2章 小さな手 4/8
この季節はススキでいっぱいになる河原沿いの堤防を二人で歩く。川沿いのハナミズキの実を食べに来たのか、ヒヨドリの鳴き声が聞こえる。
僕の家から学舎へはこの道を歩いて行くことになる。学舎まではそんなに遠くはない。昨日の善鬼との勝負の後も、伊藤さんと三人でこの道を通って帰った。‥‥昨日のこの時間は伊藤さんと二人で登舎してたんだよなぁ‥‥。やれやれ‥‥。
「お師さんは授業は受けんのか?」
「‥‥あまりね」
「なんでじゃ?」
「なんで、って言われても‥‥。一刀斎だしね。彼女は学士じゃなく拳士だから。独学で基礎は抑えてるからそれ以上に学問を身に付けるより少しでも強くなる方法を考えてるんだろうね」
「じゃあワシもサボる」
「駄目だ。伊藤さんからちゃんと授業を受けさせるようにって言われてるんだよ」
「ぬう‥‥」
「大体君と違って伊藤さんは頭もいいんだよ、すごく」
「何?ワシは頭のいい子なんぞ」
「‥‥その台詞がまんまアホの子じゃないか‥‥
いってえ!!‥‥蹴るなよ!!」
「道場の他の連中は今時分はどうしとるんじゃ」
「‥‥この野郎無視かよ‥‥」
「どうしとるんじゃ」
「‥‥まぁいいけど。――道場の連中って、僕んちの道場のか?」
「いや、昨日の。ワシらと同じ年かさの連中じゃ」
「‥‥ああ、部道場の方か。もちろん皆授業に出るよ。あの道場生はむしろそっちが主体で学舎に行ってるぐらいだ。同じ級のやつも何人かいる」
「昨日のあの、ナントカ言うヤツもか?」
「さっぱりわからないよ」
「ほれ、昨日ヌシと勝負する前にワシがやっつけたヤツじゃ。ゴツいヤツ。――ヌシが「こんな可愛い道場破りに負けやがってこの野郎」とか言いながら邪魔そうに足で蹴飛ばしてどかしとったヤツじゃ」
「やってねえよ!人聞き悪いウソつくな。可愛いとかもウソだし。‥‥古藤田だろ?彼は学舎の部道場の師範代だ、覚えておいてやれよ。あいつは授業は受けない」
「なんでじゃ」
「だって彼は教師だから」
「なんと」
「今年37歳だったかな」
「なんと」
「子供もいるよ」
「なんたる」
「腕は立つんだけど本番に弱いのが玉に瑕なんだよなぁ」
「それはどうでもいい」
「‥‥あ、そう。――そういや君が前に住んでた所じゃ学舎はどうなってたんだ?」
「ワシは今まで学舎なんぞ行っとらんぞ」
「それでよくワシ頭いい子とか言えたもんだな。
‥‥だから蹴るなってのこの野郎」
「典膳‥‥。ヌシは虫か。学舎での勉学なぞ社会に出ては何の役にも立たんもんぞ。むしろその後の勉学こそが、真の、えーと、アレじゃ。わかったか」
「もうお前黙れよ‥‥‥‥って、あれ、でもそれじゃあその制服は?」
「ぬ。‥‥これはアレじゃ、ほれ、なんじゃ。友達にもろうた」
「ふーん」
「別に変な話じゃなくての、ほら、くれるというからもろうた。それだけじゃ、うん」
「いや、別に何も言ってないだろ」
昨日道場破りに現れた時から着ていた彼女のブレザー。このへんでは滅多に見ない型の洋式学生服。だから、どこかそれなりの身分の子かと思っていたが。‥‥少し指摘しただけでなんで慌てるんだろう。今も少しばつが悪そうにそっぽを向いている。
‥‥いや、この無愛想は今に限ったことじゃないな。もう大体わかった。こいつは基本無愛想でタチが悪い時だけケタケタ笑う性質だ。ロクでもないヤツだ。そうに違いない。