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第56話

 魔王城。


 私とリリは、そこでリュートと対面していた。


 静かに、有無を言わせぬ風格を纏う彼を前にして身がすくむ。


 ここが彼の執務室であり、周囲の目がない場所であることは彼の気遣いなのだろう。


 あるいは最後の慈悲というべきか。


「エレナ=イヴリス。リリ=コーラス」


 名前を呼ぶ。


 ただそれだけの心の芯が震える。


 緊張で胃が痙攣しそうだ。




「お前たちを、この領から追放する」




 なんとなく理解していた。


 こうなってしまうことは。


 この部屋に入り、彼の顔を見たとき。


 信じたくはないと思いながらも、確信してしまったのだ。


「え…………?」


 リリの頓狂な声が部屋に残響する。


 だがそれに反応することを許さない重苦しい空気がそこにはあった。


「今すぐに、お前たちは魔族領を立ち去れ」


 リュートは告げる。


 厳かに、冷たく、酷薄に。


「そして――決して戻ってくるな」


 言い捨てるように。


 吐き捨てるように。


 切り捨てるように。


「お前たちは我々の仲間などではない」


 彼はこれまで築き上げてきたすべてを振り払った。


「人間は人間どもの国で暮らせばいい」


 わかっていた。


 だけど、心が痛い。


「二度とオレたちの元に現れることは許さん」


 背を向けるリュート。


 それに縋りつくだけの気概は私になかった。


 ただうつむくことしかできない。


 涙は目を閉じれば止まる。


 唇を震えは噛めば止まる。


 手の震えは拳を握れば止まる。


 だが、動揺した心が落ち着くことはない。


「それって……どういう……」


 茫然とした様子でリュートに尋ねるリリ。


 その顔は蒼白で、今にも泣きだしてしまいそうだった。


「そのままの意味だ」


 しかしリュートはそんなリリを突き放す。


「えっと魔王様……? 冗談……ですよね?」


「冗談でオレがこんなことを言うと思っているのか?」


 リュートがリリに視線を向ける。


 それだけで彼女は足をすくませ、一歩下がった。


「えっと……そ、そうだっ……これも何かの作戦だったり……」


「……………」


 現実逃避のようなリリの言葉。


 彼はそれに触れさえしない。


 ただ沈黙だけが、彼女の希望的観測を否定する。


「ぁ……ぅ……」


 どうにもならないと悟ったのだろう。


 リリの縋るような視線は、私へと向けられた。


「……エレナちゃんも何か言ってくださいよぉ」


「…………」


 だが彼女に返すべき言葉はない。


 いくら探しても見つかるはずがない。


(どうしてこうなったのかしら……)


 どこか他人ごとにそんなことを思う。


 足元の感覚が希薄だ。


 視界がぐにゃりと歪み、その場で立っているだけで精一杯。


 走馬灯のように後悔が押し寄せる。


「このゲートは領の外へと通じている」


 リュートが示す先では空間が歪曲し、ゲートを形作っていた。


 あそこに踏み入れてしまえば、もうここに戻ることは叶わないのだろう。


「早々に立ち去れ」


「……はい」


 だけど、それを拒否する術なんて私にはなくて。


 消え入るような声で彼に同意することしかできない。


「魔王様っ! 私は――!」


「リリ。何度も言わせるな」


「っ……!」


 それでもと。


 すべてを理解した上で声を上げたリリも、リュートに止められてしまえば何も言えない。


 押し黙り、顔を伏せるリリ。


 彼女の足元に数滴の涙が落ちた。


「行きましょう」


「エレナちゃん……」


 そんな彼女の手を取る。


 ここにいられないのなら。


 私たちが頼ることができるのはお互いだけだから。


 これからは2人で生きなければならないのだから。


「……ごめんね、リリ」


 口を突いて出たのは謝罪の言葉。




「私のせいでこんな目に遭わせちゃって」




 心が痛い。


 分かっているのだから。


 この事態を招いたのは、他ならぬ私なのだと。


「そんなこと……!」


 たとえリリが否定したとしても。


 私自身が否定できない。


「本当にごめんなさい」


 お前のせいでこうなった。


 そう心に突きつけてくるのだ。


(私は選択を誤った)


 人生は選択の連続だ。


 くだらないものから、今後を左右する重大なものまで。


 多くのものを選びながら生きていく。


 それはもちろん私も例外ではない。


(目の前にある現状も。これから起こる惨状も)


 そして私は、道を誤った。


 絶対に間違ってはいけなかったはずの選択を誤った。


 未来が分かっていたら。


 そんな言い訳もむなしいだけだ。


 過去は変わらない。


 それが絶対の摂理なのだから。




(全部……私のせいなんだ)




 ――思い返せばあのときから、私の間違いは始まっていたのだろう。

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