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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

コメディ短編

幼馴染みの茄子料理!

作者: 灰鉄蝸

美味しいよ、と少年は笑った。

ある夏の終わり、心の底からそういわせてやりたいと思った。


よくある話だ。


母が生きていたころ、一度、料理を手伝ったことがある。

料理上手が自慢の母だったけれど、娘である彼女はそうでもなかった。

しかも初めての料理だったから、加減がわからず、さんざんな代物を作ってしまった。

辛くて、しょっぱくて、父も母も苦笑いしていたのを覚えている。けれどその日、夕飯に招かれていた友達は違った。

辛いものは苦手のくせに、その日は、ご飯をお代わりしてまで下手くそな料理を完食していった。

今にして思えば、昔から気遣いばかりする奴だったのである。


あれから何年も経って、色々あった。

少女の母親は病でなくなったし、少年は大けがをして、色々とえらいことになってしまった。

しかし変わらないものもある。たとえば、幼馴染みの性格などその最たるものだった。

彼は今に至るまで、無駄に気遣いが多くて、無駄に格好つけたがる奴なのだ。そして腹が立つことに、彼女は、そいつに庇われっぱなしなのである。

だから、料理しようと思った。そのためには、命がけで食材を調達する必要があった。

思考の飛躍だった。









じーじーみんみんみんみん、じーじーみんみんみんみん。


延々と鳴くばかりの蝉の声が、ひどく気に障る。

風通りのいい座敷にて、年若い少年――クラマは、一人の壮年男と向かい合っていた。

幼馴染みの父親である。

はてさて、今日はあのじゃじゃ馬が静かなことよ、と思っていたところ、彼女の父親から家に呼びつけられたのである。

何用ですか、と目で問いかける。

作務衣を身にまとい、ひげ面の男は第一声を放った。


「娘が家出した」

「ほほう」


一〇代の少年少女のお約束だ、と感心する。

だが、追い打ちがいけなかった。


「暴れ人食い茄子の出没するあたりにな」


その一言に、クラマは目を向いてうなり声を上げた。


「なんという無謀……!」


暴れ人食い茄子とは、凶暴化した人食い茄子である。ヒグマすら集団で襲って喰らう、地上最強の陸生植物だ。

すべての始まりは、国難を救うための研究だった。

詳細は省くが、かつての文明絶頂期――エコロジーを目指し開発されていた、生物工学の応用物。

しかし、なんやかんやあってプロジェクトは迷走、予算不足も相まって、他のプロジェクトと統合されてしまったのである。

正気の沙汰ではない。

少子化対策、食糧問題の解決、老人介護用クローン奴隷。

まったく用途の違う問題が、生物工学を使っていると言うだけでひとくくりにされ――事故が発生した。

自己複製機能を持った人工子宮、可食部位の多い新種の野菜、クローン奴隷が組み合わさった生命体へ進化したのである。

すなわち人食い茄子である。

何故、よりによって茄子だったのかは定かではない。


