吸血鬼の臨界点
俺という命は一旦の間、体から離れていた。無論、こうして体を動かせるのだから生き返ったのだが、そのことを去っていこうとする忍者風の男たちは知らないだろう。俺は目覚めると手早く体を動かし、完治していることを確かめた。
そして、何事もなかったかのように体を起こした。
「ふう。って、制服がボロボロじゃねぇか。体はどうにかなるけど、やっぱり服はどうにもならないんだよな。どうしてくれるんだよ。稲美に怒られるだろうが」
「……これはいったい、どういうことだ?」
「ああ? 何が? ……ああ、もしかして俺が生きていたことか?」
気を失っていた間にウロボロス・オーフィスに聞いた話では俺の頭は体から切り離されたらしい。それで生きているということは普通ではありえない。まあ、心臓を穿たれた時点でもう死亡決定なのだが、それも相まって俺が現在進行形で生きていることがありえないのだろう。
忍者風の男は流石にこの状況に驚いているのか身動き出来ていなかった。俺はというと、ポキポキと首を鳴らして、気合を入れる。
「一体どうして貴様が生きている! 先ほど頭を切り落としたはずだぞ!!」
「まあ、そんな硬いこと言うなよ。首がもげようが、体が分断されようが、生きているんだから仕方ないだろ?」
「馬鹿を言え! そんな……そんなめちゃくちゃがあってたまるか!!」
あー。そりゃあ、俺も不死属性がついた敵とは相対したくないけどよ。そういう選択をしたお前たちが悪いだろ? 今回は俺がたまたま不死で、お前たちが有死だったってだけだ。
今回のことでよくわかった。俺が相手にしているのは相当頭の切れる奴だ。そして、ただそれだけで収まらない残酷さも持ち合わせているらしい。正直、どんな相手かは分からないが、それだけの情報で大体の見当や対策法だって思いつく。
その上で言おう。今回の相手は、俺の逆鱗に触れる可能性が多々存在する。今回のこれだって同じだ。作戦としては何枚も重ね合わせた念入りに俺を殺すためのいい作戦だっただろう。だけど、そのせいでたくさんの人が死んだ。死んだのは俺のせいだが、捨て駒にされていた忍者たちもゴーレムの隠れさせるためのスケープゴートだったと知れば死にきれないだろう。
つまりだ。相手は俺に俺の嫌いなことをさせた。自由を奪う。その一点だけを貫いてきた俺に、他人の自由を奪わせた。それが、どれだけ俺の脳内で火山を噴火させたことか。
さあ、叫ぼう。俺はもう、止まれないと。
「聞いてるか、お相手さんよ。もしも自分は人間だというのなら、すぐさま逃げてくれ。でないと、俺がお前たちを消しちまう」
「……ここにいるのは先鋭だぞ? 眷属と呼ばれる神話の生物が二匹出された程度ではそう簡単に――」
「なら、三匹なら? あるいは四匹なら? お前さんたちに勝起と呼べるモノが存在するか? 五匹なら? 六匹なら? お前さんたちに絶望を与えられるか? もしも、七匹なら? お前さんたちは俺の前から逃げられるのか?」
「ふ、ふん。貴様のそんなデタラメが通用するとでも思うのか? そもそも、どこにそんな膨大な魔力が、あると……言う、んだ?」
リーダー格の男の言葉が少々歪んだ。それは、目の前で空間に沈みを起こさせるほどの莫大な魔力が俺の体を中心に発生しているからだ。静かに見つめる俺の視線を介して、男が唸った。勝負のためではない。この場において、逃げることすらもできない自分に対してだ。
周りでは、先鋭と呼ばれていた忍者風の男たちが生唾を飲んでいる。その視線に、戦意存在しない。かと言って、戦わないわけではなさそうだ。
どうしたらこいつらを逃せるか。そう考えたとき、俺は脅すのが一番だと結論づけた。が、その実それは余りにも難しいことだ。相手を恐怖させるということは、自分自身が恐怖の対象にならなければならない。相手が戦い慣れしている者であればあるほど、その難題さは増していく。
今回は、魔力を全開放して空間を歪め恐怖を誘発してみたが、忍者風の男たちには効果絶大だった。やはり、これだけの魔力を見たことはないみたいだ。そのせいか、既に数名の忍者は逃げていった。
しかし、さすがはリーダー各といったところか。先程から話をしている男だけは逃げなかった。残ったのはその男と、俺を殺害したゴーレムだけ。この期に及んで逃げないとするなら、自殺願望者か、自意識過剰者だけだろう。
「はあ……あんたさ。なんで逃げなかったんだよ」
「逃げても、殺されるからだ。それならば、正当な戦いの中で死んだほうがいくらかはマシだろう?」
「よくわからねー考えだな。まあ、それもあんたの自由だ。でも、ひとつだけ確認しとくぞ? 殺る気、なんだよな?」
「……もちろんだ」
男が武器を構えると、後ろのゴーレムたちも一斉に武器を構えた。その様子を見て、俺は呆れ不貞腐れた。まったくもって誰も幸福にならない戦いだ。こんな戦いにいったい何の意味が有る? どうして、そんなことすらわからない?
