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第82話

 会談の日。


 私とアンネローゼはリュートに従い、魔王城の庭園に集まっていた。


「それでは、会談の場に向かうとしようか」


 彼はそう宣言し、空間をゆがませる。


 長距離の転移を可能とするワープゲート。


 これを使って会談の場に赴くらしい。


「…………」


 それは予想できていたこと。


 別段に驚くようなことではない。


 ただ私としてはスルーすることを躊躇うくらい気になることがあった。


「どうした?」


「いえ……翼とか角って隠せたんですね」


 それはリュートとアンネローゼの姿だ。


 魔族には必ず翼、角、あるいは尾が存在している。


 だが今の彼らにそれらの特徴は現れていない。


 見た目だけなら人間と相違ない姿となっている。


「クク。ちょっとした魔術で偽装しているだけだ。原理としては、お前に渡した例の魔道具と大差はない」


 リュートはそう語る。


 先日、私は彼からブレスレットをもらっていた。


 元の世界の私の容姿へと変装するための魔道具。


 たしかにやっていることは同じだ。


「聖王国と魔族領の境界にある街とはいえ、住んでいる者はすべて人間だ。そのままの姿で赴けば、混乱で話し合いどころではなくなるだろうからな」


「……ですね」


 考えてみれば当然の話だ。


 人間にとって、魔族の脅威が沈静化してから1年足らず。


 魔族が町に侵入したとなればパニックになることは必至だろう。


 作中においてリュートは魔族領の外でも人間の姿になることがなかったため、彼がわざわざ変装するという発想がなかったのだ。


 とはいえ、


(それなら顔まで隠さないとまずいんじゃ……)


 この世界にはカメラのような魔道具もあるのだ。


 しかも場所は魔族領に一番近い町。


 場合によっては、彼の顔を知っている人間がいるかもしれないのだから。


 そうでなくとも彼の整った顔立ちは目立つというのに。


「顔まで変えておけば、と思ったか?」


「え」


 ぎくりと。


 彼に心中を言い当てられ、思わず肩が跳ねた。


 図星であったことは確実に伝わったであろう。


(なんで分かるの……!?)


 たしかに思ってはいた。


 だがチラリと出来心のように脳裏をよぎっただけ。


 なぜその程度の思考を読まれてしまうのか。


 彼の観察眼が恐ろしかった。


「人間への配慮として魔族であることを隠すことはしよう。だが、王として顔を変えてコソコソと歩くわけにはいかんな」


「……なるほど?」


 納得できるような、できないような。


 配慮はするが、必要以上にへりくだりはしない。


 そんなところだろうか。


「時間も迫っている。行くぞ」


 とはいえ雑談もそこまで。


 リュートは笑みを消し、私たちに背を向ける。


 先導するようにワープゲートに足を踏み入れるリュート。


「はい」


「はいっ……」


 私たちは緊張しつつも、彼の後に続いた。







 なるほど。


 こういうパターンもあるのか。


 そんな呑気な思考が浮かんだ。


 いや。


 浮かんでいるのは思考ではない。


「え……?」


 広がる青空。


 上も、左右も、前後も。


 青空が広がっている。


 その足元にも。


 要するに私は――空中に浮かんでいた。


 いや、浮かぶという表現は語弊があるのだろうか。


 なぜなら、


「えええっ……!?」


 重力に従って、私の体は落下を始めたのだから。


(た、たしかに町中に転移するのって危ないわよね)


 ワープゲートの向こう側――いわゆる到達地点はリュートが指定している。


 逆に言えば、目標地点の指定を失敗すれば大惨事となりえる。


 そうなれば障害物が多い町中は転移先として不向きなわけで。


 それを避けるため、何も存在していない空中を出口にするというのは必然なのかもしれない。


 だがあえて言わせてもらうのならば、


(空に転移するなら、変装とか関係なかったんじゃ……!)


 わざわざ変装なんてするのだから、町中を歩くものとばかり思っていたのだ。


 空中に投げ出されるというのなら事前に教えておいてくれたらいいのに。


 そんな恨み言も悲鳴に変換されて空に響いてゆく。


「着地の心配はいらん。安心しろ」


 そんな私の体をリュートが抱く。


 いわゆるお姫様抱っこ。


 彼の胸板へと押しつけられるようにしながら抱えられていた。


「いや……! え……!?」


(か、顔が近い……!)


 思わず心臓が跳ねる。


 美男美女が多いこの世界。


 その中でさえ圧倒的なほどにリュートの容姿は整っている。


 普段の距離感であるのならともかく、これほど間近で見つめることになれば今でも緊張してしまうのだ。


 もっとも、もう1つ緊張の要因があるのだが。


「――――――」


 冷たい視線。


 その出処はアンネローゼだった。


 彼女は魔術で氷の翼を作りながらも、不機嫌そうな視線をこちらに向けていた。


 込められている感情は間違いなく嫉妬だった。


(か、顔が怖い……)


 とりあえず目を逸らして現実逃避することにした。


「そ、そういえばどこで聖女と会うんですか……!?」


 緊張をまぎらわすため。


 声を裏返らせながらリュートに尋ねた。


「さあな。施設の名前など書かれても、オレは知らん」


 彼はなんでもなさそうにそう答える。


 たしかにそうだ。


 ワーエッジは魔族領と隣接しているという特徴こそあるものの、決して大きな町ではない。


 首都ならばともかく、聖王国の端にある街の施設名など把握しているほうがおかしいだろう。


「そんなことは向こうも承知だろう」


 リュートは不敵に笑う。


 その視線は、街中でもひと際目立つ建物へと向けられていた。


 他の建物の倍ほどの高さがある施設。


 ホテル……なのだろうか。


「聖女が魔力を発している。それを目印にしろと言うことだろう」


 魔族は魔力の扱いに優れた種族なのだという。


 そんな彼だからこそ、聖女ノアの気配を容易く察知できるのだろう。


 彼は迷いなく目標の建物へと飛来してゆく。


「あ――」


 少しずつ鮮明になってゆく屋上の光景。


 そこに私は3人の人影を見つけた。


 聖魔のオラトリオのファンとして、彼女たちの姿を見間違えることはない。


 ノア=アリア。


 アレン=ローライト。


 ロイ=バックス。


 聖魔のオラトリオの主要キャラである3人がそこにいた。


「いらっしゃいましたね」


 ふわりと着地するリュート。


 そんな彼を見つめ、白銀の少女――ノアは微笑んだ。


 穢れのない白。


 聖女の名にふさわしい潔白な少女。


 それがノア=アリアだった。


 屋上に広がる空中庭園。


 茶会のように並べられた純白のテーブルとイス。


 そこに彼女がいるせいか。


 後ろめたさを感じてしまうほど清浄な空気に場が支配されていた。


「招待いただき至極光栄……とでも言えばいいのか?」


 だが、リュートはそんな状況でも態度を崩さない。


 余裕を感じさせる笑みを浮かべ、彼女たちの元へと歩いてゆく。


「久方ぶり……というほどでもなかったか? 聖女ノア」


 そう彼は言う。


 親しげに、あるいは挑発的に。


 かつて殺し合った宿敵へと向けた軽い牽制ということだろうか。


「最近は王女と呼ばれることのほうが多かったのですが……」


 嘆息するノア。


 目を伏せ、憂いのある表情を浮かべた彼女は胸が鳴りそうなほどに美しかった。


「それでもやはり、貴方の前ではそちらの名乗りがふさわしいのかもしれませんね」




「魔王リュート」

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