「ともあれ、あれも容易くくたばりはすまい。暴漢の一〇人ぐらいなら撲殺できる娘に育てたつもりだ」

「自衛の域を超えた虐殺のような……」

「悪党が悪い」

「なるほど」


奥深いフレーズだった。


「案ずるな。あれは無闇な殺生はしない――仏教徒だからな」

「前後の文脈に不安を覚えますが、そういうものですか」

「うむ」

「ほほう」


一向一揆並みに汎用性の高い仏法なのだろう。深く考えてはいけない。

白々しいやりとりの末、少年はのっそりと立ち上がった。

異形にして異相であった。

七尺(二一〇センチ)へ届きそうな背丈に加え、丸太のように太い手足の表皮は、艶のないカーボンの質感。

極めつけは、昆虫じみた複眼が光る鉄兜のような頭。

何を隠そう、クラマ少年はサムライなのである。色々あったので、今では立派なサイボーグだった。

さあ、幼馴染みを追跡すべく出立せんとしたそのとき。


「これを食っていけ」


年配の人間特有の行為。若人へ食を勧める謎の習慣だった。


「茄子の漬け物だ」

「……茄子退治に出かける前に?」

「気にするな」


よくない。何も、よくない。クラマははらはらと涙を流し――感情表現豊かな義体なのだ――茄子を食った。

しょっぱかった。









無謀にして理不尽。

ナツミという少女を、一言で言い表すならこういう表現がぴったりである。

母親譲りのくりくりと大きな瞳、すっきりした鼻梁は美人に育つと感じさせるものだが、への字に曲がった口元がすべてをぶち壊している。

尤も世の男性諸氏の望むすまし面など、はなっから馬鹿にしているようなじゃじゃ馬なので、本人は歯牙にもかけていない。

緑深いこの地、再開発居住区の友人達は皆、こう言う。

曰く、傍若無人。

閑話休題。

ともあれ少女は今、絶賛、生命の危機だった。全力疾走し続けることを強いられる程度に。

長袖長ズボン、野暮ったいアウトドア系の格好をしたナツミの背後、二〇メートルほどに、異様な生き物がいたと思っていただきたい。



「どうしてこうなった――!?」



遠目には、着ぐるみを着た人型に見えたのだ。それが暴れ人食い茄子だとわかったときには、すべてが手遅れだった。

大人の掌ほどもある、艶のある茄子だった。

迫り来る茄子の群体。紫色の美味しそうな果実が、みっしりと群生している――プロレスラー並みの巨漢の胴体に。

数百個の茄子を生やし、毛皮の代わりに茄子の枝葉で覆われた哺乳類の足が、山地の過酷な斜面を蹴り上げている。

げしょげしょ、と奇っ怪な鳴き声をあげ、ナツミを追跡する怪人の数は四匹。

美味しそうな見た目と裏腹に、人食い茄子の本体は頑強である。ライフル弾では貫通できないほど表皮が硬い。

無手のナツミが戦って勝てる相手ではなかった。野生の山賊なら皆殺しに出来るのに。

死地であった。

ナツミは笑えばいいのか、泣けばいいのかわからない状況で、獰猛な笑みをもらした。

ショートヘアの頭髪が、頬の汗を吸って肌に張り付く。夏の盛りを過ぎたとはいえ、今年の風は馬鹿に暑い。


「このピンチ、乗り切って勝つ!」


特に根拠のない自信が湧いてくる。やれる、やれるはずだ!

