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第5話

『勇者コールセンター株式会社』の朝は早い。というか、時刻が異世界と同期しないので、必然24時間365日電話番が必要になる。


複数の異世界とかかわる都合、時差などという生易しいものではすまない。


日本が午前九時の出社時刻を迎えた瞬間、異世界のある国では深夜の魔王勢力奇襲の真っ只中だったり、


逆に日本で終電間際の居酒屋でビールを煽っている時間に、とある異世界も夜で、日本酒(輸入品)の飲み放題祭りが始まったりするのだ。


その結果。勇者コールセンターは10時間勤務・3交代制で業務を回している。


実働は八時間、前後二時間は引継ぎと緊急対応。建前上はそういうことになっている。


----


「お世話になっております、『あかるくやさしい魔王業をあなたにコーポレーション』、『あかやさ』のアスタロトです」


「お世話になっております。『勇者コールセンター』です。」


代表電話にかかってきたコールを受け取る山田の応答に、平が驚く。


「あの、敵対勢力……会社? からの電話もあるんですか?」


「うん、あるぞ。たまに、な。」


まだ馴染みのない平に、佐藤が「業界の常識」を語る。


「――あ、山田社長ですね? いつもお世話になってまーす!


 いやね、うちの今回の『第14番世界・侵略プロジェクト』なんですけど、御社の勇者さんがちょっと意識高すぎて、うちの現場が持たないんですよぉ~」


ヘッドセットから聞こえてくる、アスタロトと名乗った魔族の、信じられないほど軽いベンチャー企業の営業マンみたいな声。


こちらは「組織対組織」として完全に日本のビジネススタイルに適応した、いわば魔王側の『エージェント会社』である。


平が目を丸くして、隣の佐藤の袖を引っ張る。


「ま、マネージャー、魔王軍って『会社』なんですか……!? あかるくやさしいって何ですか!?」


佐藤は、ペットボトルコーヒーのキャップを閉めながら、死んだ目で応じる。


「平、世の中にはな、『チート勇者』をサブスクで売り出すアホな会社もあれば、魔王勢力の『侵略業務』を効率化してホワイトな労働環境で世界を滅ぼそうとする、もっとアホな会社もあるんだよ。そのもっとアホな会社の代表が『あかやさ』だ」


「滅ぼし方が丁寧……!!」


感心するところがおかしい。まあ、勇者業をやろうとする学生なんて、どっかしら頭のネジが外れているのだが。


「あ、なんか今バカにされた気配を感じましたよ!?」


「気のせいだ。さておき、どんな要件だろうな?」


スピーカーで繰り出されるアスタロトのトーク。


「おたくの、『株式会社勇者派遣』でしたっけ。そこの所属のマコト・タイラさん? 女性の方ですね。ちょっとどうなのかっていう話ですよ」


「……え?」


自分の名前がスピーカーから飛び出し、マコトがピシリと硬直した。


両手を口元に当て、完全に「身に覚えのないクレーマーに特定された社員」の顔になっている。


「――ですからね、山田社長」


ヘッドセットの向こうで、アスタロトがズズズとこれみよがしに温かい飲み物をすする音を響かせた。


「うちの現場はね、さっきも申し上げた通り『あかるくやさしい侵略』を社是にしてるんですよ。


 現地民の皆さんへの丁寧なご説明、および適切な手続きに基づいた『段階的滅亡』。残業ゼロ、有給消化率100%で、前線にはなんとドリンクバーと仮眠室まで完備するんです。素晴らしいホワイト企業でしょ?」


「……で、うちの平がそこに何をしたんだ、アスタロトさんよ」


佐藤が山田の代わりにインカムを奪い、低く気怠げな声でカットインする。


相手がどれだけ現代ビジネスの皮を被っていようが、元エピック級勇者の眼光は変わらない。


ヘッドセット越しでも伝わる威圧感に、アスタロトの声が「おっと、佐藤マネージャーですか、お疲れ様でーす」と一瞬だけ営業スマイルの裏に引いた。


「いやねぇ、マネージャー。その平さんなんですけどね。


うちのエリア統括(オーガ)が、規定の『労働安全衛生法』に基づいて、定時である夕方17時にきっちり侵略業務を切り上げて、弊社管理の砦でリフレッシュしてたらしいんですよ。


