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魔女の目覚め

 魔女の眷属は、行動をいつでも監視されている。と言っても、ほとんどの眷属は意思を持たず壊すことだけに生を感じる生物であるが、中には意思を持った眷属も存在する。その意思ある眷属を制御するために位置を補足できるための魔術を元から施すのが魔術界、ひいては魔女の中では常識である。そして、その位置特定にはもう一つのシステムが施されている。

 それは眷属の安否である。死亡、もしくは生死の境を彷徨っているなど、体力や精神の摩耗。もっと詳しいことまでわかるのだ。それを用いて眷属の死亡を感じ取った緋炎の魔女は回復に向けていた精神を目覚めさせ、位置特定でわかっていたリビングへ向かうことを決定する。

 横で寝ている颯希のことなど気に留めることはない。いつもの緋炎の魔女ならば囮、もしくは交換条件として連れて行くが今はそんなことを考えている暇はなかったのだ。なぜならば、不安定な研究材料が死亡してしまったから。

 それは緋炎の魔女にとっては異常事態。せっかく見つけた素体を壊された。研究者とすれば、それは由々しき自体なのだ。今の佐久間響木の状態は非常に危ない状態だ。目論んでいた結果が目の前まで訪れていたのにも関わらず、不安定な状態で破壊された。

 安否を確認するために緋炎の魔女は部屋を飛び出す。そして、階段を駆け下りて、リビングへと突入する。そこには黄金の像へと姿を変えた眷属が目に入った。その横にはにやりと笑っている少年が立っている。どうやら、元凶はこの者であると理解した魔女の行動は早かった。

 スタスタと眷属の下へ歩きながら、言葉を紡ぐ。


「妾は緋炎。緋色に(もゆ)る名を捨てし魔女。その姿は優美で、その声色は全てを魅了し、その視線は全てを押し黙らせる。さあ、語らおう。地獄の宴は今開かれん」


 自身の魔力炉へ無理矢理介入。魔術領域に自身を影写させ、栓をしていた場所を次々と外していく。すると、普段は温存していた魔力が一気に体に流れ込んでくる。

 それがどういう意味なのか。もうわかるだろうか。魔力は体の成長にとても関与している。通常、魔力を多く有する時期は十八歳から二十歳程度。そのくらいの体の仕上がりで最大魔力量が決定する。つまり、幼い姿だった緋炎の魔女の体はどんどん大きくなり、二年前と同様の妖艶な女性へと姿を変わったのだ。服も、魔力で作り上げた体にフィットするもので、自身の妖艶さ、優雅さを見せつける緋炎の名に恥じない焼け焦げたような黒のドレスへとなっていた。

 緋炎の魔女の姿の変化を見て、それだけではないと魔力の増加を感じ取った少年は肩を竦めた。


「俺は別に、あなたを襲いに来たわけではないですよ。一人の女の子を受け取りに来ただけで――」

「それで、妾の可愛い眷属に手を出すか。それは少しばかり筋が通っていないように思えるが?」

「困ったな。俺はこの男の攻撃に反撃しただけですがね」


 にやりと、再び笑う少年を見て、緋炎の魔女は眉を上げた。

 魔女という圧倒的な存在を前に笑っていられる余裕があるのか。それとも、空笑いなのか。どちらにしても警戒を怠る理由にはならない。緋炎の魔女は眷属である黄金の像に変化させられた佐久間響木に手を触れる。そして、憂うように見つめると、硬くなった頭を撫でた。


「あなたのお気に入りをそんな姿にしたのは謝ろう。だが、どうせ蘇るのだろう?」

「そうだとも。そうでなくてはいけないのだ」

「不死属性。あなたはそいつを一体何にしたいんだ?」


 答えない。その質問には緋炎の魔女は答えなかった。それがなぜなのかを考えて、少年は再び笑った。


「あはははっ! そうか。そいつこそが、あなたの人生というわけか! 緋炎の魔女。あなたとはいい酒が飲めそうだ」

「盃を交わすほどの歳には見えないがな。だがまあ、それもまた一興か。しかしだな。それは叶わぬ夢よ。貴様を許すと、一体いつ妾が口にした?」


 キッと睨みつける緋炎の魔女。少年はそれに臆することなく、なおも笑っていた。

 間合いを計っている中で、魔女は考えていた。相手がどういう魔術、あるいは能力を発揮するのかを。テレビで見たように錬金術以外の方法で何の代償もなく金を生成したのならば、それは能力だ。しかも、それに条件がなければ最悪な場合で今の魔女でも勝てる気配が薄い。