ナツミは無鉄砲な女である。しかも、自分では思慮深い英断だと勘違いしているド天然だった。

この真剣な決意から二秒後――木の根っこに躓いてナツミはすっ転んだ。


「やばっ」


人生終了まで間近だった。立ち上がっても間に合わないほど、追っ手との距離は詰まっていた。

どうする。駄目元で戦ってみるか。こちらの考えを見透かすように、人食い茄子の頭頂部、ヘタの部分から鋭い牙が露出した。

一本一本が出刃包丁よりも長く、尖っている。どうしよう、勝てる気がしない。

結論から言えば、ナツミを救ったのは腐れ縁であった。

木立の揺れる音――不自然な木々のしなり――指向性スピーカー特有の耳元で囁くような声。


「よし、そこの馬鹿。動くなよ」


すぐさま、考えより先にぴたりと動きを止めた。

こういうとき、誰よりも頼りになる顔見知りを、少女は知っていた。暴れ人食い茄子の群れが、ナツミへ殺到するまで四秒もいるまい。

恐れる必要はなかった。

そう、救い主は頭上からやってくるのだ。


「推参」


落下してきたのは、見慣れた幼馴染みだった。クラマだ。

その真下にいた人食い茄子の躰がひしゃげ、鈴なりになった茄子が飛散。ピンク色の臓物を土にぶちまけた。

まず一匹。膝関節を柔らかく使い、着地の衝撃を逃し、その体幹は毛ほどもぶれていない。

するりと抜刀。構えるまで刹那もない。

後続の人食い茄子が、警戒音をあげるより先に太刀を振り下ろす。

袈裟斬りに一刀両断され、紫色の体液を飛ばしながら怪物の上半身が千切れた。これで二匹目。

続いて、振り下ろしきった太刀を、返す刃で逆袈裟に切り上げる。

その軌道が迫る先は、勢いそのままに横へ飛ぼうとしていた三匹目。恐るべき反射神経を発揮し、回避運動に移った異形を、股ぐらから右胸まで斜めに断ち切った。

直径五〇センチはある巨大な口腔から、野太い悲鳴を上げる人食い茄子。

すでに致命傷だ。

最後の四匹目は、この時点で柔らかく美味そうな獲物を諦めた。突然の襲撃者は強大であり、群れを集めねば対抗できない。

くるりと方向転換、クラマから逃げようとしたが――サイボーグ戦士の目には止まって見えた。

ずぶっ。

人食い茄子の胸元から、真っ黒な太刀の切っ先が生えた。

太い手足で暴れるよりも早く、刃が引き抜かれる――くわっと口を開き、振り返った人食い茄子。

その眼に映ったのは、おのれを真っ二つに切り開く一閃。

断末魔すらなかった。

時間にして二秒にも満たない攻防であった。

油断なく周囲を見回し、一〇秒、二〇秒、三〇秒。じっと周囲を探っていたクラマが、ようやく一息ついてこちらを見た。


「大丈夫か、ナツミ」

「あ、うん」


昆虫じみた機械の複眼。そこに浮かぶオレンジ色の光は、心配を表す色だ。

長い付き合いだから、わずかな仕草でもクラマの内心は察せられる。けれどこういう細かいところで、気遣いが出来る少年がクラマだった。

得体のしれない体液で汚れた刃を拭い、納刀する。ろくに手元も見ずに出来るのだから、我が幼馴染みながら大したものだと思う。


「えーっと、まず、あたしが悪いにしてもさ、一番悪いのは人食い茄子を作った科学技術じゃん?」

「文明批判しても、お前の落ち度は解決しないだろ。一人で出かけるか、こんな物騒なところ」

「くっ……」


この野郎、女子が自分から非を認めるなんてレアイベントを鑑みろよ――辛うじてキレかける心を鎮めた。

そもそも今回、こんなに危ないヤマを踏んだのは、クラマの誕生日が近いからなのである。

ぐっと堪えて、にやりと笑う。


「うんまあ、子の話は置いといて。今日のお礼はきっとするよ、クラマを唸らせる料理とかで!」


だがしかし、クラマの反応は――


「いや、無理だろ」


即答だった。正論だった。こういうときだけ、致命的に空気を読めない男だった。

それを可愛げと受け止めるには、ナツミは未熟すぎた。畢竟ひっきょう、〇・一秒たりとも考えずにナツミは叫ぶ。


「見てろよこのメカ! ばーか!」

「確かに俺の今の躰はメカだが、それとお前の料理の腕は関係ないだろ……やめろよせ、間接は蹴るな」

「さいあくだ!」


帰宅後、父親からお説教を喰らったのはいうまでもない。

二時間にわたる死闘だったという。





翌日の昼、クラマは幼馴染みから家へ呼びつけられた。

