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幼馴染の情報収集

 大規模な戦闘を繰り広げた幼馴染、佐久間響木を案じて家に帰らせてから既に三時間の時が進んだ。もちろん、幼馴染のことをよく知っている稲美はどうせ、そこら辺で休憩と評して幼女二人と遊んでいることは容易に考えられたが、流石にあの体と緋炎の魔女の状態では無理はしないだろうと踏んで、今は家にいると予想していた。

 一抹の不安を残しながら、稲美が放課後にやってきた場所は緋炎の魔女を核とする結社がその地位と知識の粋を集めて作り上げた不可視かつ小規模に濃縮した知の収縮点、『図書館』である。その規模は小規模と言いつつも、ヴァスコンセロス図書館を模したデザインで、アニメやSFのセットなどで出てきてもいいほどのクオリティーだ。

 結社が関わっているだけあって、結社以外の人物は入ることは叶わない。しかし、稲美は結社の人間ではない。佐久間響木の一幼馴染なのだ。なのに、どうしてこの図書館に入れたのか、それはまた別の話になるため、今は控えさせてもらう。

 とにかく、稲美は図書館へと赴き今起こっている状況から判断できる敵の想像図を全て洗い流している。


「と言っても、これだけの情報じゃ絞りきれないなー」


 稲美は嘆息した。目の前の自分で作り上げた数百冊の本のタワーが今持っている情報量で絞られた敵の想像図だからだ。

 敵は、強力なS級レート以上。錬金術以外の方法で金を生成。たったこれだけの情報では、ここまで絞るのが精一杯だ。かと言って、これを全て覚えるのは無理がある。さすがの、稲美もここまで覚えるのは骨が折れるし、時間もあまり残っていない。加えて、何よりも家族の怪我や体調が気になる。

 しかし、稲美はこの膨大な本の内容を覚えることを決定する。なぜなら、覚えなければ、幼馴染が傷つくかもしれないからだ。それだけは耐えられなかった。二年前、家の隣で突如幼馴染の家が炎上、家族を失い一人の女性を抱きながら自分の家にやってきた幼馴染のあの目を、二度と見たくはなかったのだ。

 幼馴染をあんなふうにしないためなら、稲美はどんな苦行だってやり遂げられる自信があった。好きな人のためならば、それくらいの苦行難行はお茶の子さいさいと思っていた。

 とはいえ、だ。何の考えもなく、ただ全ての本を覚えるのは阿呆のやり方だ。タイトルを見て、幼馴染でもどうにかなる相手、少しは知識の有るものは最後へ回し、知らない名前から覚えるために本を仕分けし始めた。

 そこで、目に入ったタイトル。手に取れば、それは一冊の絵本だった。


「『王様の耳は、ロバの耳』? どこかで、聞いたことがあるような……じゃあ、これは最後に回そうかな」


 ポイっと本を後回しの方へ置く。そのあとも、何冊もの本を仕分けしてやっとのことで本を読み始めた。術式自体を改造し、金を生成した黄金の魔女。自らの血を分け与えた従者を生贄に、黄金を生成した異常者。他にも、たくさんの危険人物の名前とその特性、弱点を隅々まで覚えていく稲美。

 やがて、三時間の時が再び進み、外は真っ暗になっていた。そろそろ家に帰らねば、ならないだろうと本を片付け始める稲美。結局覚えられた本の内容は数百冊ある中の九十パーセント程だ。速読術を覚えている稲美にしても、この量は異様だが、それでも少ないと考えている時点で稲美は相当の阿呆だろう。

 と、流石に無理をしすぎたせいか立ち上がった瞬間に立ちくらみが起こる。クラっと来た時にはもう遅かった。体が崩れ去り、意識を失いそうになるかと思われたその時、一人の少年が稲美の体を支えた。


「影丸、くん?」

「ええ、姉貴。俺ですが、なんでしょうか?」


 ニコッと笑うその表情は、いつもの影丸の表情だった。

 立ちくらみで体が思うように動かせないため、影丸に頼んで椅子に座らせてもらうと、稲美は息を吐いた。そして、数度の深呼吸を行ってからゆっくりと立ち上がる。

 すると、影丸が数冊の本を持って笑顔で、


「姉貴は休んでいてくださいよ。本は俺が片付けますんで」

「そうはいかないよ。それは私が出した本だし……」

「俺も読んだ本を片付けるついでですから。それに、そんなやつれた姿で帰ったらアイツが心配するでしょう?」

「そう、だね。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」


 と言って、稲美は背もたれに背中を大いにあずけ、全身の力を抜いた。意識を回復に向け魔力を働かせる。全身を温かい魔力が駆け巡り、自己治癒を活性化させた。

 約十分後、本の片付けが終わると同時に、稲美の体も全快した。


「ありがとね。おかげで無事帰れそうだよ」

「いえいえ。それよりも、姉貴も『敵』の情報収集ですか?」

「え? ああ、うん。そうだけど?」


 『へぇ』と影丸がニヤついた。その表情が言いたいことは稲美にはわかっていた。どうせ、好きな相手のためによくそこまでできるものだという感じだろう。

 別に、それが嫌味には聞こえないためどうでもいいのだが、影丸が放った言葉は稲美が思っていた言葉とは全然違うものだった。


「偶然ですね。俺も、なんですよ」

「え?……え? 影丸くん、だよね?」

「ひどいですねー。どこからどう見て俺でしょう?」

「おかしいのは影丸くんだよ! いつもなら事件なんて我関せずなのに。どうして今日に限って?」

「今日に限って、ではないんですがね。まあ、親友の頑張っている姿に少しずつ動かされたといいますか。結社が親友に付き従うのも、魔女が一目で親友を眷属にしたのも、きっと同じ理由でしょうよ」

