緋炎の決意
「ま、待ってくれよ! 血を飲むってどういうことだよ!」
俺は差し出された主の艶かしい首筋を遠ざけるために肩を掴んで押し戻す。しかし、魔女は肩を露出させたまま、淡々と話す。
「お主は妾の最高傑作なのだ。知力と財力と才力と、その他諸々の全てをつぎ込んで作り上げた、妾の人生だ。魔女、というものをお主は少なからず接してきたはずだ。なら、わかるだろう? 妾がどうしてお主を選んだのかを」
「し、知るか! 少なくとも血を吸えとか言われるような考えには至らねぇよ!」
「ならば言おう。妾は、一目見ただけでお主だと思ったのだ。妾の全てを再現するには、体現するには、お主でないといけないと思ったのだ。妾の研究の最終目標は|超合成多目的高知能魔獣を作り出すことだ。そのために、妾は吸血鬼を研究していた」
吸血鬼? なんで、キメラを作り出すために吸血鬼を?
俺が首を傾げていると魔女は妖艶な体で俺を逃がさないために俺を抱きしめた。そして、耳元で全てを虜にさせる麗しき声で囁く。
「吸血鬼とは、他の種族の血を吸う亜人種の延長線上。その行為にはある目的が存在しているのだ。他種族のDNAを血を吸うという行為から自らに取り込み、それを体に反映させる。つまり、極めてキメラに近い存在だ。そのため、妾の夢の体現のために吸血鬼を研究していた」
しかしと魔女が言葉を区切る。
「吸血鬼は存在があやふやだ。体を霧に変え、夜にしか目覚めず、他の種族に変化する。なんとも自由自在であり、一個としての存在を失いやすい。本来の吸血鬼としての仕事を辞めるものも多い。だから、吸血鬼というのは絶滅した。その存在を他に変えすぎたのだ。元の姿になど戻れなくなった。元々、存在がなかったかのように消え去ったのだ」
それじゃあ、意味がないじゃないか。種族を消し去るほどのあやふやさなんて生き物として矛盾している。俺がそう考えているのを知ったのか、魔女は、
「種族の繁栄を望むのは多くの種族、いや全ての生き物の生まれながらにしての持ちわせる捨てることのできない性だ。しかし、妾たち魔女は人間をやめるという行為でそれを超越した。そして、吸血鬼たちもそれを生まれながらにして超越している。吸血鬼は何もない暗闇という無から生まれるらしい。ゆえに、普通ではない。普通ではない生き物の思考はいつだっておかしいのだ。吸血鬼たちもその考えからは脱せなかった」
なら何故。俺はそう言い返す。
「どうして、吸血鬼たちは繁栄を求めなかったんだ? 種族を繁栄させなくちゃ、存在が消えることは目に見えているだろ?」
「そうだ。その謎は至極簡単に解けたよ。なぜなら、妾がそう思っているように、吸血鬼たちもこう考えているからだ。他人と関わるよりも、真理を追い求めたい。あるひとつの事柄を永遠に追求していたい。そういう、性的欲求よりも深い欲求が植え込まれているかのように考えているのだ」
「追求? それが、種族を消し去ることにつながったのか?」
「そうだ。いいや、実際に聞いたわけではないがそれに近い考えだろう。ゆえに、妾は|超合成多目的高知能魔獣を作り出すために吸血鬼を利用することを断念せざるを得なかった」
再び話を区切り、魔女は俺を指を差した。
「そんな矢先だよ。全ての研究に詰まっていた妾の前に、轟々と燃え盛る家の中で自らの死に直面しているにも関わらず、平然とそれを受け入れるお主に出会ったのは。一瞬で妾はお主が欲しいと思った。だから手に入れた。強欲なままに、妾の体が求めるままにお主を引き入れた。全てはお主と出会って始まった計画だ」
その計画とは何か。魔女は嬉々として話し出す。
