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緋炎の魔女

感想、評価等、大歓迎です

「お主。なぜ、妾を見て恐れぬ? なぜ、そんな体で立ち向かえる?」


 紅の炎が俺の家を燃やす中、俺は必死の思いで両親がいたと思われるリビングに向かった。すると、そこには一人の美しい女性が立っていた。

 俺の服は炎で炭が付き、どこかに引っ掛けたらしく切れている。体にも火傷の跡や切り傷の跡が見える。だが、それ以上に、俺は目の前の女性に見入ってしまった。美しい黒髪に、真紅の瞳、背には七匹の獣を従わせ、優雅に立つその姿は、中学三年の俺を十分に魅入らせた。

 この炎の中で、親たちは血を流して動かない。時間帯は夜なのに、パチパチと音を上げて光り輝く炎が目に痛い。でも、俺はその中で立っていた。何をするでもなく、ただ女性の前に立っていた。


「お主の親を見て、何も思わぬのか? 私がやったとは、思わぬのか?」

「……そうだとして、俺に何ができる? 腕っ節だけが取り柄の俺が、いかにもファンタジーなあんたに勝てる保証はどこにもない。かと言って、逃がしてくれそうにもない。さあ、俺はこの状況で何をすれば合格点だ?」


 恐怖はない。惨めさも存在しない。多分、俺の親を殺したのはこの女性だろう。だが、そうだとしても今の俺に一矢報いる力はないし、そもそも親の敵など取ろうとも思わない。

 俺はポケットに手を突っ込んだまま、傍にあった火の付いていない椅子を引っ張り出し、そこに座った。度肝の座った男だとよく言われる。しかし、まさかこんな状況にも臆さないとは思わなかった。自分で自分が変だと思った。でも、目の前の女性はそんな俺を見て、大笑いした。


「ふふふ、あははははははっ! 妾を見て臆さぬか! この、圧倒的絶望の中でもそれほどの余裕を見せるか! いい。いいぞ、人間! 妾はお主が気に入った! お主、名を何という?」

「俺か? 俺は佐久間響木(さくま ひびき)だ。今年で十五になる」

「そうか。では、佐久間響木。お主に永遠の命と七つの眷属を与えよう! そして、妾、緋炎(ひえん)の魔女と契約せよ! 汝、妾の眷属になると!」


 言っていることは半分以上理解できない。でも、そうだな。


――――それも、面白そうだ。


 俺は右手を魔女の方に伸ばし、笑顔でこう言ってやった。


「ああ、いいぜ。お前さんの眷属でも、なんでもなってやろうじゃないか」






 それから、約二年の月日が経った現在。俺は高校二年にまで成長した。現在、俺の家族は隣の家の幼馴染の家。どうして、幼馴染の家になったのかと言うと、俺には引き取り手がいなかったのだ。よって、心優しい幼馴染が俺を引き取ってくれたということになる。

 大概の人間は親を失うとグレる傾向にあるようだが、俺はそんな傍迷惑なことはしない。ただでさえ、世話になっている分際で、グレるなど以ての外だろう。

 俺は真面目で、優等生という外見を持ちつつ、心の中では面倒くさいと思っていた。そういう生き方が、とても俺の器にハマらないと思いながらもそう生きるほかないのでそうしていた。


「響木ー! 早く起きないと、起こしに行くよ!」

「……傍面倒なやつが」


 俺は大声で叩き起され、何が起こしに行くよだよ、と頭を掻き乱しながらベッドから起き上がる。起きたばかりで回らない頭が、毎日の日課を済ますようにと働き始める。ベッドの近くに敷かれた布団に寝ている女性の下に足が赴き、眠っている女性を静かに見つめた。そして、俺は女性に一瞥すると、髪を撫でる。


「あんたさ。いつ起きるんだよ。もう、二年も経っちまったぜ?」


 綺麗な黒髪を撫でながら、俺は彼女に話しかける。彼女は二年前、突如俺の家に存在して家を紅蓮の炎で焼き、俺の両親を殺したと思われる緋炎の魔女だ。そして、俺に迷惑な力を明け渡してきた張本人でもある。