最早、この程度の横暴は慣れっこであった。昨日の言動から察するに、何らかの料理。しかしナツミは、お世辞にも腕がいい方ではない。

ふと、音がした。

続いて嗅覚センサーを刺激する匂い――香ばしいニンニク、ショウガ、ネギの香り。

油脂の弾ける音に、人工臓器と入れ替えられた内臓が反応する。おかしい、今日は馬鹿に美味そうではないか。

無言で居間に座り込む。幼馴染みの父親がいたので、軽く目礼。昨日の今日のことだけに、話すことも特になかった。


「よしきた、喰らえ!」


お盆を持って現れたナツミは、いつも通りうるさかった。

もう少し賢く成長できなかったのか――おのれの言動に問題がなかったか、全力で思索を始めるクラマ。

だが、良い匂いだった。つい目線が料理へ向いた。

ほかほかと湯気を立てる料理に、覚えがあった。あれはそう、この躰になる前、クラマが無邪気な子供だったころのこと。

母親の手伝いをしたものの、失敗してべそを掻いてた幼馴染み。

その姿が見ていられなくて、不出来なそれにぱくついたことがあった。

なるほど、好物と誤解されているのだろうか。

香辛料の溶け出した赤い油と、よく炒められた挽肉、みじん切りになったニンニクショウガ――その狭間に居座る大きな茄子。

麻婆茄子マーボーナス

もし自分に生身の粘膜が残っていたら、つばを飲み込んだことだろう。

正直に言おう、お世辞抜きで美味そうだった。記憶にある失敗作など比較にならない出来映えだった。


「もしや、昨日の無茶はこれか」

「そゆこと」


胸を張るナツミのエプロンには、飛び跳ねた油の飛沫が付着していた。余程、集中していたと見えて、本人は気付いていない。

ナツミがわざわざ買い出しに出かけたのは、中華料理のために調味料を必要としていたからだろう。

暴れ人食い茄子のせいで、地元の商店では調達できなかったものだ。


「……いただきます」


勧められるまま、蓮華で小皿に取り分ける。箸で茄子をつまむ――挽肉とごま油に包まれ、柔らかく蕩けた果肉が震える。

口元を覆うカバーを格納し、口腔を露出させて茄子を放り込む。

まず、甘じょっぱい中華味噌の味が口いっぱいに広がった。続けて挽肉の旨みが、噛みつぶされた茄子の甘みと共にやって来る。

こくのある味だった。唐辛子の辛みは抑え気味、代わりに砂糖で味の奥行きを出しているのだ。

美味かった。どうしようもなく美味かった。


「……ど、どう?」


無言で咀嚼するクラマに対し、ナツミはやや緊張した表情で尋ねた。

答えなど決まっているではないか。


「腕を上げたな、ナツミ。大昔に食ったのより、ずっと、ずっと、本当に美味い」


ナツミの顔が、ぱあっと嬉しそうに華やいだ。

こういう笑顔が好きだから、何かんだいって、クラマは彼女のことが嫌いになれない。

感慨深げに二杯目を口に入れる。やはり美味い。サイボーグの少年が満足げにそれを飲み込んだ瞬間――すべてが台無しになった。




「よかったー、具の茄子さ、人食い茄子のを使ったんだよね! 一応、味見はしたけど大丈夫だったんだ!」




説明しよう。

暴れ人食い茄子はバイオ工学の産物であり、ヒト遺伝子を使って作られた野生動物である。

つまりそういうことである。そういえば同じ部屋にいるナツミの父は、一口も手をつけていない。

クラマはお通夜のような表情――複眼から紫色の薄幸を放ち、辛そうにうなだれた。


「…………今の俺の気持ちが、お前にわかるなら、この世界はきっと平和だ」

「幸せってこと?」


ナツミはガッツポーズをしてはしゃいでいた。

クラマは無言で天井を仰いだ。

ままよ、と溜息。


「怒ってもいいよな、俺」


当分、二人の関係は変わりそうになかった。

奇をてらいましたが最終的に王道を目指しました(ブレブレ)

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― 新着の感想 ―
[一言] 麻婆茄子が食べたくなったので明日はそれにしようと思います。 面白かったです!
[一言] 最後の方まで、茄子を蛸と誤認していた…。 面白かったです。
[良い点] とてもシュールで、それでも幼馴染組は可愛いなと思っていたら…。最終的に凄くシュールでした。突き抜けていて、とても面白かったです。
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