「いないものは仕方ない。呼び出すことも、連れてくることもできない。ならば、作ればいい。存在しないのなら、存在させてしまえばいいのだ。妾はお主を見てそう思った。そして、お主をそうした。不死を与え、妾との契約で莫大な魔力に触れさせ、二年という時間で数多くの強敵たちと戦い合わせた。そうすることで徐々にお主の体は変化した。死を経験すればするほどに体は少しずつ吸血鬼に近づき、そして昨日、お主は吸血鬼としての体を完成させた」
なるほど。やっと、魔女が言っていたことが理解できた。
要するに、俺は二年という時間の中で魔女の研究素体の役目を全うしたということか。あの時の問、俺は一体何のか。その答えを俺自身は吸血鬼だといった。不死で、強力な力を持ち合わせている。それは、ほかでもない魔女の欲しかった答えだったのだ。長い眠りの中で何を考えていたのかなどわからない。それでも、魔女は確信していたのだろう。俺が、そういう答えを出すのだと。
おれは、ガックシと肩を落とすと、
「全て、計画通りか。俺はあんたの手のひらの上で踊らされていたというわけだ」
「そういうことだな。どうだ? 利用されていた気分は」
「最高……ではないな。でも、俺があんたを主と認めたんだ。あんたが、俺を眷属だと言ったんだ。俺は自由を守る力を得て、あんたは夢の体現を目指した。対等な契約だ。だから、負けた気こそあれ、恨みを持つことはねぇよ」
「そう言うことも、計画通りだよ。流石であろう?」
「ははっ。そうだな。じゃあ、俺がこうするのも予想できたか?」
俺は大人の姿になった魔女の口に口を当てた。そして、舌を魔女の口の中に入れるとクチュクチュと音をあげて深いキスをする。
最初こそ驚いていた魔女だが、すぐに対応してきた。長いキスを終えて、顔を話す俺と魔女。最初に話したのは魔女だった。
「どういうことだ?」
「俺だって当てずっぽうで吸血鬼なんて答えを出したわけじゃない。ちゃんと、結社の情報網『図書館』で調べたんだ。あんたが眠っている間にな。俺はどういう存在なのかって。そこで偶然吸血鬼の情報が入ってきた。そして、こういう方法も見つけた」
「と、言うと?」
「吸血鬼は相手のDNAを吸収する生物だ。なら、血を吸わなくてもいいんじゃないかって。そういう論文を見つけた。吸血鬼って言うくらいだから血を吸う生き物だと思われがちだけど、その実DNAを吸収するだけなら相手の粘膜を少しだけ喰らえばいい。まあ、仮説では粘膜だと不十分なため血を吸っていると書いてあったけどな」
その仮説は正しかった。俺は先ほどのキスで魔女の口の中の粘膜を少しだけ喰らった。少しだけ体調は良くなったが、それでも不完全だ。そして、もう一つ。吸血鬼が血を吸う理由とされていたことがある。
それは魔術を理解していることによって得られた結果だ。魔力というのは血と共に体を中を駆け巡る。それがどう吸血鬼に作用するのか。吸血鬼は無から生まれたと魔女が言っていた。普通は無から有が出来上がるわけがない。ならば、体は無の象徴である魔力でできている可能性が高いはずだ。そして、魔力は衰退する。人間や動物のように魔力を生成するための器官が無から作られることはない。ゆえに、衰退する魔力を回復するには他から吸収するしかないのだ。
その方法が吸血だ。血にはDNAが存在する。皮膚を噛む時に皮膚を引っ張ることもあるだろう。そうすることで目的のDNAを吸収できるし、血と一緒に流れている魔力を吸い上げれば存命もできる。なんとも無理矢理な考えだが筋は通っている。
以上のことから、吸血鬼は魔力の回復とDNAの吸収を一回で終わらせていたのだ。
