第12話
「もしもし。はい、第207番世界のオガサワラさまですね」
「おい、エガちゃん、そいつは切れ」
「は?」
『勇者コールセンター株式会社』のオフィスに、本日も佐藤の死んだような、しかし的確な割り込みの声が響く。
「いいから切れ。そいつ、どっちかというと人間の敵だ」
「ちょっとマネージャー、どういうことですの!?
このオガサワラ様、とっても腰が低くて『ちょっとうちの畑の害虫駆除をお願いしたくてぇ』と、丁寧な日本語のビジネス口調でご相談を――」
「騙されるなエガちゃん。そいつの言う『害虫』ってのはな、現地の人間のことだ。
お前がその案件を『フリーランス斡旋』として処理した瞬間、我が社は『人間の大量虐殺を民間の労働力で手伝った企業』になるぞ」
「ぴえっ」
「それでなくても第207番世界は人間が『あかやさ』に依頼かけてる。」
「……それどうなってるんですの?」
佐藤がペットボトルコーヒーをデスクに置くと、キーボードを二、三度叩いて画面をエーデルガルドの方へと向けた。
「いいか、エガちゃん。よく見ろ。まず前提として第207番世界はな、人間側の王政が腐りきってて民衆を『害虫』扱いしてる暗黒国家が世界を統一してる。
で、その圧政に耐えかねた現地の人間たちが、藁にもすがる思いでクラウドファンディングを立ち上げて、魔族のエージェント会社『あかやさ』に王宮の『駆除』を正式発注したんだよ。あそこ、安いからね」
「に、人間が魔族に……王宮の駆除を依頼……!?」
エーデルガルドが金髪のドリルツインテをブルブルと震わせ、信じられないものを見る目で画面を凝視する。
「そう。だから『あかやさ』は現地で『労働安全衛生法』と『民意』に基づいた、最高にクリーンでホワイトな王政打倒を進行中だ。
そこへ、さっきの王宮側の残党『オガサワラ』が、あたかも自分が被害者であるかのようなツラをして、
地球の勇者請負窓口に『反乱軍の人間の駆除』をタダ同然の値段で下請けに出そうとしてきた。要するに、うちを汚い内戦の傭兵にしようとしたわけさ」
「ぴええ……」
「……まあ、そういう案件があるからこそ、金額・言葉尻だけ見て飛びついちゃだめってこと。
うちは基本的に『人間の味方』なんだよね。第207番世界の内戦は話がややこしくなるから、関わらないよ」
山田が言葉を引き継ぐ。話はそれで終わりかに思えた。
「うちは、ということは、人間企業でも、人間の敵、魔族の味方を、し得る……?」
「うん。『ノンバーバルブレイブ・カンパニー』、『世界平定株式会社』なんかが依頼、正確には金さえもらえばそういうことしてるね。」
「……はあ。人間の欲というのは同族殺しにまで到達するのですね……知ってましたが」
「いやあ、僕らもえり好みしてるだけで、魔族を殺す手伝いや、実際に殺してるのは変わりないからね」
「山田総帥、そういう『私は冷徹な現実をすべて理解しています』という風な哲学者のムーブで経営者としての汚れを中和しようとするのはおやめください。
えり好みをしている時点で我が社のコンプライアンスは『人間の都合』という極めて利己的なローカルルールで動いているのです。拙の査定では、どこも大差ありませんわ」
「あー、魔族のルダさんから見ればそうだよねえ。」
「まあ、異世界のゴブリン族を同族とはあまり思いませんが。その観点では、地球人類が異世界の人間を殺害するのは、特に驚くべきことでもないですね」
ルダが淡々と【勇者】【魔王】ビジネスに意見する。
「まあ、ルダの言う通りだ。俺たちの正義なんざ、最初から『自分たちが納得できる範囲』でしか動いちゃいねえよ。
ああエガちゃん、その案件は『受注不可』で処理しろ。理由は“当社倫理規定に抵触”。あと、営業妨害防止のため通話ログは保存」
「はい……」
佐藤はキーボードから手を離し、背もたれに体重を預けて天井を仰いだ。その目には、数々の戦場をくぐり抜けてきた勇者としての、冷徹でどこか諦めたような光が宿っている。
「だからこそ、ビジネスというガチガチの鎖が必要なんですのね。感情だけでえり好みをすると、王宮のプロのクレーマーに騙されて大量虐殺の片棒を担ぎそうになるのですわ……」
「その通りです、お嬢様。それこそが、我がグループが『コンプライアンス』に命を懸けている理由そのものなのです。お嬢様がこの3分間で学んだリスクは、研修教材3冊分に匹敵します。後ほど日報にまとめて提出してください」
ルダがバインダーをパチンと閉じ、冷徹な社長の目でエーデルガルドを仰ぎ見る。
「……日報! 結局そこに帰結しますのね!? わかりましたわよ、書けばいいんでしょう、書けば!」
エーデルガルドが縦ロールをヘタらせてキーボードに向き合った。
その時、オフィスの自動ドアが「ウィーン」と静かに開き、よれよれの平がトコトコと入ってきた。
「おや平ちゃん。今日は休みのはずだろ?」
「給与……給与について相談があって……」
平は明らかに憔悴していた。
「これ!みてください!」
平が突き出したスマホには、ゆうちょアプリの残高画面が表示されていた。
123,456,789円、と書いてある。
「何だこれ。きれいにストレートじゃん。これが見せたかったの?」
「何だこれはこっちのセリフで! 振込額が一億円超えちゃってるんですよ! なんですかこれ!?」
「何って、正当な労働の対価だけど。」
「たい……対価ぁ!? わたしそんなことしました!? な、なんで一億二千万円も振り込まれてるんですか!?」
ゆうちょ銀行のアプリ画面を指差すその手は、まるで時空を歪曲させる爆弾を握りしめているかのように激しく震えている。
「あー、平ちゃん。落ち着いて」
山田がキーボードを叩く手を止め、眼鏡の奥の目をカッと大賢者……ではなく、完全に「経営者」の笑顔にして頷いた。
「それは『株式会社勇者派遣』の正当な給与システム、すなわち歩合給。稼ぎの三割が収入になるんだよ。
ほら、先だっての魔妖花の蜜採取と、機械兵相手の無双があったでしょ。あれの報酬だよ。
おめでとう、平さん。君は十六歳にして、日本の平均的なサラリーマンが数十年かけるほどの稼ぎをわずか一ヶ月で叩き出した。誇っていいよ」
「誇れるわけないですーっ!!! 資本主義のバグが口座を直撃してますってば!!!」
「おー、平。一億円プレイヤーになったか。よかったな」
佐藤がペットボトルコーヒーを一口すすりながら、出世魚の成長を眺めるような目で言った。
「これで日経平均だのインデックス投資だの、お前が言ってた『長期ポートフォリオ』の元手が爆速で完成したじゃねえか。公務員試験の過去問買う金にも困らんな」
「マネージャー! だから次元が違いすぎますって! 私は、もっとこう、汗水を流して、地道に、毎月手取り二十万くらいを堅実に稼いで、定年まで国に守ってもらうための『ガチ盾・公務員』を目指していたんです!