そしたらね、平さんが防壁をブチ破って突っ込んできて、こう叫んだそうなんです。


『定時退社は甘えッ! 24時間死ぬ気で働けぇぇぇーーーッ!!』って。で、ドリンクバーごとエリア統括を『一刀両断』した、と」


「…………」


オフィスが、沈黙に包まれた。


全員の視線が、一斉に平へと注がれる。


「平、砦の壁をぶち破ってオーガを一撃とか、まだ初心者なのに成長したなあ」


「えへへ」


「マネージャー、そこではなくてですね。当事者の方も、えへへではなくてですね」


「はい、よく言って聞かせますんで」


「はい社長、よろしくお願いしますね?」


チン、と電話が切れた。


「平さん?」


「違うんです!!!!!」


「何が違うんだい。言ってみなさい。社長怒らないから」


「あのですね……16時勤で勇者派遣に行くじゃないですか。そしたら『本日の業務は終了しました』って、砦に書いてあって」


「ふんふん」


「学校の後に仕事してる私と比べたら、ちょっとムカッときて。それでやりました」


「どこも違わないじゃないのさ!!!」


「でも業務命令では砦の制圧を命じられてました!!!!!」


ぐむ、と口ごもる山田。


「それはだねえ、先方にも都合はあるから、翌朝また伺います、とか伝言をだね……」


「代表電話にかけても愉快なBGMと一緒に本日の業務は終了しましたって流れたんですよ」


「あ。そこは確認したんだ」


「はい。これじゃわたし、給料泥棒になっちゃうと思って、壁を『鑑定』したら、『腕力超絶強化』があれば自分でもイケそうだしじゃあカチコミを、と思った次第です。」


「思い切りが良すぎる……」


「賢者、こいつもなんだかんだチートラクショー世代だぞ」


「そうだね……そうだった……。 平ちゃん、君の『給料泥棒になりたくない』っていうプロ意識と責任感は、現代日本の経営者としては涙が出るほど嬉しいよ? 嬉しいけどね? 社会人としては欠けている点があるというか……」


そういって説教しようとした山田を止めたのはルダだった。


「山田総帥、あかやさ側の主張には看過できない『法律上の欠陥』がございます。


 先方は『労働安全衛生法』を盾に17時で業務を切り上げたと申しておりますが、そもそも異世界と現代日本の労働基準法に相互調停条約は結ばれていないことを確認しています。


 つまり、彼らの言う『定時』はただの社内ローカルルールです。


 一方で、我が『株式会社勇者派遣』と現地ギルドが結んでいる契約書には、『砦の制圧をもって業務完了とする』と明記されております。期限の記載はありません」


「あ」


山田が声を漏らす。ルダの容赦ない法的な視点が光る。


「つまり、先方が勝手にドリンクバーで寛いでいようが、我が社の労働者である平さんが『業務時間内』に契約を履行するために壁をブチ破った行為は、正当な業務執行です。


 オーガが一刀両断されたのは、単に先方の安全管理不足(労災)に過ぎません」


平が救われたような目でルダを見つめる。


佐藤はペットボトルコーヒーを半分ほど一気に飲み干すと、ふっと鼻で笑った。


「そういうことだ、賢者。アスタロトの野郎、ビジネスマンのツラして電話してきやがったが、


 要するに『うちのバカなエリア統括が油断して、御社の女子社員にボコられたから、ちょっと文句言ってスッキリしたい』っていう、ただのカスハラだ。


 おい平。壁の『鑑定』からの一撃、悪くねえ。だが次は、カチ込む前にインカムで俺に連絡しろ。」


「はいっ! 次からは、まずマネージャーさんに『今から不法侵入します』ってホウレンソウします!」


「不法侵入って言うな。業務だ」


それを見ていた山田は、通話の終了した画面を睨みつけながら、笑みを浮かべた。


「よし……。じゃあルダ社長。さっそく『あかやさ』宛てにメールを一本。


『御社の定時ルールにより、我が社の労働者が深夜に砦を徘徊せざるを得なくなり、多大な精神的苦痛を被りました』、と」


「請求はなさらないので?」


「いいさ。勝手にあっちが気を回すよ。大企業病ってやつ。」


「かしこまりました。宛名『アスタロト様』で送信いたします」


カタカタカタ、とルダの小さな指がキーボードを叩き、魔王勢力のエージェント会社に向けてメールが送信された。


「大人って怖い。」


「平もそのうちなるんだぞ、大人」


「清廉潔白な大人になります!」


「もとはと言えばお前の行いからの案件だけどな?」


てへへ、と照れる平には、反省の色はなかった。


ただし、その日の業務日報の最後には、かわいらしい丸字でこう追記されていた。


『次からは、カチコミ前に報連相します。あと、定時退社はQOLを高める、と習いました。悪じゃないんですね』


山田はそれを読み、アメを噛み砕いた。


次話は2026/6/16 11:10更新です。

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