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事態の深刻化

 長い夢を見ていたようなそんな感覚の中で目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。天井には高そうなシャンデリア。俺が使用していたベッドも如何にもお値段が高そうなもの。部屋も王様の部屋かというほど大きく、広々としていてなんだか落ち着かない。

 起き上がり、俺は自分がどうなったのかを必死に思い出す。そして、眠る前の微かな記憶を引っ張り出し、俺が死んだことを理解させられる。


「俺は……死んだんだよな。じゃあ、ここは?」


 死後の世界、というほど華やかな場所ではない。いや、華やかではあるが、死後の世界を体験したことのある俺から言わせればこう言った仰々しい華やかさではない。なんというか、自然な華やかさ。命という儚いものが放つ輝きで彩られた神秘的な輝かしさなのだ。

 と、そんなことを考えている場合ではない。ここはいったいどこなのか。それを調べるのが先決だろう。

 俺はすぐさま部屋の隅々を捜す。ここが特定できるものを片っ端から見つけようとする。が、それらしいものは何もなく、敢えて言うなら本棚に難しそうな資料がある程度だ。この程度で何をどうしろというのか。神はいつから俺に嫌がらせをするようになったのか。いや、嫌がらせは生まれたその瞬間からされてはいたのだけれども、ここまで深刻化しなくてもいいじゃないかと思う。正直泣くぞ?

 さて、悩んでいても始まらない。ドアから脱出を目論むが、果たしてここがどこだかわからないのに外に出てもいいのかという悩みが勃発する。

 悩みを生み出すのは簡単だが、それを排除するのは非常に難しい。解決となると数段階レベルが上がる。そういうことから、ドアノブに手を置いた俺は動けずにいた。


「さて……さてさてさーて。俺はこれからどうすればいいんだろうな」


 止まった体のまま俺は口だけ動かしてひっきりなしに頭を働かせる。

 頼れる仲間はいない。まして俺なんかは頼りになどならない。なぜか魔女との繋がりも外れかかっているし、眷属たちは応答してくれないし。もうどうしろと?

 その時だ。俺が掴んでいたドアノブが動き、外側からドアを開けられたのは。かくして、現れたのは俺のよく知る幼くなった緋炎の魔女だった。


「なんだ。起きておったか」

「なんだじゃないだろ。ここは、いったいどこなんだ?」

「妾の家だが?」

「あんたの家? ……待て待て。じゃあ何か? ここは結社か?」


 魔女に家は存在しない。住む場所はマチマチだし、そもそも魔女はひとつの場所に長居しない。ゆえに、特定の場所に一戸を構えるようなことはしない。ただし、居場所を作ると意味ではそうではない。前にも言ったように、ほとんどの魔女にはそれに引き従う者たちで作り上げる結社というものがある。緋炎の魔女が言った家とはすなわちそれである。要するに、俺は敵に負けて魔女に助けられたというわけだ。

 大きく肩を落として、俺が寝かされていたベッドに腰掛けると息を吐いた。


「どうした? 結社に来たのは初めてではなかろう?」

「当たり前だ。何度も誘拐まがいのことをされたよ」

「ほう。その度に妾の家を破壊して回ったと。話は幹部の輩に聞いたよ。二年で莫大な資金の半分を建築代に変えられたとな」

「それは……まあ、言い訳はしないけどよ。そっちにだって非はあるだろ」


 だから金は払っているだろう? と魔女はカラカラと笑った。どうやら魔力の著しい消費による疲労はなくなったらしい。まあ、消費させたのは俺なのだが。

 そこで、俺はある疑問にぶち当たった。俺は殺された。稲美も帰ってきてはいなかった。俺が死んだタイミングでちょうど稲美が帰ってくるようなミラクルは存在しない。なら、そうだというのなら、いったい誰が俺を殺した少年を退散させたんだ?

 魔女はその問を勘付いたように話し出す。


「あの少年は、妾が追い払っておいたよ。なに、問題はない。ちょっとばかしの裏技を使っただけだ」

「裏技?」

「魔女、というのはのぅ。知っているとは思うが狡知なのだよ。いつ何時だって、自身が死なないために策を巡らせる。予防線を張っておくのだよ」

「それが?」

「今回、妾は緊急時だと判断した。妾を守る眷属は一時の休足に入り、幼児化した妾の魔力では少年を葬ることは困難であるとなった。約二年の眠りの間で溜め込んだ魔力の半分は貯蔵、封印していたのだが、それを開放して不完全ながら昔の姿を取り戻し、魔力も半快となった」

「つまり、それでその少年と戦ったと?」


 魔女は大きく頷いて、


「うむ。だが、消滅までは行かなかった。それに、妾がそんな無茶をしたのにはもう一つ理由がある」


 一息入れて、


「それはお主のためだよ。お主は黄金の呪いを全身に浴びた。それから解放するには莫大な魔力が必要だった。だが、お主には魔力が存在しない。だから、昔繋いだ回路(パス)を利用した。妾の中に魔力があれば、お主の体は死なないために魔力を喰らう。そう仮定してな」