 しかし、何かしらの魔術ならば、または条件のある能力ならば、そこを逆手にとって利用することも可能だ。それを把握するにはまずは一度攻撃をさせる他ないだろう。

 魔女は小手調べに初歩的な炎の魔術を放った。初歩と言っても緋炎の魔女が放つ魔術の威力は洗練された奥義のレベルで、相手を焼き殺すのには申し分ない。

 少年はその魔術を(じか)にくらい全身を焼き焦がす。まさか、読み違えたかと考えた魔女も次の瞬間には驚きの声を上げた。少年が燃える体のまま手を右手に薙ぎると、炎は黄金の塵となって消滅した。


「やはり、貴様は能力者か」


 最初からわかっていたと言わんばかりにやはりと言ったが、それは相手に実力を測らせないためだ。こっちが相手を知っているとわかれば相手も早々に暴れられない。逆に魔女の力を調べるために慎重になるはずだ。さて、と魔女は先ほどの能力の解読を急ぐ。

 右手を薙ぎるだけで炎を相殺。恐ろしい能力だが、全貌がまるでわからない。とりあえず、もう一度小手調べをするべきか。

 そこまで考えて、魔女は動かざるを得なかった。なぜなら、少年がこちらに突進してきたからだ。


「ちっ!」

「女性が舌打ちとは。はしたないのではないですか?」


 余裕。相手は完全にこちらのことを知り尽くしている。そう感じた魔女は余計なことを考えずにゴリ押しを実行する。パチンと指を鳴らすと、少年を取り巻くように緋色の巨大な火柱が立つ。流石に少年もそれを直接受けるのを避けるために突進を諦めて後ろにジャンプした。

 再び沈黙。少年の口元には余裕と思わせていた薄ら笑いが消え、鋭くなった視線が魔女に向けられてる。魔女はというと表情こそは冷静なものの、内心ではかなりの動揺と焦りを感じていた。

 世界の目から見ても魔女という存在は不干渉対象であり、そもそも不可侵対象でもあるのだ。それは魔女がこの世界で誰よりも力を有しているため。例え核爆弾であろうとも、強力な毒であろうとも、絶対に殺せない相手だということからそういう指定をされている。なのに、少年はそんな危険とも言える魔女に真っ向から挑んできた。

 その意味がどういうことを意味しているのか、魔女には薄らとわかっていた。


「貴様、魔女狩りか?」

「そんな古い輩ではないですよ。まあ、何人かの魔女は殺してきましたがね」


 なるほど、と。魔女は心の中で頷いた。

 

 魔女狩り。それは魔女となった者を殺すための能力をその身に宿し、それを実行する所業である。大昔、ヨーロッパでは魔女の疑いのある者、あるいは魔術を行使した者を摘発し、火炙りの刑に処した忌むべき処刑が存在した。その際、魔女を捜す助けをしたのは天に味方された選ばれし者、要するに特殊な能力を身に宿した者たちだ。その当時、最悪だと呼ばれていた魔女は人間たちの敵であった。研究を進めるためと言って人間を何人も供物にしたのだと書物には記入されている。そのこと人々から神、と呼ばれている未確定超巨大エネルギー体の干渉によって生み出されたものこそが能力者である。


 魔女を駆逐するシステムごときが、と魔女は舌打ちをする。

 その『比喩』は間違っていない。能力者というのは人々が信仰する神と呼ばれる存在、魔女たちで言うところの未確定超巨大エネルギー体の干渉で産み落とされた天敵。魔女を殺すためだけに生まれてきた世界の殺菌システムである。この場合、世界は魔女を否定したことになるが、魔女はそれ以前に世界を否定し真理を追い求める研究者であるためベクトルが相互に逆である。

