濡れ衣
真夜中の王都は昼間の活気を忘れ、沈黙と暗闇が支配している。
「ウィーェ~?」
男が一人、千鳥足でその闇を歩く。
「あの~すいません」
「うぃ?」
何かに話し掛けられたと思い、振り返った瞬間だった。
サクッ
「…あヒ?」
刃物が喉を切り裂いた、男は訳もわからず立ち尽くしていたが時間が経つに連れて痛みと苦しみが一度に襲いかかってくる。
「ッッッッッツ!?」
声が声にならない、空気が喉を通り抜ける。
「……あの世行きの六文銭だ、大切に使いな」
黒い人影が硬貨を乱雑に落とした。
王都は騒然としていた。
「ガナス男爵の子息が死んだ」「あのグリッツ様がか!」「昨年の剣闘祭の優勝者だぞ!?」「首を刈っ斬られたとか…」
ふむ…どうやら有名な男爵家の子息が何者かに殺されてしまったらしいな、怖い世の中になったものだ。
「はい、山菜と冷鳥の刺身よ」
「ん、ありがと」
ここは王都アンリヘッドの大衆酒場「火蜥蜴亭」は朝は近隣住民達の食堂となる憩いの場だ。
「アツキ、憲兵さん来てるわよ」
この店の看板娘であるアミィが話しかけてくれた、今日も可愛い。
しかし何故に憲兵?
「?なんでだ」
「知らないの?昨晩ガナス家の息子のグリッツ様が殺されたって」「…知らないなぁ」
「まぁ憲兵さんの相手はアナタでしょうから、頑張ってね~」
瞬間ゴツい手で肩を掴まれる感覚が、振り替えると緑色の軍服を着込んだ男二人に囲まれていた。
先ずは自己紹介をしよう。
自分の名前は暁 龍聖、歴とした日本人だ。
この世界は元の世界で自分のやっていたオンラインゲーム「ファンタズマオンライン」の世界だと思う。
このゲームの世界観は勇者一行による魔王討伐後から数十年後という設定で、たまに発生するクエストや職業ごとに発生する依頼など、やりごたえ抜群のオンラインゲームだ。
で、なぜ自分がこの「ファンタズマオンライン」の世界に居るかだが…そこのところをよく覚えていない。
気が付いたら自分のキャラクターである「アツキ」としてこの世界に存在していた。
そして、当のアツキの職業はと言うと…
「いい加減に吐け!お前が殺したんだろ!」
「だから違うってのに」
「とぼけるな!お前は「アサシン」だろうが!!」
・アサシン:暗殺者
人を殺すことを生業とする職業
同義語 人殺し
よりにもよってアツキの職業「アサシン」としてこの世界にやって来てしまったらしい、お陰様で王都の憲兵全体から睨まれていると言う始末。
「俺がやったって証拠は?証人は?動機は?」
「五月蝿い!!貴様の太刀を改めさせてもらうぞ!!」
そう言って奪い取られた自分の長刃ナイフを憲兵のおっさんが検分し始めた。
ピカピカに磨き上げると刃が自らを写し出す鏡となる珍しい紅石「ブラニウム」と軽くてしなやかな「ミスリル」で鍛えられた深紅刀はこの世界に来る前に手にいれていた超レアアイテムを、一か八か解体特殊加工し、造り上げた世界唯一の名刀「アカツキ」だ。
その刃は紅く染まっているものの手入れが行き届き、人斬り刀と思えれない程の美しさに憲兵は唸ってしまう。
「……昨晩は何をしていた?」
「夜は宿で寝てたか、占いばぁさんの所で人生相談してたよ」
「確認してこよう、お前はしばらくの間兵舎で身柄を拘束しておく」
「交換条件、お前の財布から宿と火蜥蜴亭のツケを払うこと」
「貴様ァ…調子に乗りおってからに…」
握り拳を震わせた憲兵を尻目に自分は取調室から出る、濡れ衣もいいところだ。
「待て」
「ん?」
呼び止めたのは大鎧を纏った騎士…しかも女騎士!
赤い髪の毛を後ろで束ねて綺麗なポニーテールを表し、意思の強そうな赤の瞳には確りと自分を捉えている、顔も美少女然としていてめちゃくちゃ可愛い。
「セ、セシリア騎士隊長!!」
「下がれ、コイツと二人で話がある」
「はっ!!」
先程まで聴取をしていた憲兵が最敬礼をして立ち去っていく。ってかオッサン、さっきまでの偉そうな態度は何処へ行ったよ?
しかし噂に聞いたことがある、弱冠16歳で一個師団を纏める赤髪の女騎士がいる、もしかしなくても彼女がそうだろう。
「で…なにか用で?」「まずは自己紹介をしよう、私の名はセシリア=カスターシュ、王国騎士団第17師団を任されている」
「アツキ、知っての通り暗殺者だ」
「あ、ああ、話は聞いている」
こちらも名乗ったらセシリアは少し面食らったような顔になったぞ?
「ああいや、想像していた像と印象が違ったんだ、許せ」
「?まぁ構わないが…で、何の用だ?」
するとセシリアは辺りを見回し、誰も居ないのを確認してから俺に耳打ちをしてきた。
(実は王女様が貴方に会いたいと仰っている)
「はぁ!?」
シッ、と人差し指を口許に持っていく仕草で制してきた。
(なんでまた?)
(わからない…しかし頼まれてしまったからには叶えなくては)
(一般人が、しかも職業アサシンが、仮にもこのラグナシア大陸の首都の王女様に会っちゃ駄目だろ?)
(それはそうだが……私は彼女の願いならどんなことでも叶えてやりたい)
はてさて、コレは何かのクエストが発生しているっぽいな、とりあえず承諾しておこう。
「わかった、今から行くのか?」
「ああ、直ぐにと……こちらへ」
この時受けたクエストが、今後の俺のゲーム世界での人生を大きく変える事となるのを未だ知るよしもなかった。