Commando.
3話です。
駐屯地襲撃パート。
1850時。
太陽が最後の残照を残し、西の山影へその身を沈めていく。
既に東の空は紺色で、早くも一番星が輝き始めた。
住民が一切消え、ただ聞こえるのは虫の音、風の囁き、そして自分の足音のみ。
中国軍の駐屯地に残された野砲中隊、そこから臨時の警備要員のうちの一人として指名を受けた二等兵は、同期の相棒とともに駐屯地の外周警備を行っていた。
(最初は面倒だったけど、やっぱり警備に来てよかったかもしれないなぁ)
20歳の、未だ少年の影を色濃く残す二等兵はそんなことを思っていた。
彼はこれまで、海外へは愚か、軍の演習場以外には自分の住んでいた街さえも出たことがなかった。
その街も、確かにここよりは人口が多くて活気があったが、少なくともこんなにうまい空気は吸えたことはない。
内陸の工業都市で育ち、そのまま口減らし同然に軍に入ったから、当然旅行へも行ったことはない。
そのまま一生を終えるかもしれないと思っていたが、今や進駐軍の一員として名誉を背負い、こんなに良い所へ来ることができた。
彼自身に反日的な考えはそこまでなかった。
そんなことを考えたところで何の飯の足しにはならないし、もし戦うとしてもその時はその時、仕事をするだけだ、と思える程度には大人になっているつもりだった。
しかし、こんなに良い所があるのを知ると欲しくなってしまうのも判る。
故郷の街はずっと白いスモッグに覆われていて、青い空が見えるのは1週間に1度あればいい方。
その青空だって、こんなに濃い色はしていなかった。
(元住んでた人には悪いけど、自分もこのままここに住めたらなぁ)
徒然にそんなことを考えながら駐屯地の外周を歩く。
もっと西の、山に近い掃討拠点になればゲリラの襲撃の可能性もあるが、さすがに本拠地にまで攻め込んでは来ないだろう。
それに今は、味方の大部隊が掃討のために出張っている。
襲われるとすればそちらの方だろう、わざわざ警備の厳重な駐屯地を襲ったところで戦果は望めない。
...そんな慢心を彼は、いや駐屯地全体が持っていた。
そして、それこそが襲撃部隊の狙いだった。
何か、バネが弾ける様な、小さい音が聞こえた。
反射的にその方向を見るが、何も見えない。
気のせいだろう、彼はそう思って気を取り直し歩き始めた。
しかし、相棒が動く気配がしない。
名前を呼ぶが、遠くむこうを見て返事もしなかった。
と、突然相棒が崩れ落ちる。
駆け寄ると、相棒の目には深々と太い矢のようなものが突き刺さっていた。
「な...」
そして、その次の瞬間が彼の最期だった。
さっきと同じようなバネの弾ける音。
そして彼は、頸椎に何かが突き刺さるのを感じ、それきりだった。
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『こちらマルニイ、北の敵歩哨を排除、送レ』
『HQ了、敵に露見の兆候なし、各部隊は行動を続行、不測時は我に報告を徹底せよ、終ワリ』
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マルニイ...襲撃部隊第二班「レンゲ02」配属、元41普連所属の地元出身レンジャー隊員は、私物のクロスボウを敵の哨戒網の中をいちいち突破して自宅から回収してきた。
最初は自分一人で残って、少しでも敵に出血を強いてやろうと半ばやけっぱちで持ち出したのだが、予想外にも九州に残った隊員が多く、それに準じて火器類も結構な量が残されたので、そのままお蔵入りかと思っていたが、これまた予想外なところで役立っている。
クロスボウは、さすがに和弓やロングボウに射程では及ばないが、精度や威力は十分に高く、また運用にそこまで技術や慣れは必要ない。
さらに、当然のことだが火薬を使う銃よりも圧倒的に音が静かだ。
弱点の装填の遅さも、昔アメリカ独立戦争のライフル民兵がやったように、装填済みの本体を複数並べておいてやればそれなりに速射が出来る。
彼は、所謂武器オタで、免許のいらない上に比較的安価な(尚且つビームじゃなくてちゃんと「実体弾が」飛んでいく←ココ大事)クロスボウでの射撃を嗜んでおり、合計5本ものクロスボウを持っていた。
ついさっき自分が射殺した、まだ少年と思えるような敵兵の死体から戦闘服の上着だけを剥ぎ取り、自分の物の上から着用する。
気休め程度だが、無いよりはマシだろう、そう考え彼はまだ温かい死体を見下ろす。
(すまんな、だが恨まんでくれ)
念じて、彼は踵を返した。
出来れば彼の相棒と共に荼毘に付したい所だが、生憎そんな時間はなかった。
彼は続く部下にハンドシグナルを送り、部下たちが駐屯地フェンスをワイヤーカッターで突破する間、じっと駐屯地を見詰めていた。
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その他の突入班も、それぞれの方向から駐屯地に侵入。
駐屯地内に突入したのは6班計30名。
それぞれの突入班から2名ずつ選抜された12名は2人1組で行動、残りの18名は6名ずつ3個分隊に再編、待機。
6組12名がC4爆薬と89式小銃と弾倉1個、そしてナイフ一振りのみという軽装で複数ルートに別れて弾薬庫へ向かう。
既に敵駐屯地内なので無線は封鎖、得られる情報は自分の五感からの情報のみ。
その状況の中、2人1組の即席バディはハンドシグナルやアイコンタクトで情報を交換しながら進む。
しかし...
