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伊藤さんと善鬼ちゃん  作者: 寛村シイ夫
20/38

4章 それぞれの修行 (2/8)

   2

 書きあがった書類を持って、古藤田は学舎へと戻った。

 思ったよりは手間取ったので、午前の授業はあきらめ弁当の時間前に行こうと決め、道場に顔を出す。道場生達の気合いが、踏み込みが打撃音がこだまする、僕の道場。でも今は善鬼ちゃんが居ない。‥‥ヘンな言い方だけど、なんとも静かで、たまにはいいよな。

 手を止めて挨拶をする道場生達に挨拶を返し、練習を再開させる。見ると上座に伊藤さんが座っていた。彼女は彼女用の椅子に深くその身を預け、ぼんやりと稽古を眺めていた。

 僕は黙って伊藤さんの横に立ち、彼女と同じ方向に目をやる。お互い、何を言うでもなく、稽古の様子を見守る。

 ‥‥こういった雰囲気は一ヶ月ぶりだ。

「久しぶりね、この感じ」

「‥‥そうですね」

 肘掛に頬づえをついた伊藤さんが優しく呟く。

 ‥‥伊藤さんが、僕と同じことを考えていた。それだけで心が緩むのは、僕の弱さなんだろうか。

 僕は、強くなりたかった。ただ強くなりたかった。強くなり、一刀流を守り、広げ、僕の家族たちに恩返しがしたかった。

 宗家である伊藤さんがどんな考えを持っているのか、わからない。でも僕はここで――僕の箱庭で、伊藤さんと善鬼ちゃんと一緒に僕の一刀流を守っていく。そんな生き方でもいいのかもしれない。この暖かい時間を守って行ければいいのかもしれない‥‥。

「善鬼ちゃんも、強くなりましたよね」

「‥‥そう?」

「ええ、型も何も無い所から初めて、ほんの一ヶ月であれですから。流石ですよ」

「‥‥‥わかってる。でもまだまだ、よ」

「まぁ伊藤さんから見たらそうでしょうけど‥‥。――来たばかりのころの粗雑な動きから比べたら雲泥の差ですよ」

「‥‥‥‥」

「元々の身体能力だけでアレだったんですから、このまま一刀流を身につければ、正しい動きを体に染み込ませればあの速さも破壊力も何倍にも――」

「わかってる、と。言ってるのよ」

 善鬼ちゃんのことを思い出し、自分のことのようにうれしくなって話していた僕の言葉を、伊藤さんが遮る。

「――あなた、誰に解説しているのよ」

「あ!――いや、そんな‥‥。すいませんでした‥‥」

「ばっかじゃないの」

「‥‥すいません」

「‥‥もういい」

「‥‥すいません‥‥」

 ‥‥せっかく機嫌のよさそうだったこの人を完全に立腹させてしまった。何をやってるんだ僕は。一刀流宗家一刀斎に説法なんて‥‥。そもそも善鬼ちゃんに最適の指導方針を決めたのは、善鬼ちゃんに会ったばかりの伊藤さんなのに。一度手合わせしただけでどうすれば強くなるか的確に判断したのは伊藤さんなのに、何を僕はえらそうに――。

「‥‥‥‥」

 怒っている、というよりはイラついている伊藤さんを見るのは初めてで。どう話し掛ければいいかもわからない。怒った顔も素敵ですとか言ったら――やっぱり殺されるだろうか。

 ‥‥僕はこんな不測の事態に弱いんだなぁ、本当に。

「‥‥あの、神子上先生」

「ん、どうした?」

 僕らの妙な空気を読んだらしく、道場生は気まずそうにしながら声をかけてきた。

「伊藤先生と試合をしたい、という武者修行が来てますが‥‥」

「ああ‥‥」

 僕は伊藤さんをちらりと見る。――不機嫌そうに横を向いたままだ。普段でさえ、気分が乗らないというだけで極端に面倒臭がる伊藤さんだ。‥‥当然だろう。

 とはいえ、無碍に追い返すわけにも行かない。道場を開いている限り常に挑戦者は現れ、教えを請う者は戸を叩く。――ことにうちは道場破り歓迎が看板だ。そうで無くともそのまま帰しては恐れをなしたと吹聴されて看板に泥を塗られてしまう。

「‥‥わかった、とりあえずここに通してくれ」

「はい」

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