る行為だが、別に俺は人が殺せないわけじゃない。ただ、それを行ってきていないだけで。
「そ、そんなことをすれば結社がどうなるか――――」
「俺は王になるとは言ったが、言うことを聞かないならここは俺の結社じゃない。主様の結社だ。俺には関係ないことになる」
「そ、それでは緋炎の魔女様の研究もできなくなるのだぞ!」
総帥はそういう反則的なことを言ってきたが、コイツはまだ知らないのだ。魔女の研究が俺の完了を持って全てが終わったということを。
それを伝えるために、魔女は一歩前に出て総帥に伝えようとする。
「ひ、緋炎の魔女様からも言ってください! こ、この眷属はあなた様の研究の邪魔を――――」
「妾の研究は終了した。結果も見られた。もう思い残すことはそう多くない。ゆえに、ここが消えようが存続しようが妾の知る由もない。わかるか? もう、必要ないのだよ、ここは」
「なっ……」
「ということだ。どうする? 魔女が居なくなれば、結社を存続させるのは難しいぞ。俺という存在がいれば、魔女も残ることを約束しよう。これまで通りの権力行使もある程度までは約束しよう。沼田さん、あなたの計画は破綻したんだよ。魔女を利用して世界征服なんて、俺がさせると思うのか?」
最終的に、沼田さんの計画はそうだ。魔女という世界に無頓着なものを武器に世界を征服する。容易ではないだろう。だが、できない話ではない。魔女も、それに賛成すればあとは簡単だ。
だが、そこに俺という存在がいればそんなことはさせない。沼田さんの計画は破綻した。結社があるべき姿に戻るキッカケになるのだ。
さて、話は終わりに近づいた。あとはもうひとつの条件を提示し、颯希を助けに行くだけなのだが、問題が起きた。沼田が暴走したのだ。理想の破綻に、性格を暴走させた。
「ふ、ふざけるな!!」
銃を取り出し、俺に向ける。俺はというと死ぬことはあっても、復活するため恐怖などないので冷静にその場で沼田を見つめていた。
すると、魔女は仕方なのないやつだと言って、指をパチンと鳴らした。瞬間、沼田を取り巻くように火柱が上がり、数秒で沼田を灰に変えた。
「そこまでしなくても良かっただろ」
「時間が惜しいのだろう? ほれ、他にも人はいる。そいつらに話せば良いだろう?」
「あ、ああ。そうだな。じゃあ、みんな、聞いてくれ」
沼田の他にも確かに人は存在する。情報班や武装班なのだが、そいつらに話しても大丈夫なのだろうか? という不安を持ちつつ、俺はそう言葉にすると、思いのほか恐怖を煽ったのか、その場にいた全ての人物がビシッと俺の方を向いて立っていた。
「俺からの条件はあと一つ。お前たちの力をフルに扱えるように、あんたたちの力の全てを俺に渡せ。無駄に死なせるようなことはしない。命は失わせない。だから安心して欲しい」
そう伝えると、なぜか、喝采が起きた。
ど、どうしたんだ? と思っていると、稲美が俺にだけ聞こえるように小声で伝えてくる。
(みんな、沼田って男にはひどい仕打ちされてたみたいだよ? 何十人もの人が死んでたみたい)
(お前、どこでそれ調べたんだよ……)
(私、ここの人とは仲がいいからね。ここの人たちの愚痴ついでに聞き出してたんだ)
沼田という人物の死亡を持って、全てが再始動した結社に、最初の仕事を与える。
「みんな、颯希を……俺たちの仲間を探し出せ」
そう命令すると、結社の奴らは大きな掛け声と共に、一斉にありとあらゆる方法で探し出した。容姿、性格、相手の人相や性格、口癖やこんな情報はいらないだろということまで絞り出され、その後の敵の行動を割り出した。
新生緋炎の結社。その初仕事は、颯希の奪還であった。