突如銃声が響く。
予想していなかったタイミングで出てきた敵兵と、潜入班のうちの一つが突発的に交戦したのだ。
『こちら選抜マルサン、敵と交戦!!!見つかった!!!送レ!!!』
『こちらHQ、無線封鎖解除。全部隊、強襲へ移れ。何としても司令部を落とせ。迫射撃班、射撃開始。ライフル班、敵通信網を切断せよ、終ワリ』
駐屯地内に潜入待機していた3個分隊が行動を開始。
東、西、北の3方向からそれぞれ駐屯地の中枢へ向かう。
突入しなかった10名のうちの3名で構成される迫撃砲射撃班が、運用する鹵穫兵器の89式100mm迫撃砲を射撃開始。
司令部周辺にある、駐屯地唯一の正規警備部隊詰所に100mm迫撃弾が連続的に着弾し、部隊を壊滅させる。
さらに、指揮班直轄のライフル班2名が、中国軍基幹通信系のパラボラアンテナや変換器を狙撃し、長距離通信機能を喪失させた。
襲撃分隊唯一のミニミが断続的に火を噴き、その着弾が生き残った敵の動きを牽制する。
幸い、生き残った敵臨時警備部隊の動きは洗練されていなかった。
当然だ、彼らの本来の仕事は、曲射で榴弾をぶち込むか、トラックを運転するか、戦車のエンジンを修理する事。
決して生身で銃を撃ち、敵と渡り合う事では無い。
対するは、対馬のヤマネコレンジャーを中核とする精強なレンジャー達。
臨時警備隊員の81式自動歩槍からフルオートで放たれた7.62×39mm弾が、遮蔽物にめり込み、大地を叩くが、肝心のレンジャーには掠りもしない。
短小弾とはいえ、30口径級のライフル弾のフルオートでの反動は、想像を絶する物があり、これまでまともに地上戦闘訓練を受けていなかった敵兵には、セミオートでじっくり狙うという発想がそもそも無かった、もしくはあったとしても、じっくり狙おうとした者から死んでいた。
レンジャー隊員の89式小銃が、短い間隔で弾を吐き出す。
冴え渡ったその速射が、遮蔽物から少しでも顔を出した敵の命を次々に刈り取っていく。
「くっそ、ジャムった!!!」
ミニミ射手が叫ぶ。
住友のミニミの耐久性は決してよろしくない、空撃ちするだけで撃針が折れる。
火力の中核たるミニミの故障だったが、その隙を敵にさらすほどレンジャー隊員達は未熟ではなかった。
瞬間的にフルオートに切り替えた89式から、それまでとは比較にならない勢いで弾幕が放たれ、機を窺って攻撃しようとした敵を搦め取る。
「復旧!!!」
そうこうしているうちに、ミニミの不発弾除去が完了し、それまでに倍する勢いで連射し始める。
勢い、警備隊員達は遮蔽物の影から銃だけを外に出して、牽制射撃をするのが精いっぱいになった。
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『こちら選抜マルヒト、選抜全隊、弾薬庫に到達した!!!これより選抜マルヒトからマルサンが実爆準備を行い、マルヨンからマルロクは統合して強襲マルヨンにサイン変更、強襲マルヒトからマルサンの支援に当たる、送レ!!!』
『こちらHQ、了、送レ』
『強襲マルヒト了!!!頼むぞ、送レ!!!』
『強襲マルニイ了、送レ』
『強襲マルサン了、終ワリ』
敵の注意が強襲部隊に向いたおかげで、潜入班は比較的楽に本来の目的地に達することができた。
そこで、集合した部隊を半分に分け、半分を本来の目的の弾薬庫の爆破を行い、残りの半分が、1個分隊を結成し、強襲部隊に加わる。
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強襲マルサン班の目の前、未だ抵抗を続けていた敵兵の遮蔽物のむこうから、突如赤い血煙が上がり、次いで遮蔽物そのものが、バラバラに砕け散った。
同時に、敵の後方から、何とも形容し難い、重い高速連射音が聞こえてくる。
敵の後背に入り込んでいた強襲マルヨンが、対空射撃用のZPU-4...KPV重機関銃の4連装銃架を乗っ取り、常用されることはまずない、各門600発/分、つまり4門合わせて2400発/分という高発射速度で敵の背中へ水平射撃を行ったのだ。