もちろん、俺にもその感覚があるわけで。いや、植えつけられたわけなのだが。
「足りぬのだろう? 魔力が。その体を維持するための、莫大な魔力が」
魔女はそのことを知っている。だから俺に首筋を差し出しているのだ。
抑えられない。性的欲求以上の拘束力だ。だが、その拘束力がアダになった。
「へ、へへ……吸うかよ。あんたの命と引き換えに、あんたの夢を叶えてなんかやるかよ」
きっと、俺が魔女の血を吸えば、魔力を全て奪ってしまう。それは今の魔女にとっては死を意味する。そんなこと、させるわけがないだろう。何より、俺は拘束されることが嫌いだ。それが自分自身で起こっていることだとしても、俺は認可できない。
本物の自由主義者はいつだって自由だ。ルールなんてないし、ルールを作ることもない。だからって、他人を苦しめることはない。そして、何より死を与えることはない。それは相手を縛り付ける行為だから。
ゆえに、俺は魔女の命令を聞いてはやれない。
「魔女、手を出せ」
「こうか?」
差し出された白く美しい手を優しく掴むと、近くにあった果物ナイフで指先を傷つけた。少しだけ痛そうな顔をした魔女を無視して、俺はその傷から漏れ出す血をチロッと舐めた。
どくんと魔力が空っぽの俺の中に入り込んでくる。もっと奪えと命令してくる。だが、それを押さえつけて、俺は立ち上がる。
「俺はあんたを殺さない。でも、あんたは俺の主様だ。夢を叶えるのは眷属の悲願だ。だから、自由主義者の俺は、そのどちらも取らせてもらう」
「どうやって……妾にもできなかったことをどうやって!!」
「こうやってさ――――緋炎のゲートをノック。緋炎の名において命ずる。これは勅命だ。廻り廻れ、零番目の眷属、無限輪廻の覇龍!!」
俺は意思ある眷属を呼び起こす。世界を包み込む巨龍を発現させるとどうなるか、そんなことは分かっている。それはウロボロス・オーフィスもわかっていることだ。
やがて、窓から差していた光が消え去り、暗闇がやって来る。見れば、空を覆い尽くす黒い龍がうねうね動いている。
『ああ、久しいな、人間ども。そして、元主殿よ』
「無限輪廻の覇龍だと?。これは一体、どういうことだ? なぜ、今あいつを呼び出した?」
「まあ、待ってろよ。ウロボロス・オーフィス。お前、最初から知っていたんだな。俺が死ぬたびに変化していたことを」
『ああ、当たり前だ。ああ、誰が貴様の体を復活させていたと思っている。ああ、それにしても無茶をする。魔力が少ない体での眷属召喚は負担が大きいぞ?』
「わかってるよ。だから、今の主を助けると思って、一枚噛んでくれよ。お前が、俺の魔力製造器官になってくれ」
俺の一言が、魔女と無限輪廻の覇龍を唸らせた。
そして、魔女はその言葉に笑い出す。
「は、ははは。あはははははっ! そういうことか! なるほど、その手は思いつかなかったぞ! 無限輪廻の覇龍の特性を利用して、妾の魔力を媒体に無限に魔力を生成させる気か! 良き哉良き哉! それでこそ妾が選んだ眷属だ!!」
どうやら、主様は俺の考えに目を輝かせて大喜びらしい。それはウロボロス・オーフィスも同じで、
『ああ、なるほど。良かろう。我が貴様の中に入れば、面倒な復活方法も、面倒な操作もいらなくなる。ああ、素晴らしい』
喜びの唸りを上げて、ウロボロス・オーフィスは俺の願った通りにその姿を変えていく。そして、俺の左手に俺自身のオリジナルの魔術印が押された。その絵柄にはウロボロス・オーフィスが自らの尾を噛んで綺麗な輪を描いた、黒い魔術印だった。
さて、と。俺は今度こそベッドから立ち上がった。颯希を助けに行くのではなく、奪い返すために。




