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伊藤さんと善鬼ちゃん  作者: 寛村シイ夫
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2章 小さな手 3/8

「‥‥ああもうこんなヤツ、なんで僕が面倒見てやらなきゃいけないんだよ」

「露骨に心の声を漏らすな」

「ふう‥‥。ていうか聞きたいんだけどさ。良かったのか?伊藤さんの、一刀流に弟子入りして」

「なんでじゃ?」

「いや、お前、今まで誰にも教わらずにそんなに強かったんだろ?それならそのまま我流で天下の拳豪を目指すのもアリじゃないのか?」

「構わん。いずれどこかで拳術を習わんといかんとは思うとったし。ただ、習おうと思えるほどの拳士に会えんかっただけじゃ」

「へぇ‥‥」

「それこそ、天下無双を目指すなら技の面もしっかりと鍛えんとの」

 ‥‥これもまた意外だ。なんだ、ちゃんとした考えを持ってるんじゃないか。

 でも天下無双とは大言壮語にも程が‥‥‥‥。いや。こいつならそれを言う資格があるのかもしれない。

 ま、何にせよ本人もそのつもりなら真面目に教えてやらなきゃいけないだろうな。

「伊藤のお師さんがヌシに教われと言うたんじゃ。それならまぁ貴様の話も聞いてやるぐらいはやぶさかではない。ワシは優しいでな」

「‥‥そりゃありがとよ」

 そんなやり取りの間にも集まっていた道場生達。彼らには師範代の中西がまとめて指示を出してくれていた。いつもながら助かる。

 今日は善鬼の面倒を見なきゃいけないからと中西に伝え、道場生の方を頼んでおく。

 道場生達の声が響く道場の片隅。僕と善鬼は向かい合って立つ。

「さて。じゃあ善鬼。今日から一刀流になるわけだ。基本を中心に教えて行くけど、まずは一刀流がどんなものか、あらためて知ってもらった方がいいと思う」

「おう」

 お、案外ちゃんと聞く耳を持ってる。昨日の伊藤さんのお灸が効いてるんだろうか。‥‥そういやコイツ昨日伊藤さんにボッコボコにされてたんだよな。なんでこんな元気なんだよ。外傷の無い僕だって道場主じゃなきゃ休みたいぐらいなのに‥‥。

「まぁもういいや‥‥。じゃ、わざと大きくやるからよく見なよ。まず僕に向かって突いてきてくれ」

「ヌシにか?」

「もちろん」

 そう言って僕は左掌をゆらりと前に出し、右拳をあごに寄せる。相手の動きに呼応する一ツ勝の構えを取った。

 うりゃっという掛け声を上げ、善鬼が僕の顔を狙い打ちかかってくる。その右拳を左手で流し取り、顎に右掌打を寸止めする。

「ぬ‥‥ッ!」

「相手の突く力を受け、流し、外に逸らす‥‥あるいは固め取ることで隙を作る。――これが一刀流の斬返しだ。相手の攻撃を一刀で切り落とす、一刀流を象徴する基本技の一つだ」

 そ知らぬ顔で善鬼に説明してはいるが‥‥僕は内心冷や汗をかいていた。やっぱり速い。思った以上に伸びる。こんな小さな体で、あの距離か。事前に攻撃が解かっているからなんとか出来たけど‥‥。

「もう一度」

「うむ」

 ヘの字口でうめき声を漏らし、即座に飛び掛ってくる。今度は胸を狙っていた。同じように流し、固め、寸止めをする。

「受ける、流す、隙を撃つ――。ま、種明かしをしてしまえば簡単だ。他流派でもちらほら見かける技術さ。だからこそ中級以上の基本技術として身に付けるべきだし、それに知らない相手には効果はでかい」