 彼女の話を半分以上理解できなかった俺に、彼女は契約だと言って彼女自身の眷属を俺に移譲。尚且つ、俺が死なないようにと不死の呪いをかけて、長い眠りに着いてしまった。別に、こいつを恨みに思っているわけではないので殺そうとは思わないが、綺麗すぎるがゆえに襲いそうになる衝動をどこに持っていけばいいのかわからず、ムンムンとする日々が続いたのは否めない。

 ちなみに、この眠り姫がいることは幼馴染の家族は知っている。そして、俺が普通ではない能力を持っていることも。どうやら、幼馴染の家系はそういった魑魅魍魎の類に慣れしんだ家系らしく、自然に対処してくれた。これが、俺が幼馴染の家に来た理由でもある。

 と、そんな悠長にことを構えていると、うるさい姉兼妹兼母親兼幼馴染が俺の部屋にやってきた。


「もう! 起きなさいって――起きてるなら返事くらいしなさいよね」

「返事をする前に突入してきたのはお前だろうが。ったく、いつになったら大人しくなるんだ?」

「響木が私と結婚してくれたら?」

「じゃあ、一生大人しくならないな」

「なによそれ! ねえ、どういうこと!?」


 近い近い。顔近いって。ただでさえ可愛い顔してんだから、あんま近づくな。襲うぞ?

 目の前の小動物みたいな背丈の可愛らしい女子は俺の幼馴染の笛吹稲美(ふえふき いなみ)。笛吹家では母親が他界しており、稲美が母親として機能している。ちなみに、義父(とう)さんと稲美以外に俺の家族は存在しない。あえて言えば、魔女が俺の唯一の家族だと言えるだろうか。

 まあ、そんなこんなで、普通ではない世界に足を踏み入れた俺は、なんだかんだでここまで生きてこれた。ここまでは、な。


「おはよう。我が眷属。もう、朝か?」

「ああ、朝だよ。俺もさっき叩き起されて……おい、稲美、俺の頬を思いっきりぶん殴ってくれないか? 目の前の魔女が目を覚ましたように見えてるんだが」

「うん。殴ってあげるから私の頬も引っ張って? 私の目にも魔女が起きたように見えてるの」


 俺と稲美が見つめ合って、同じタイミングで起きたての魔女を見ると、確かに魔女が目に入る。しかも、幼女化した魔女が。

 さっきまで、ついさっきまで俺が髪を撫でていた彼女は大人の女性だった。決して、小学生くらいの背丈ではなかった。なのに、起きた魔女は幼女の姿で、ありえない話だが声も昔聞いたものよりも幼かった。これは……どういうことだ?


「お、おい。魔女。ひとつ聞かせろ。なんで、幼女の姿なんだ?」

「うむ? ……おお、なぜか分からぬが小さくなっておるな。いや、理由はお主か」


 は?

 魔女の言葉を聞いて、稲美が俺の方を睨みつける。

 いやいやいや。俺は何もしてないぞ? 少なくとも二年の間、俺は我慢していた。うん。絶対我慢していた。

 俺は再度問う。


「お、俺は何もしていないぞ!? 一体、何がどうなったらそうなるんだよ!」

「覚えておらぬのか? 妾が眠る前、お主に眷属を与えただろう。永遠の命もな。そのせいだと言っておるのだ。よもや劣情のせいだと思っておったのか?」

「れつ……んなわけあるか! あんたは契約上は俺の主だろ!?」

「そこは覚えておるのか。まあ、よい。さて、妾はどれくらいの間眠っておったのかのぅ?」


 こくんと首を傾げて、質問してくる魔女に俺は呆れながらも今までの説明をし始めた。


「あんたは約二年寝てたんだ。俺という存在を作り出しておいてな。というか、なんで俺に永遠の命なんて渡したんだ。そのせいで俺がどれだけ忙しい日常を過ごしたと――」

「お主の愚痴など興味ないわ。だがしかし、ふむ。二年、か。魔力の回復にそこまで使うとは思わなかった。体が硬いのも仕方ないことか」

「そりゃ、二年も寝たきりだったら体も固くなるだろうな。で、だ。理解ついでに教えてくれよ。俺は一体何なんだ? 死なない。異常な力を持っている。あんたは俺を一体何にしたんだ?」