そういう考えだけが俺の中を駆け巡る。そして、行き着かない無限の問いかけへと変わりそうになったところで、俺は自身の胸を軽く叩いた。
考えたところで出ない答えだ。と、俺は面倒な問いを切り捨てた。どうせ、出ないのなら、出さなくても同じではないか。同じならば、どちらを取っても俺にとっての合格点だ。
ふうっと息を吐いて、俺は男を見据えた。
「全力で掛かってこいよ。俺も、全力で応じようじゃないか。お前さんの最後の自由。俺が見届けてやるよ」
「貴様を殺して、私は生きる。そうでなければならないんだ!!」
素早い動きで男が俺の目の前から消えた。気がついたときには俺の背後へ回っており、手に持たれていたクナイが俺の首を狙って迫ってきていた。
しかし、その奇襲は断念せざるを得なかった。なぜなら、召喚されていたアマルティア・エイゴケロスによって遮られたからだ。
眷属は、一度召喚されれば長くて一週間はその体や力を維持できる。ただし、大量の魔力を消費した場合はその量に応じて時間は短くなり、新たな魔力供給がなければ存在を維持できずに消えてしまう。今回、アマルティア・エイゴケロスは一発の大技しか繰り出していなかった。よって、魔力は十分に残っており、存在を維持できているのだ。
それはカタストロフィ・アルクーザも同じである。アマルティア・エイゴケロスの攻撃を避けた男にカタストロフィ・アルクーザが追撃を放った。
その攻撃すらギリギリで避け、男は大きく肩を上下させながら息を整えている。
対して、一歩も動いていない俺は、男に振り返り右手を突き出して、微かに笑った。
「緋炎のゲートをノック。緋炎の名において命ずる。これは勅命だ。燃え裂かれ、四番目の眷属、十字砲火の火鼠!!」
俺を取り巻いていた莫大な魔力を使用して、三匹目の眷属を召喚。俺の手のひらほどの大きさの炎を纏ったネズミが、俺の肩に乗っかり、相手を威嚇している。
俺はスタブローズ・アロウライオスの頭を撫でると、「結界を張れ」と命令する。すると、スタブローズ・アロウライオスは微かな声を上げて、炎を揺らめかせながら空き地を取り囲むように大きく回っていく。スタブローズ・アロウライオスが歩いたところには紅の炎が立ち上り、それには触れることで消えることのない火を灯すことができる。
これで、こいつらの逃げ場なくなった。それを知った男は、呆れるように笑いクナイを持ち直した。
「まさか、逃げるとでも思ったのか?」
「ああ、ゴーレムが逃げると思ったんでな。少々無茶をさせてもらったぜ。さて、死ぬ準備は出来たか?」
「ふん。それだけの眷属、確かに戦いには骨が折れそうだ。だが、手に負えないほどではないぞ?」
じゃあ、と俺は言って、再び右手を突き出し、
「緋炎のゲートをノック。緋炎の名において命ずる。これは勅命だ。踏み荒らせ、三番目の眷属、大地創造の大猪!!」
瞬間、再び莫大な魔力は動物へと変化する。しかし、今回はその規模がおかしかった。まず、東京タワー並みの高さに、一足で一軒家を踏みつぶせるほどの巨大な体。気性の荒々しさが見て取れるほどの真っ黒な毛並みに目つき。すべてをとってみても、危険なものであることに違いない。
その桁違いなものを目の当たりにして、男は口をあけて黙ってしまった。
俺という存在は、流石に魔力の使いすぎによる疲労が出てきて、カタストロフィ・アルクーザに肩を貸してもらって辛うじて立っていた。
さあ、全ての勝利条件は揃った。逃げられない状況、巨大な鉄槌。このあと起こる事といえば……。
「じゃあな。生きてたら、今度は知人として飯でも食いに行こうや」
俺はカタストロフィ・アルクーザの背中に乗っかり火の結界の外へと飛び出した。アマルティア・エイゴケロスもそれに続き、スタブローズ・アロウライオスは俺の体にしがみついていた。
結界から逃げ出した瞬間、ディミオーソギア・カプロースがその巨大な足で結界ごと全てを踏み荒らし、結果、甚大な被害を出しつつも敵の殲滅に成功した。
まあ、その後、暴れだしたディミオーソギア・カプロースを沈めるのに、余計なものまで吹き飛ばしてしまったが、日本沈没まで行かなかったので許してもらいたい。
当然、といえば当然なのだが、学校までその余波は飛んでいて、ヘロヘロな状態で学校へ戻った俺に待っていたのは、稲美の手厚いお説教だった。
魔女の容態が悪くなったとか、颯希が怖がったり俺のことを心配したりとひどく迷惑をかけたとか、家族に迷惑をかけるなとか、結婚しよう(嫌だと即興で言ってやったが)とか、色々と言われたが、一番心に残ったのは……。
「ばかぁ!」
「お、おう。ごめんな、心配させちまったようで」
「うぐっ、えぐっ。お兄ちゃんのばかぁ!」
「あ、あははは……困ったなこりゃ」
颯希の号泣を止めるのに、ヘロヘロな俺が行ったことといえば、泣き止むまでずっと頭を撫でることくらいだった。