「‥‥なるほどのう。よく出来たもんじゃ」

「それだけ?」

「ん?何がじゃ?」

「この技は君はもう知ってるはずだから」

「‥‥ワシが?知らんぞ、こんなもん」

「まぁ、そうだと思うけどね。君ほどの動きが出来るヤツ相手に斬返しを仕掛けられる拳士はそうそう居ないと思うし。今まで仕掛けられたことなんて無いだろう。

 ‥‥でも世の中には出来る拳士が‥‥いる」

「‥‥お師さんのことか」

「その通り。君は伊藤さんに二度、この技をかけられている。――初っ端に床に叩きつけられたろう。アレがそうだ」

「何?まさか」

「さっきも言ったようにこれは相手の攻撃を取る技だ。最初のうちは大きな動作で練習するけど、しっかり身に付ければ段々と動きは小さくなる。‥‥無駄を削った動きで同じ結果を出せる訳だ。それが技というものだから。

 ――伊藤さんは、君の突きの手首に自分の手首を合わせ、ほんのひねる程度の動きで君の突進力を受け流し、君の力を真下に振り向けた。結果がアレだ。君は、自分の飛び掛る力でもって自分を床に叩き付けたということだ」

「ぬう‥‥」

「次に、掛かって行った君の蹴りの力をひょいっと上に向けた。君は飛んだ。――そういうことだ」

「なんと‥‥」

 善鬼を相手の実戦の最中でなんて、僕にはとても出来そうもない‥‥残念ながら。

 それほどの能力を持つ善鬼に一刀流を――。

 こいつの反応速度や動体視力の上に一刀流の技術を乗せることが出来たら、まさしく鬼に金棒だろう。伊藤さんが面白がるのも当然と言えば当然か。

「それから今僕が見せた構えが、一ツ勝の構えだ。一刀流の基本になる構えの一つで、相手の動きを見て対応しやすい」

「ほう‥‥」

 野獣だと思ったのに、本当に真面目に聞くなぁ‥‥。なんとか教わるに値する相手だと見せかけられてはいるみたいでよかった。

 それからしばらく、彼女に構えを取らせ、突き蹴りをやらせてみせる。姿勢を保たせ、繰り返し動きをつける。こうして体に構えの意味を理解させ、馴染ませ覚えさせる。稽古とは反復練習と同義だと言ってもいい。

 一時間程もやったあたりで、早々と切り上げることにした。

「‥‥ま、君の一刀流は今日の今始まったばかりだ。とりあえず今はこれぐらいにしておこう」

「何?ワシはまだまだ全然かまわんぞ」

「いや、この後は別の予定があるんだよ。うちに来たからには一緒に来てもらわないと。 ――君にとっては、こっちの方が多分苦痛だろうけど」

「‥‥何をやらす気じゃ。嫌な顔をしおって」

「ふふふ‥‥」

「なるほど、エロいことか。典膳のことじゃしの」

「しねえよ!――学舎に行くんだよ!拳術じゃなく学術だよ。頭の勉強だよ!」

「なるほど、学舎でエロいことか。典膳の考えそうなことじゃ」

「おま‥‥しつこいよ!道場生が何事かって顔してこっち見てるじゃないか!」

「よかったのう、ヌシの本性がバレて!これからは気兼ねなく典膳の大好きなエロ談義ができるのう!」

「ちが!違う!このバカが勝手に言ってるだけだ!みんな聞くな!

 ‥‥なんで大声出すんだよ!」

「なるほどのう‥‥ヒソヒソ声がいいのか」

「なんでだよ!そこで耳打ちされたらますますエロ談義してるように見えるだろうが!――てかお前、自分もワイ談好きに思われるんだぞ?」

「かまわん。肉を切らせて骨を断つじゃ」

「‥‥意味わかんねえよ」

「で、学舎か。今すぐ行くのか?」

「‥‥いきなり話変えるし」

 なんなんだよコイツ‥‥。

 昨日の仕合中とは全く違う別のうれしそうな顔でニヤニヤと笑っていやがる善鬼を連れ、僕はそそくさと自分の道場を後にする。

 ‥‥なんか道場生たちがざわざわしてるのが聞こえるんだけど‥‥。

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