表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/120

第44話

 ユリウスの協力を得てからのこと。


 彼の案内で山を下りてゆくことにしたのだが、時間帯もあってすぐに日が落ちてしまった。


 彼だけならともかく、同行者はあきらかに山道を歩き慣れていない私とそもそも意識がないソーマ。


 ゆえにユリウスの提案により野営をすることとなったのだが――


(手際が良すぎて手伝うことがない……)


 コトコトと音を立てるスープ。


 焚火の上で熱された鍋から漂う香りが鼻孔をくすぐる。


 材料の準備さえほとんどない状態での野営だというのに、この料理が私の手料理を凌駕していることは明白だった。


「えっと……全部任せてしまってすみません……」


 思わずしゅんとなってしまう。


 いくら手伝ったところで足を引っ張るだけだとわかってはいても、申し訳ないものは申し訳ないのだ。


「構いませんよ。野営の経験はないのでしょう?」


「はい……」


 私はインドア派なので、キャンプの経験もない。


 管理されたキャンプ場での立ち回りもわからないのだ、本当の森の中で私にできることなど皆無に等しかった。


「それにこの森は、100年以上昔から暮らしてきた場所ですから。我が家のようなものですよ」


 そうユリウスは微笑む。


(たしかにどこにどの木の実があるのか完全に把握していたわね)


 最初にユリウスが持っていた物なんてナイフくらい。


 水は魔法で用意するとして、そのほかの材料などはすべて現地調達だった。


 なのに彼は目当ての木の実を迷わず手に入れているように見えた。


 ……私なんて戸棚の調味料さえ危ういというのに。


「できましたよ」


 私が途方に暮れている間に料理は完成したようで、ユリウスが皿を差し出してくる。


「ありがとうございます」


 手にした皿から温かさが伝わってくる。


 このあたりは特に寒い地域ではない。


 しかし夜の山となれば多少は肌寒いわけで。


 温かいスープというユリウスの選択はさすがというべきだろう。


「おいしい……」


 広がるのは優しい味。


 肉が入っておらず、木の実によって形作られた味だからだろうか。


 異世界の材料で作られた料理なのに家庭的。


 そんな矛盾したような感想が浮かんでくる。


(さすが聖女パーティの母親ポジね)


 元は町娘であり一人前の自炊能力を有していたはずのノアの追従さえ許さず、パーティの家事を担っていたキャラがユリウスなのだ。


 女子力では作中最強さえありえるだろう。


「ん……」


 そんな呑気なことを考えていたとき、かたわらから声が聞こえてきた。


 声の主は寝かせてあったソーマだった。


「ソーマ君っ!?」


 慌てて私は声をかける。


 ユリウスに背負われている間さえ身じろぎもしなかったのだ。


 だから、しばらく目を覚まさないかもしれないと思い始めていたのだが。


「ここは……」


 ゆっくりとソーマの目が開く。


 その動作は緩慢だが、覚醒直後の無機質な雰囲気はない。


「ソーマ君! 私のこと分かる!?」


 正気に戻ったのかを確かめようと思うあまり、つい声が大きくなってしまう。


「エレナさ……ぁぁくそ……」


 身を起こそうとするソーマ。


 しかし彼は頭を押さえてしまう。


 まだ意識がはっきりしないのだろうか。


 彼は頭を左右に振っていた。


「なんなんだ……?」


 眉をひそめているソーマ。


 あまりが調子が良さそうには見えない。


「……どうしたの?」


「変な声が……ずっと聞こえていて」


 彼は不快そうな表情を浮かべる。


「それって……」


「ずっと頭の中で『魔王を殺せ』って声が聞こえてくるんだ……」


(やっぱり原作と同じね)


 思わず私の表情まで苦々しくなってしまう。


(ソーマの精神は、勇者としての宿命に汚染されつつある)


 分かっていた。分かっていたことなのだ。


 目が覚めたとしてもソーマが勇者の宿命から解放されるわけがないことなんて。


 だが実際に見てしまうと、やるせない気持ちになってしまう。


(これは女神からの神託だから、聖女の力でもこの声は防げない)


 それは原作でも試されていたことだ。


 リリは聖女の力でソーマを助けようとした。


 しかし聖女の力で解除できるのは魔族の魔術――世界に『悪』と定義された力だけだ。


 聖なるものとして定義されている女神の力を消すことはできない。


(そうやって徐々にソーマの精神は摩耗して、正気を失ってゆく)


 思い出すのは原作の勇者ルートだ。


(ソーマを助けたくても助けられない状況に苦しむリリ)


 何を調べても、試してもソーマを救えない。


 だって勇者は、女神がもたらした世界への救いなのだから。


 女神が行使する救済を阻止する術など見つかるはずもない。


(その間にもソーマは精神を蝕まれて追い込まれていく)


 目の前で憔悴してゆく恋人。


 迫るタイムリミット。


 リュートとソーマ。


 命の恩人と最愛の人の間でリリは揺れ――


(そんなソーマの心を守るため、リリがリュートと敵対する道を選ぶっていうのが勇者ルート)


 命の恩人を殺すことで、最愛の人を宿命から解き放つ。


 それが勇者ルート。


(このまま放っておけばソーマの心は壊れてしまう。だけど、神託に従えばリュートは……魔族は殲滅されてしまう)


 ソーマとリュート。


 2人が生き延びるルートはない。なかった。


 宿命を壊して2人が生存するルートを作り出す。


 そんな二次創作じみたIFを目指してここまで来たわけだが、


(どうすればいいの……?)


 しかし答えは見えない。


 できるのは時間稼ぎだけ。


 しかし時間は私たちの味方ではない。


 時が経つほど、ソーマの心は壊れてゆくのだから。


「なるほど……状況はおおよそ把握しました」


「……ユリウスさん?」


 そんなとき、口を開いたのはユリウスだった。


 真剣な、それでいて深刻とまではいえない表情で。


「イヴリス嬢の記憶から察するに、彼は外の世界から呼び出された人間……そしてその声というのは、呼び出した目的を彼に遂行させるためのもの……ということですね」


 彼は現状を確認する。


 私が頷いて返せば、彼は微笑んだ。


「口を挟むかどうか迷っていたのですが――私に考えがあります」


 その言葉は、




「賭けにはなりますが、彼を救えるかもしれません」




 ――運命を覆し得るものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