 つまり、俺を助けるために奥の手を使い、尚且つ敵を返り討ちにしたと。さすが主様。やることが無茶苦茶だぜ。でも、それで助かったのだからお礼は必要だろう。

 俺は魔女に礼を伝えると、魔女はまだ話の続きがあると簡単な言葉だけ返す。


「ここからが本題だ。娘は連れて行かれた」

「娘……颯希か?」

「ああ。あやつの目的は最初から最後まであの娘だった。妾たちとの戦いは遊びに過ぎなかったというわけだ」

「待てよ。遊び? 確かに本気を出しているようには思えなかったし、そもそも戦う前に殺された俺が言うことじゃないけど、魔女はその口ぶりからすると苦戦したんだろ?」

「うむ。あやつは魔女狩りだった。数名の魔女を殺したという経験もあるらしい。そんな者に不完全な妾では些か力不足だったのだ。退散させるのが精一杯だった」


 すまないと言わないところだけは魔女らしいと思う。しかし、そうなると俺がすることは限られてくる。颯希を取り戻す。相手がどういうやつなのかは正直まだ分かっていない。だけど、いいやつではなさそうだ。

 俺は立ち上がると、ドアに向けて歩き出す。


「どこに行く?」


 それを制止する魔女。俺は振り返らずに、


「颯希を助けに行くのさ」

「自惚れるな。まだ、あやつが敵と決まったわけではなかろう。そもそも、あの娘に肩入れする理由が――――」

「理由なんていらないんだよ。ただ、助けたいから助ける。それがいいことだろうが、悪いことだろうが関係ない。俺がそうしたいからそうする、それだけだ」


 有無を言わさない鋭い視線。何度も言うが、俺は自由主義者で平和主義者だ。縛られることも縛ることも嫌いだ。そして、戦闘があまり好きではない。できることなら話し合いで済ましたいと思うほどには好きではない。

 そんな俺だが、俺の自由に関すること、知り合いの自由に関することを見ると平和主義者の肩書きを返上するシーンも多い。自らの自由のため、また知り合いの自由のために武器を取る。勝ち取らねばならないものは、力ずくでも頂く。例え、それが悪の行為だとしてもだ。


「そんな体で何ができる。妾との魔力回路も外れかかっているボロボロの姿で行って、どうなる?」


 確かに、言われてみれば俺の体はボロボロだ。なぜか微かな頭痛や全身に痛みが走っている。それを忘れられていたのはきっと、ほかのことに気が散っていたから。痛みを感じるということすら忘れる程に何かに囚われていたから。だが、一度思い出した感覚は二度と忘れられない。頭痛は激しくなり、全身の痛みは主張を大きくさせる。

 最終的に俺は吐血した。最後に死ぬ直前の時に起こったのと同じ、あの吐血だ。体に妙な鼓動が走る。中で何かが暴れている、そんな感覚だ。どうする? いや、どうすればいい? 颯希を助けるには、どうすればいい?

 違う。違うんだ。魔女の言ったとおり、俺がしようとしているのは俺の我侭(わがまま)だ。俺の仲間を奪うなという強欲だ。だから、助けたいなどと言っていいはずがないのだ。

 だから、言い直そう。俺がしたいことは救出ではなく、誘拐だ。颯希を奪うにはどうすればいい? こんな意味のない痛みに足を止めるべきか? そうじゃないだろう。俺がしようとしているのはある面で見れば悪事だ。悪事には罰が付きものだ。そして、その罰とはきっとこの痛みなのだろう。

 ならば、俺の行為に正当な理由や認められるべき仁義は存在しないのか? 俺はこの痛みを粛々と受け入れなければならないほどに悪人か? それも否だ。人の行動が善と悪に分けきれないのと同じで、ある面から見れば俺の行動は正しいのだ。

 善と悪、その両方があって初めて人は行動する。いや、その両方が無ければ人は行動できない。完全な悪などないし、完全な正義など存在しない。何かを恨んで、何かを殺して、何かを倒して、何かに打ち勝って、何かに負けて、何かに倒されて、何かに殺される。そんな、どうでもいいことを人間は何千年も繰り返してきたのだ。俺が行おうとしているのはその歴史の中のちっぽけな戦い。数多くの奪い合いの中のかすかな一瞬。その一瞬のために、俺は今、輝こうとしている。

 だから――――


「黙って、大人しくしやがれ!!!!」


 ドンっと俺の拳が心臓をぶん殴る音が鳴り響く。そのせいで心臓が一瞬跳ねたが、心臓麻痺まではならなかったので何とか立っていられた。

 俺を苦しめていたのはなんと眷属たちだった。どうしてか、眷属たちが俺の体を蝕んでいたのだ。その理由は魔女が説明した。


「そやつらはわかっているのだよ。相手が強いことを、お主では倒せないことを。そして、何よりお主の変化を」

「俺の、変化?」

「やはり、気が付いていなかったか。お主、昨日は何回死んだ?」

「……二回だな」


 そうかと魔女が言う。


「体は整った。だが、お主にはその体を維持するための魔力が圧倒的に足りていない。何を言っているか、わかるか?」

「わからねぇよ。あんたが何を言いたいのかなんて、わかるわけないだろ」


 魔女の肩を借りて、再びベッドまで戻った俺は魔女の言葉にそう答えた。すると、魔女は悲しそうに笑った。そして、例の封印していたという魔力を開放したのか妖艶な大人の姿に成長していく。初めて会った時と同じ漆黒の焼き焦げたようなドレス。そのドレスの腕の部分を下げて、艶かしい首筋を露出させる。


「さあ、妾の血を飲め。それで、完了する。完成から、お主を完了させられる」

「だから、何を言っているのか――――」

「わからなくても良い。お主は、妾の可愛い眷属なのだ。ただ、その体が求めるものを得ようとせよ」


 そう言って、首を傾けて魔女は首筋を俺に差し出すのだった。

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