 つまり、長々と説明してきたことをまとめれば目の前の少年は緋炎の魔女の天敵であり、不完全な覚醒をした緋炎の魔女にとっては最悪の敵といっても過言ではない。

 しかし、秘策は存在する。伊達に長らく緋炎の名を語っていた訳ではないのだ。魔女は攻撃をしつつ、待っていた。秘策が目を覚ますその瞬間を。


「こんな無駄な戦いはお開きにしましょう。先刻も言ったように、俺はあなたを殺しに来たわけではない。そこの男がなぜか守ろうとした女の子を連れ戻しに来ただけだ」

「連れ戻しに? 誘拐の間違いじゃないではないかのぅ?」

「嫌だなー。あんな女の子に人権も何もないでしょう? 体の中に化け物を飼っている女の子は特に、ね」


 少年は颯希のことを深く知っているらしいと情報を微かながらに引き出した魔女は、小さく嘆息した。

 それを見て、少年は首を傾げる。


「何か?」

「どうやら、貴様は妾たちよりもあの小娘について知っているようだ。普段の妾ならば面倒なあの小娘を引き渡すのだが、今回だけはそうもいかないのだよ」

「一体、どういう意味ですかね?」

「こちらにも退けぬ理由が存在するというわけさ。特に、妾の背後で眠っている眷属にはのぅ」


 魔女が一息置くと、訴えるように叫んだ。


「貴様! いつまで寝ているつもりだ!! 妾、緋炎の眷属であるというのなら、主の危機に手を貸せい!」


 そんなことをしても無駄だと口を開こうとする少年は次の瞬間、目を見開いた。全細胞を黄金に変えられた佐久間響木の体が鼓動のようにうねったのだ。

 終いには黄金の像にヒビが入る。気のせいか、佐久間響木の像からは緋炎の魔女とは違う禍々しい魔力が漏れ出している。

 しかし事前調査では佐久間響木には魔力は然程存在しなかった。それこそ、眷属を召喚するために主である緋炎の魔女に魔力を借りなければならないほどに。それなのに今はどうだ。黄金の呪縛から自らを解き放てるほどの濃密な邪悪な魔力を発している。


「何故だ! そいつには魔力は存在しないはず……まさか! 緋炎の魔女、あなたは一体、二年の年月の中で何を作った!!」


 少年は狼狽えることをした後、魔女の仕業だということに気がついた。だが、何をどうすればただの人間を魔女以上の強さにできるのか。それが一向にわからなかった。

 やがて、黄金の像は虚しく崩れ去り、そこから出てきたのは理性が吹っ飛んだ化け物となった佐久間響木が現れる。生命活動の要になる魔力を放出し続け、獣のように唸るそれは、意思なき眷属そのもの。佐久間響木の頭を撫でる緋炎の魔女は、やはりかとつぶやいて、そっと少年を見つめた。


「は、はは。これは逃げるしかないよな」

「逃すとでも、思っているのか?」


 いいや、と少年は言った。そして、右手を床に触れると、


「逃がしてくれると思っているよ」


 床に敷いてあったカーペットを巻き上げて魔女たちを覆うように投げる。そして、能力でカーペットが黄金化し、魔女たちを取り囲んだ。

 黄金に変わったカーペットを溶かして敵がいたところを見れば、少年は逃げていってしまった。


「ん? あの小娘の気配がない? なるほど、当初の目的を達成したというわけか。ふむ。やられたな」


 魔力を押さえ込んで、幼女の姿に戻った緋炎の魔女は荒ぶっている佐久間響木の頭を撫でると、


「がぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!」


 どうやら、颯希が捕まったことを直感で感じ取った佐久間響木が無意識に魔力を爆発させた。そのせいでただでさえ緋炎の魔女と少年との戦闘で一部破壊されていたリビングが跡形もなく吹き飛んだ。

 魔女と佐久間響木に被害はなかった。魔女が転移の魔術を行ったからなのだが、魔女は家があったところを見て、


「これは……稲美に怒られるのぅ」


 更地になった元笛吹家を眺めて、苦笑いしていた。

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