自由主義者の日常
忍者風の男たちとの戦いの後、俺は学校に戻ったのだが、稲美に出会うやいなやお説教をされた。その後、俺の制服がぼろぼろなのを見て、今日は家に帰れと言われた。
俺としては学校を早退するのは心が痛まれるのだがと異を唱えると、これ以上にない威圧感の視線を向けられ、そんな制服で、そんな疲労状態で授業を受けて、いったいどれくらいの身になる? と問われて、静かに引き下がった。
そういうこともあって、俺は更衣室でジャージに着替えてから、保健室に早退願いを出し早退した。幸い着替えるまでに出会ったのは稲美と颯希、魔女だけなので変な噂が上がる心配はないだろう。
ということがあって、現在に至る。
現在、俺は具合が悪くなった魔女をおぶって、颯希の手を引いて家の帰路を歩いていた。
「大丈夫か?」
「誰のせいだと思っている。ほかならぬお主のせいだろうが。ふぅ……全魔力を吸い取ってからに。こっちの身にもなったらどうなのかのぅ」
「だからすまないって言ってるだろ。それに、他に手段がなかったんだ。仕方ないだろう?」
「仕方ないで精力を奪われる妾の身になれ、と言っているのだ」
変なことをグチグチとうるさいなー。とは言えない。文字通り俺のせいなので、変なこともいうことはできないだろう。
俺は忍者風の男たちとの戦いで、普通は二匹出ることすら珍しい眷属を、一回で四匹も引き出して相手を殲滅した。その代償とも呼べる魔力は俺のものではなく、契約した魔女のものである。その負担のほとんどは魔女に飛んでいく。魔力とは、すなわち精力である。ただし≒(ニアイコール)ではあるが。
とりあえず、魔女の魔力が全てといっていいほど吹き飛び、ただでさえ起きたてで体が鈍っている状態で追い打ちのこの行為である。流石に体に無理がかかったのだ。
「……」
「どうした、颯希? 魔女なら大丈夫だとよ」
「魔女、って。お名前なんてゆうの?」
「名前? あー、それは……」
魔女とは、名を捨てた者だ。その代わりに魔女には二つ名、新名と呼ばれる名前が存在する。緋炎の魔女の場合は『緋炎』。魔女ならば新名は絶対に持っている。
だからといって、それが真名かと言われると、確実に違う。しかし、名を捨てた存在に、名乗る名前は存在しないのだ。ゆえに、颯希に返す言葉はすごくためらわれるものとなる。
と、そんなことを考えていると、魔女がよっこいせと重い体を動かして顔をのぞかせる。
「妾の名前、か。そうだな、緋炎、というのはお主には難しいな。ならば、どうするか……。緋鞠……というのは少し年臭いな。ふむ、なかなかに難しいな」
あ、これはダメなやつじゃないか?
魔女、というのは基本的に悩むと止まらなくなる。緋炎の魔女もそうかは分からないが、俺がこれまで付き合ってきた魔女はみんなそうだった。そして今、緋炎の魔女もまたそれと同じ空気を醸し出している。つまり、このままだと名前を考えるのに一週間ほどの時間を無駄にするかもしれない。
はあ、と俺はため息をついて、
「緋莉でいいんじゃないか? ほら、緋炎の緋も入ってるし」
「そんな単純な話では……だが、ふむ。それもいいかもしれないな。では、颯希。妾は緋莉としようじゃないか」
「あかり? じゃあ、あかりちゃんだね!」
少しニュアンスが違う気がしないでもないが、まあいいだろう。魔女はそもそも名前というものに興味がないため、どう呼ばれようと興味はないみたいだ。
さて、魔女の呼び名も決まった(颯希限定だが)ので、少しは仲も深まったかと考えていると、魔女がふむと息を吐いて、俺の背中にしがみついた。
「どうかしたか?」
「いや、精力どころか、体力までも持って行かれたのでな。流石に眠い」
「おねむか。まあ、寝てもいいんじゃないか? 襲われることは多分ないだろうし」
「しかし、妾が寝てもいいのか?」
「どういう意味……ああ、なるほど」
俺は魔女の視線の先、颯希に目がいった。今は眠そうではないが、学校から家までの距離は意外と長い。自転車でも良かったのだが、颯希と魔女を連れて行くとなると流石に無茶な気がするので今日はやめていたのだが、それが逆にアダになったか。
要するに、魔女が言いたいことは自分が寝てしまっては颯希が歩き疲れた時に対処できないということだった。確かに、おぶった状態で抱っことせがまれるのは流石に俺の体に負担が大きい。ただし、できないというほどではない。頑張ればできなくないが、それは避けたいな。
俺は手をつないでいる颯希に疲れていないかと聞いた。すると、
「大丈夫だよ?」
「そうか。でも、家まで結構あるし、休憩するか」
「うん!」
実は、俺も若干の精力を持って行かれているので、日中の日差しの下を長時間歩きたくない。ちょうど近くに公園が見えたので適当な日陰を探して、俺たちは歩き出した。
やがて、影の差し込んだベンチを見つけて、そこを根城にする。まず、ベンチの大部分を魔女を横にして使い。颯希は俺の膝の上で我慢してもらって、俺もベンチに座った。
「ふう。なかなかに疲れたな。いつもなら、こんなに疲れないのに」
