終章 おのぜんき
ふと‥‥意識が戻った‥‥。
目は開いてるんだろうか。何も見えない。
腕は残っているんだろうか。何も感じない。
肺はつぶれているんだろうか。息が吐き出せない。
‥‥僕は‥‥生きてるんだろうか‥‥。
まだ、生きてるんだろうか‥‥。
「‥‥師さんは‥‥じゃの‥‥」
耳は、生きていたのか‥‥。
かすかに、善鬼ちゃんの声が‥‥聞こえる‥‥。
「‥‥膳もそう‥‥あきれ‥‥のう、お師‥‥」
‥‥やっぱり、善鬼ちゃんの‥‥声‥‥
「典膳‥‥。聞いとるか、典膳‥‥」
「‥‥‥‥」
「いつか言うたのう、服のことを話してやると言うたよのう‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥ワシは‥‥善鬼じゃ。善い鬼と書いて善鬼じゃ‥‥。
善鬼は‥‥おとうに付けられた名じゃ‥‥」
「‥‥‥‥」
「幼いころにワシが走り回って走り回って‥‥森に迷うた時、山賊に囲まれた時‥‥。
おかあが、助けに来た。姉者が、走ってきた。善姫よ、善姫よおと、叫んで助けに来た。
泣くワシを二人して坂の下にほおり投げ、二人して、山賊に弄ばれて‥‥殺された‥‥。
――お前は鬼の子じゃと。
おかあを喰ろうて生きる、鬼の子じゃと。姉者の命を喰ろうた鬼の子じゃと。
‥‥そう言うて、善姫は善鬼になった。
‥‥ワシは鬼の子じゃ。鬼の子なんじゃ。強くならんと、いかんのじゃ‥‥。
‥‥‥‥ワシを善姫と呼んだのは‥‥おかあと姉者は‥‥極楽におる。
ワシに残っとるのは‥‥おかあのマフラーと、姉者のブレザーと‥‥。鬼の拳だけじゃ。
典膳‥‥。――だから‥‥ワシはヌシに‥‥お師さんに‥‥。
いつか善姫と‥‥そう呼んで欲しかったんじゃ‥‥」
「‥‥‥‥」
「のう典膳‥‥。地獄に行ったら‥‥三人で暮らそうのう‥‥。
本物の鬼相手にケンカして暮らそうのう‥‥。三人なら大丈夫じゃ。
あははは‥‥。――なぁ、お師さん‥‥。お師さん‥‥」
――僕らの町には、塔があった。
空を、世界を真っ二つに切り裂くような、真っ直ぐな塔があった。
ただ、僕は強くなりたかった。僕らは強くなりたかった。
真剣に、そして無邪気に強くなりたかった。
あの塔のように、世界を叩き斬る強さを得たかった。
殺してでも、殺されてでも強くなりたかった。
伊藤さんは言った。強さなんて下らない、と。
善鬼ちゃんは願った。二人の命を乗せた強さを。
僕は‥‥。
崩れ落ちる僕らの世界。
崩れ落ちた僕らの世界。
善鬼ちゃんは、そこにただ一人‥‥泣いていた。
強さの意味を、彼女の到達点を右手に抱えて。
求めていた暮らしを、左手に抱えて。
ずっとずっと、泣きつづけていた‥‥。
やがて崩れ落ちる世界の殻に包まれ、善鬼ちゃんは‥‥‥。
完