「同じ、理由? 待って、それってどういう意味?」

「はは。まさか、一番近い存在の姉貴が気がついていないなんてね。案外、鈍感なのは姉貴の方なのかな?」


 稲美は小首を傾げて、本当に影丸が何を言っているのかがわからなかった。確かに、幼馴染の佐久間響木はほかの男子に比べておかしい点は多い。自由を愛しすぎるがゆえに周りとは違い。面倒が嫌いだと言っているのもかかわらず問題に突っ込んでいく。一言で言えば、価値観がズレているのだ。周りとは一線を画すかのように。

 だが、それだけだ。他には何もない。魔女から明け渡された大きな力以外には。


「本当にわからないんですね。ははっ、本当に面白いよ。姉貴も、アイツも。魔女がどこまで知ってアイツに力を渡したのかなんてわからないけど。いいや? もしかしたら全て知っていたのか? だとしたら、大笑いものだな」


 ククッと喉を鳴らして、影丸が笑った。

 影丸が知っていて、自分が知らないということに理不尽さを感じたのか、稲美は睨みつけるように影丸を見つめた。すると、影丸は大手を振って謝った。

 だが、肝心な内容は話そうとはしない。まるで、必死に隠すように。


「まあ、アイツ並に優しい奴はいないってことですよ」


 誤魔化すようにそう言った影丸を、腑に落ちないという顔で稲美は見て視線をずらした。

 わかっている。本当はその内容がどういうことなのかを。どうして、影丸が隠そうとしているのかも。でも、それは幼馴染には過酷な『結果』なのだ。縛られることを嫌い、奪われることを嫌う幼馴染にすると、その結果が地獄でしかない。

 しかし、こうも思っているのだ。

 魔女はそんな幼馴染の性格を一目で見抜き、あるいはその性格を利用して結果を後から改ざんする可能性があるのではないか、という極小さな確率にそれまでの全てを賭けたのではないか、と。

 そうであるならば、魔女は相当なギャンブラーだ。人生を全て棒に振るかも知れないということを容易にこなしたのだから。そして、何よりも自分という存在を曖昧にしてまでそれをこなしたのだから。

 話もひと段落が付き、時計を確認すると時間はもう夜ご飯の時間であった。早く帰らないとお腹を空かせた三人に大目玉を食らってしまう。さっさと帰ろうとカバンを手に取ると、影丸がその手を掴んでこちらを見た。

 稲美も不意に腕を掴まれたため驚いたが離せと暴力的な視線を向けると影丸は無言でその手を離した。そして、腕を掴んだ理由という意味で忠告を明け渡す。


「アイツのこと、よろしく頼みますよ。結局は魔女が選んだ結果だ。どうなろうと知ったことではありませんが。親友はきっと、その結果に耐えられない。耐えられなくなった心は、暴走を起こしやすい。今、アイツの中には七つのSSS級レートの神仏が存在する。万が一でも暴走すれば――」


 一息、


「消えますよ。世界が、一瞬の時間も与えられずに」


 心配だ。と影丸が言った。だが、その心配というのは親友の安否ではない。世界の安否であった。結局は情報屋だ。仲間などは必要ないし、信じている相手などほとんど存在しない。上っ面な言葉だけを紡ぐ、表とは乖離した裏の存在だ。他人の安否よりも、世界の安否のほうが気になるのだろう。

 だが、それがどうしても稲美には許せなかった。稲美には世界のほうがよほど必要なかったからだ。小さいことから好きだった幼馴染を変えてしまった世界というものに恨みすら持っていた。

 だからだろう。幼馴染が、佐久間響木が決めた結果ならば、世界が壊れようとそれでもいいと思っているのは。

 よって、稲美は少しの怒気を含んでこう答えた。


「世界なんてどうでもいい。私は、響木の決断に委ねるよ。影丸くんと違って、私は響木のほうが大切だから」


 言って、稲美は振り返って何も言わずに図書館を出て行った。外に出ると、少し肌寒い風が頬を撫でた。本当は早く家に帰って幼馴染に頭を撫でてもらいたいものだが、魔女や颯希の登場でその機会は既に永遠に現れないモノへと化している。そればっかりは少し残念だが、しかし楽しい日々を過ごせているので仕方ないと割り切って、考えを変えるために夜ご飯は何にしようかを考え始めた。

 その時だ。遠くで、大きな爆発が起こったのは。

 黒い煙が立ち上る。その方向は稲美の家の周辺。真っ赤な炎が二年前のあの状況を思い返させる。

 まさか、と。ありえない、と。何度となく心を揺さぶられ、恐怖で動こうとしない足に、稲美は思いっきり力を掛けて、一歩。また一歩と足を動かしてみんなが待っているはずの家に駆け出した。

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