「それは、妾が目覚めたからだろうな。前みたいに無限に魔力が使えるわけではない。ずっと寝ていたほうが良かったか?」
「誰がそんなこと言うかよ。俺ぁ、あんたに起きてもらいたくて仕方なかったんだぞ? これでも、俺ぁあんたを主として認めてんだ。それ以上、自分の不幸を笑うようなこと言ったら、叩くぞ?」
「はっはっは。つくづく面白い奴よのぅ。まあ、お主がそう言うのであれば、妾は起きているとしよう。険悪な仲になるのは嫌だからな」
こっちこそ。と、俺は魔女の頭を軽く撫でた。魔女は見た目とは反比例する年齢のせいか、顔を朱に変えて恥ずかしがっているが、嫌そうではないのでそのまま続けた。
すると、俺が魔女の頭を撫でるのを見て、颯希がムスっとした顔で俺を見上げてくる。そして、急に体をこちらに変えたかと思うとギュッと俺の体に抱きついてきた。
「どした? おしょんか?」
「違うもん!」
大概。違うと言った時はそうなのだが、見た目から嘘をついているようには見えない。じゃあ、何なのか。考えてみた結果、何も思いつかなかった。
ふむと、魔女と同じようなため息をついて、俺は颯希の行動の理由を模索するがどうしても思いつかない。やはり、颯希も女の子ということなのだろうか。男の俺には理解しがたいのかもしれない。
かと言って、無下にすることもできない。どうにかして聞き出さねばならないのだが……。
「あー。ジュースか?」
「違うもん!」
「……なあ、やっぱりおしょんだろ?」
「だから、違うもん!」
頑なだ。この頑固さは誰に似たのでしょう。親に会ってみたいですよ、ええ。
とは言いつつも、どうすればいいのかわからないのでとりあえずいつも通り頭を撫でてみた。実は、颯希の髪の毛の感触がこれ以上に無く柔らかく、かと言って質量がないわけではなく、絶妙な感触と幼さからくる肌の温かさとぷにぷに感が好きで、こうやって撫でるのが俺の趣味になってきた。だが、知っていてもらいたい。俺自身に幼女を愛する性癖は存在しない。女の子として扱ってはいるものの、一応は妹ということにしているので劣情など毛頭ない。
言い訳がましいが、そうなのだから仕方ないだろうと割り切って、俺は柔らかい颯希を楽しんでいると、それが颯希も嬉しいのか先ほどのムスっぷりが嘘のように笑顔になった。
よくわからないけど、どうやらこれで良かったらしい。
「お主。一つだけ聞かせろ」
「なんだ?」
「それは天然か?」
「は? あんた、何言ってんだ?」
「はあ……お主も可愛そうよな。まさか、気にすら止められていないとは」
「……?」
魔女の不思議な言葉が挟まったが、結局何を言っているのか俺には理解できなかった。というよりも、最後の言葉は俺に向けての言葉ではなかったような……。しかし、魔女はああ言うが、俺は天然ではないと思うのだ。魔女はいったい俺のどこを見てそう思ったのだろう?
まあ、謎多き魔女のことだ。特にどうでもいいことでそう思ったのだろう。俺の預かりどころではないな。
しばらく日陰で休んでいると、遠くから学校のチャイムが聞こえた。時間的には五校時が終わったくらいだろう。稲美はあと二時間程授業があるため、鉢合わせになることは絶対にないが、流石にそろそろ家に帰ろうと思い、重い腰を上げた。
と、したところで事件だ。
「おい。帰る……ぞ?」
春が近くなってきたせいか、見れば春の陽気にやられた魔女が可愛らしい寝息を立てながら眠っていた。そして、俺の膝の上で静かにしていた颯希はどう考えても眠っている。つまり、二人共眠ってしまったのだ。
俺の経験上、颯希は眠ると三時間は起きない。魔女は起きても歩けないため、起こさないほうがいい。つまりだ。俺は二人をおぶって帰らねばならないということになる。
起きるまでここにいればいいじゃないかと考えたが、まだ春には若干遠いため、風が冷たい。魔女がこれ以上具合を悪くしないためにも、颯希が風邪を引かないようにするためにも、ここで待つのは最善とは言い難い。
仕方ないことだ。俺が休憩しようと言い出したのが悪い。そう、俺が悪いのだ。
はあ、と嘆息して、俺は微かに笑った。
可愛らしい寝顔。無邪気な容姿。何の害も及ぼしようのないその全ては、こう言う普通の日常ってやつがよく似合う。自由に生きて、自由に眠って、自由に遊ぶ。ああ、いい響きだ。これ以上の甘美な響きがあるだろうか。その中の二人を邪魔することは、自由主義者の俺には恐れ多くて出来やしない。
ならば、と、俺は二人を抱き抱えてヨイショと掛け声をあげながら落ちないように力を込める。それが少し苦しかったのか、颯希と魔女が唸ったが、ごめんよと言って、俺はまた笑った。
こんな眠気を誘う春の陽気の中で、自由に生きることができるのはあとどれくらいだろう。きっと、数日後には俺の思っている血生臭い情景が広がってしまうのだろう。それでも、今だけはこの陽気を楽しんでやろう。もしも、俺の考えた情景が出来上がったなら、その時には立ち向かおう。
俺は、このふたりのために闘おうと、そう考えた。
「さて。帰るかな」
俺は力強く、地面を踏んだ。