「教えてなかったか。ならば、逆に問おう。お主、自身が何になったと思う?」


 質問を質問で返され、俺はしばし考える。いや、ここは考えずに無理矢理でも教えてもらうべきだろうが、稲美の傍ら、そう思いかないだろう。

 俺が、一体何者なのか、か。そうだな。死なない。異常な力を持っている。これを一言で表すとしたら――


「吸血鬼、とか?」

「そうだな。うむ。そうしておこう」

「おい。あんた、もしかして最初から何も考えてなかったんじゃないだろうな?」

「いいや? そんなことはない。お主を生かそうと必死だったのさ。何の考えもなかったわけではない」

「世間ではそういうのは考えなしって言うんだぞ?」


 はあ、とため息をついて、俺は主の帰りに微かに笑った。

 何にせよ、俺を生かしてくれた魔女は目を覚ました。幼女の姿なのは少しばかり気がかりだが、俺のせいだと言われれば文句は言えないだろう。俺の存在も魔女の目覚めで理解ができそうだし、今後のことには何の支障もないと思っていた。

 しかし、問題はここから起こる。


「おい、眷属。体がジメジメする。風呂に入れろ」

「は!? おま、それくらいひとりでしろ!」

「この体に慣れていない。洗うのが難しそうだから洗えと言っている。よもや、眷属の分際で妾の命令に反するわけではあるまいな?」

「ちっ……」


 勝ち誇ったようにニヤつくその表情は幼女の笑顔とは程遠く、大人の、成熟した悪意の表れのように見えて、俺は少しだけイラついた。

 俺がイラつくだけならまだいいんだ。だが、生憎この部屋には俺と魔女以外にも人がいる。俺の幼馴染の稲美だ。この稲美が結構な強者で、俺に近づく女子がいると……。


「ふふっーん。お姉ちゃんである私を差し置いて、女の子と一緒にお風呂なんて入れさせないよ?」

「い、稲美?」

「さあ、緋炎の魔女さん。『私』と一緒にお風呂に行きましょうね?」

「何を言っている? 下郎に妾の体を洗わせる訳が無かろう――――お、おい! 妾を抱っこするな! 子供扱いするでない!!」

「はーい。お風呂でちゅよー」

「さ、佐久間響木! た、助けよ! 妾をこの女子(おなご)から即刻助けよ!!」


 甲高い声を上げながら連行されていく魔女を、俺は遠目で見て、とりあえず落ち着こうとリビングに出た。見慣れた風景に、見慣れた天気。気持ちのいい日差しと、美味しい空気。これだけは何年経っても変わらないなと思いながら、俺が思いに耽っていると。


「おいおい。嘘だろ……」


 ふと、空を見上げていた俺の目に入ったのは、女の子。しかも、かなり高い位置から落ちてきている。このままでは落下死は免れないだろう。

 そもそも、女の子が空から降ってくるというのがおかしいことなのだが、そこは置いておいて、俺は深呼吸した。そして、


「勘弁してくれ……」


 これから巻き込まれるであろう面倒に、先に断りを入れつつ、右手を女の子に向けた。瞬間全身を駆け巡る魔力が宙に魔法陣を描き出し、それに向けて俺が問いかける。


「緋炎のゲートをノック。緋炎の名において命ずる、これは勅命だ。駆け抜けろ、六番目の眷属、絶対王獣の獅子(バシラス・レグルス)!!」


 瞬間、空気も日差しも、時間すらもひれ伏させるほどの一匹の獅子が魔法陣から召喚され、空を駆ける。果たして、落下してきていたのは幼女だった。そして数分後、俺の下には気絶している幼女が収まり、バシラス・レグルスはベランダでひれ伏していた。

 さて、ここで問題だ。女の子が空から降ってきた。俺はそれを成り行きで助けてしまった。ここから始まることはなんだと思う?

 俺は幼女をベッドに寝かせて、バシラス・レグルスを帰らせてから、制服に着替える。そして、


「どこかにこいつを捨ててこよう」


 そう決意して、幼女を抱き抱えたのだった。

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