ザ勘違い警察官
THE勘違い警察官
私は警察官。江田 虎之助
長くこの職業を続けてきてだいたいの犯罪の起こりやすい時間帯は把握している。夜遅くだ。
そう丑三つ時に不審者が増えるのだ。特に4月は気を付けないと春の暖かな気候に触発された輩が夜の街でイケナイことをやってるかも知れない。
「さて、行くか」
私は一言呟いて自宅の扉を開け夜の街へ出て行った。時間外でもパトロールはやらねばならぬ。そう。ここは九州の片田舎の派出所。所員は私と後輩の二人だけだ。夜のパトロールは一人では足りないから私も陰ながら手伝いをしている。
暗い夜道を懐中電灯片手に歩き出す。夜の風はどことなく冷たくて、一人の孤独を強く感じる。45歳の私はまだ独り者だ。両親からは早く結婚しろと口うるさく言われるのだが、なかなかこんな田舎じゃ相手も探せない。
「全く損な役回りだな」
一人誰に聞かせるでもない愚痴を吐きながら私は商店街へ向かう。
夜の闇は暗い。気を抜けば飲み込まれそうになるようなその暗闇を見て気を引き締める。
そんな時向こうから千鳥足でヨロヨロと歩いてくる若そうな男がいた。
ビニール袋を耳から提げて恍惚の表情をしている。ビニール袋はカサカサと風に揺られながらも確実な重さが覗える。
――シンナーか。私は冤罪を防ぐためしっかりとした証拠をこの手で掴もう。そう思い物陰に隠れた。
脳裏には若き日の思い出が浮かんでいた。
あれは22の時だった。正義感に燃えていた私は手当り次第夜の街で犯罪者を捕まえ、有罪へと持込んだ。そんな私は
「虎警官江田」と呼ばれて東京都でも有名な警察官だった。官房長官賞も何度貰っただろうか。ノンキャリアの期待の星と呼ばれていた。しかし、そんな私も地のそこへ突き落とされるような出来事が起こった。私が逮捕した覚せい剤取締法違反の容疑者が無罪を主張し、自白は検察の拷問によるものだったと供述したのだ。なんと再検査の結果彼は覚せい剤を使ってはおらず何も悪いことはしていなかったのだ。私は冤罪を生んでしまったのだ。私はその日のうちに官房長官室へ呼ばれた。
クビになるものと思っていた私に官房長官はこういった。
「さよなら、虎警官」
それだけだった。翌日私の所に臨時辞令が届いた九州の田舎だった。
罪悪感と自責の念にかられながら私は単身九州へ渡った。
そんな事は露とも知らない村の人々。久しぶりに来た人間にいろんな事を教えてくれた。私はこんな所で暮らしていて良いのだろうか。そんな気持ちと闘いながら、私は今日まで生きてきた。この村の人々に恩返しがしたい。
その気持ちは日に日に強くなっていた。
――――( ゜д゜)ハッ!
私としたことがつい考え事をしてしまっとようだ。
彼はフラフラしながらこちらへ近付いてくる。多分私の事に気付いてないのだろう。彼が近付いてきたことで呟きが聞こえてきた。
「やっぱやめられんとたいねコレ」
――中毒性!やはりこいつはシンナー中毒者だ。しかし、私は二度と同じ過ちを繰り返す訳にはいかない。念には念を入れないといけない。暫く尾行することにした。彼は相変わらずビニール袋を耳から、提げて中の物を一心不乱に嗅いでいる。
「あぁ、良か匂いたいな〜」
決めた。こいつはシンナー中毒者だ。絶対に捕まえる。決意に燃えた私はゆっくりとしかし、堂々と彼の前に立ちはだかる。一方あちらはこちらに気づいてない様子で、相変わらずビニール袋の中に顔を突っ込んでいる。
肩を叩き
「君、何を吸ってるのかね?」尋ねる
「スイマセン」
「親はいるのか?」謝罪を自白と取った私は彼の顔を見る。
「君は吉田の子ではないか」
後輩の警察官の息子だった。
「残念だよ。君をお父さんの所へ連れて行くのは」
「ハイ?何言ってるんすかい。オレ何も悪いことはしてないぜ?」
「バカ者!親の気持ちを考えろ!警察官の息子がシンナー吸ってましただと?」
思わず手が動いていた。私の手は円を描いて彼の右頬にモミジの痕をつけた。
「ってーな!なにすんだおっさん!」
「もう良い逮捕する!」
ガチャリと私は彼の手に手錠をかける。
「ちょ、待てって勘違いだって。オレなんも悪いことしてねぇ!」
「まだ言うか!」救いようがないな
「そんな疑うなら袋の中身見てみろや!」
彼の魂の叫びを聞いて取り敢えず中を見ようと袋を手に取ると、
「――うっ!」臭っ!
にんにくのとてつもない臭いが漂ってきた。
袋の中身を手に取ろうと中に手を入れると液体ではなく固体だった。
焦りを覚えつつも
「コレは何だね」
「オッサン見ればわかんだろニンニクだよ」
「なんでそんな物を君は大量に持って嗅いでいるんだ?」
「好きで嗅いでいるんですよ。見た目どーりだよ。オレはニンニクの臭いが世界で一番いい臭いだと思ってる。でも、賛同してくれる人がいなくて夜に隠れて吸ってたんだよ」
吐き捨てるように彼は入った。
私は一体何をしているのだろう。彼がくれたニンニクを生でかじりながら一人家で泣き続けた。