毎秒40発という発射速度で、本来は対戦車ライフル用として開発された14.5×114mm弾が、敵の歩兵に襲い掛かる。
ある者は頭蓋骨を粉砕され、またある者は手足を一瞬で引きちぎられ、別の者は胴体に大穴が空いて縦に真っ二つになり、至近弾の衝撃波だけで脳を破壊されて死ぬ者もいる。
掃射が続いた時間はほんの5~6秒だったが、その射撃で警備部隊は殆どの人員を失い、生き残った者も目の前の惨劇に放心状態だった。
負傷者は居なかった、なぜならもし一発でも命中すれば、その時点で即死が決定するからだ。
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『こちら強襲マルサン、敵の抵抗線の突破に成功、わが方に損害なし。捕虜を3人とった、負傷無し、但し自力では動けない。マルヨン、支援に感謝する。...しかし...これは...ひどいな...送レ』
『こちらマルヨン...すまない、他に方法がなかった、送レ』
『HQ了、...マルヨン、仕方ないさ。選抜マルヒト、実爆準備状況を知らせ、送レ』
『こちら選抜マルヒト、あと1分だ、1分で退避まで完了する、送レ』
『HQ了、爆破はHQの指令で行う、爆破後、強襲マルサン及びマルヨンは司令部に突入、これを制圧せよ、強襲マルヒト及びマルニイは現状のまま戦闘を続行、敵をくぎ付けにしろ、送レ』
『選抜マルヒト了、送レ』
『強襲マルヒト、了、送レ』
『マルニイ了解、送レ』
『強襲マルサン了、送レ』
『強襲マルヨン了、終ワリ』
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『こちら選抜マルヒト、起爆準備及び退避完了!!!HQ,いつでもいけるぞ、送レ!』
『HQ了、スリーカウントで爆破しろ。行くぞ、3、2、1、爆破!』
弾薬庫内に仕掛けられた、総計3kgのC4爆薬が、一斉にオレンジの閃光を発し、次いで強力な爆風と熱を弾薬庫内に溢れ返させる。
熱に曝された榴弾や工兵用の爆薬、機関砲弾や地雷は、一瞬で内蔵の炸薬に発火し、大規模な誘爆を起こす。
弾薬庫の土盛りが一瞬ぶれたかと思うと、次の瞬間には表土をすべて吹き飛ばし、直径50mものクレーターが作り上げられた。
『こちら選抜、爆破成功!!!弾薬庫は完全に消滅した!!!送レ!!!』
『HQ了、強襲マルサンマルヨン、突入だ!!!行け!!!』
突如起こった弾薬庫の大爆発に、駐屯地司令部は大混乱に陥っていた。
正確に言うと、その前から十分混乱していたのだが、それに拍車がかかった。
既に駐屯地内部に敵が浸透してきている、その情報こそ報告が上がってきていたが、誰も、この司令部に直接敵が乗り込んでくるとは思っていなかった。
そもそも彼らは、敵の駐屯地内への侵入こそ報告を受けていたが、防衛線の崩壊には誰も気づいていなかった、何しろ、報告する間もなく全滅したのだ。
だから、司令部テントに敵兵が突入してきたときに、それに対応できたのは、ごくごく一部の者たちだけだった。
腰の拳銃を向けようとした中尉が、一瞬で射殺される。
そして...
「我们是自卫队。请投降。 (我々は自衛隊だ。降伏しろ)」
銃を構えた陸自隊員がたどたどしい発音でそういうと、最初は数人が、次いで全員が手を挙げた。
『こちら強襲マルサン、敵司令部の制圧に成功した!!!送レ』
『HQ了、よくやった。司令部要員をHQまで連行し、出頭させよ、送レ』
『マルサン了、終ワリ』
こうして、中国軍大分駐屯部隊の後方部隊は、殆どの戦力を失い、陸自残存部隊に降伏した。
しかし、陸自部隊にも彼らを捕縛する余裕など有る筈も無く、中国軍部隊は全員武装解除の後、希望者は解放される事となった。
結果として生存者の殆どが解放され、一部指揮官及び幕僚のみは、陸自に連行され本土へ移送され、尋問を受けることとなる。
結論として、この襲撃作戦は稀に見る成功、完封勝利を収める事となり、後々の戦史で、成功したコマンド作戦の代表格として語り継がれていく。
果たしてこう上手くいくものか...?