なのに、一ヶ月で一億って何ですか!? これじゃ、来月も学校の放課後にちょっと鉄屑を切るだけで人生のポートフォリオが全部埋まっちゃうじゃないですか! なんか、なんか、冒涜です!」
「でも稼いじゃったもんは、仕方ないしねえ?」
「何より、会社が業務として平を第33番世界に送るたびにそれだぞ。あきらめて慣れろ」
「ええ……」
「あとそれ、ざっくり6割は絶対、なにがなんでも、取っておくようにね。経費とか控除とかを抜いて、そのぐらい税金で差し引かれるから」
「へ」
「うん。来年の春頃に「このぐらいの収入がありましたよー」っていうのを国に報告する『確定申告』をする。で一気に『所得税』として国に取られるよ。あと、『住民税』も」
「確定申告は初仕事の時に聞きました……所得税ってそんなに持っていくんですね」
「これから逃れるには海外在住になるしかないね」
「私日本語以外できないから、外国籍で節税とか無理ですぅ」
「いや、通訳雇って外国暮らしでもいいだろ」
「通訳が資産を着服したりしないですか?」
「なんだその通訳に対する偏見は」
「ちなみに会社の経営の方はその儲けでウッハウハ、夏に特別ボーナスを出せる予定だね。そりゃ会社負担分の社会保険料と、法人税を納めなきゃいけないけど」
「ほうじんぜい」
「うちは資本金を見得張って一億にしてるから、法人税と地域税で35%ほどとられるけど、それでも税金額は一億ほどだからね。機械兵の稼ぎ一億八千万は好きに使える。いやー、平ちゃんと第33番世界さまさまだよ」
「ふええ……」
「うちの稼ぎのおバカさにおいついた?」
「なんとか。でも、これ、お父さんとお母さんにどう説明すればいいんですか……?」
「未成年にこの額を丸投げはしないさ。税理士と保護者を入れて、使える口座と納税用口座を分ける。そこまでは会社の責任でやる」
山田がにやりと笑う。
「で、物は相談。非上場企業なんだよね、ウチ。3000万円分ぐらいの自社株、要る?」
「おい賢者、未成年相手に未公開株を売り込むな。絵面が終わってる」
「あ、いや、未公開株には手を出すなってお母さんが」
「お母さんが。」
山田がオウム返しする。
「いやあ、株やってるんですよ、お母さん。今は勇者業がアツいけど、関連銘柄の爆発の方が面白いわ! とかなんとかで。株についてまず一番最初に習ったのがそれです」
「どんなお母さんですの? リスクマネジメント教育が16歳におこなうそれの限界を超えていますわ、タイラさん……!」
日報に向かいながらのエーデルガルドの鋭いツッコミ。ドリルツインテを激しく揺らしながら、驚愕の面持ちで平を凝視した。
平はまだ少し納得がいっていない顔だった。
「あんな仕事で一億もらっていいんですか」
「いいか平。だからこそ、受けちゃいけない仕事を見分けるんだよ」
山田も言葉を続ける。
「勇者業は稼げる。だから危ないんだよ。稼げるから、人は勇者を職業にしてしまう」
「社長、それを勇者派遣会社の上の会社の社長が言います?」
「言うよ。僕は勇者を増やしたいわけじゃない。勇者を守って、管理して、勝手に死なないようにしたいんだ」
その時、「ぷるるるる」とコール音が鳴る。代表番号にかかってきた、他社からの依頼の電話のようだ。
山田が電話に出る。
「はい、『勇者コールセンター』、社長の山田です……」
それを皮切りに、佐藤も、エーデルガルドも、その他の社員も、通常業務に戻っていく。
オフィスがようやくいつものドタバタに戻る中、平はゆうちょアプリの画面の「一億」というストレートな数字をもう一度見つめ、きゅっと胃のあたりを押さえた。
「いちおく……」
通学カバンの中にあるゆうちょのカードの重みが、一億倍に増したような気がした。
そしてさらに「来年、半分消える」という税金の恐怖は、明日からの平に、過去問の文字が目に入らなくなるほどの世知辛いプレッシャーを与え続ける。
『勇者コールセンター』は、今日もだれかが胃を痛めている。
次話は2026/6/23 11:10更新です。
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