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第12話

 リュートから執務室のような場所に呼び出されたのは、事件から数日経ってからのことだった。


 正直なところ部屋の広さは想像ほどではない。


 一般的には広い部類だが、この城にある部屋としては特筆すべきほどではない。


 調度品なんかも質が良いのかもしれないが、それは私には判断がつかないのでなんとも言いがたい。


 そんな豪奢であり、同時に彼の身分を思えば質素な一室。


 机を挟んで向かい側。


 昼の日差しを背に、彼は座っていた。


「無罪、ですか?」


「ああ」


 そこで彼の口から聞かされたのは、セラの処遇だ。


 事件の関係者ということで私だけに話したということだろうか。


(良かった……)


 内心で安堵の息を漏らす。


 あの事件以来、セラの態度はかなり軟化していた。


 彼女が働きかけたのか、メイドたちからの視線もずいぶんと柔らかくなっている。


 人質を取られていたという事情も踏まえ、個人的には彼女への罰が軽いものになればと思っていたのだ。


「これに関しては、アンネローゼからの進言が大きかったな」


「アンネローゼ……?」


 リュートの口から出た名前に首をかしげる。


 どうして彼女の名前が出てくるのか。


「ああ。事情を聞いて、標的となった本人が罪を否定したのだ。未遂に終わった以上、わざわざ罪には問えまい」


 彼はそう微笑む。


 どうやら、セラが犯行に及んだ理由をアンネローゼも聞いたらしい。


 彼女は厳しい反面、情に厚い面もある。


 家族を人質に取られていた彼女を罰するのは気がとがめたのかもしれない。


 もっとも、実際に被害があったのなら容赦なく罰したのだろうけれど。


「おおかた、リリへの気遣いもあったのだろうがな」


「気遣いですか?」


 リリ。


 想定していなかった方向からの話題に私は怪訝な表情を浮かべた。


「知らなかったとはいえ、リリはアンネローゼに毒の入った紅茶を渡しているからな。あのメイドを罪に問い、リリは無罪というのはなかなか線引きが難しい。いっそあのメイドまでひっくるめて無罪にしておいたほうがややこしくならない。そう判断したのだろう」


 ――なるほど。


 リュートの話を聞いて得心が行く。


 私はともかく、リリはあの件の関係者としてグレーな立ち位置となる。


 事情を知らなかったとしても、事実としてアンネローゼを毒殺する計画の片棒を担いでしまったのだから。


 リリとセラ。


 事情を知っていたか否か、という証明の難しい差異しかない2人。


 リリをスムーズに無罪にするには、セラまで無罪にしてしまったほうが良い。


 そんな意図があったのか。


「メリッサは――」


「死罪になった」


 あっけなく告げられた言葉に息が詰まる。


 無罪とは対極ともいえる判決。


 あまりの落差に内心で動揺してしまう。


「死罪…………」


「ああ。悪意を持って悪事をなした以上、そこに慈悲をかけるのは道理が違う」


「……そうですか」


 否定できない。


 顔を見たことのある人間が死刑となった。


 その事実に動揺しただけで、刑が過剰であったとは思えない。


「不本意だったか?」


「……いえ」


(現代の視点で考えると、きっと殺人未遂よね)


 法律に照らし合わせると、おそらく殺人未遂。


 それこそ死刑どころか無期懲役になるかも怪しい内容だ。


(個人的にも、擁護はできないけど)


 とはいえ彼女が死罪となることも感情的には理解できる。


 現実で同じような出来事があって、それが殺人未遂で済まされたとして。


 不満を唱える人は多くいるだろうし、自分も手放しで同意はしないだろうから。


「犯行そのものは失敗したことを加味すれば、本来なら牢獄への幽閉が妥当だっただろうな」


「だけど、相手が悪かったというわけですね」


「そういうことだな。自身より地位の高いアンネローゼを……ハート家の令嬢を殺害しようとしたあげく、罪から逃れるために魔王であるオレへと部下を差し向けたのだからな」


 リュートはうなずく。


 現代日本とは違い、ここには身分差というものがある。


 同じ罪でも、犯した相手によって罰の重さが変わってしまう。


 この世界ではそれが当然なのだ。


「彼女の家の当主から、奴を死罪にするよう頼まれた」


「え……」


 だが、彼の言葉で思考が一瞬止まった。


「奴を生かしておくと、一族全体が痛手を負うと判断したのだろうな。奴を死罪とすることで、今回の件は終わったことを周囲に印象づけたいということだろう」


「……そうですか」


 わずかに目を伏せる。


 そればかりは、少しだけ同情してしまう。


 家を守るために、本来よりも重い罪を家族に望まれる。


 そのとき彼女は、どんな気持ちだったのだろうか。


 そんな無意味な想像をしてしまう。


(この世界は、私が生きていた世界ほど甘くない)


 改めて痛感する。


 ゲームと同じ世界だとしても、ここは生ぬるい世界じゃない。


 プレイヤー気分で乗り切るには、この世界はシビアすぎる。


(今回だって、あっさりと殺される可能性だってあった)


 もしリュートが気を回していなければ。


 彼が助けに入らなければ、私たちはあっさりとメリッサたちに殺されていたかもしれない。


 事件の真相が明るみに出ることもなく、彼女に用意された偽物の筋書きをみんなが真実だと信じて――そのまま世界が回ってゆく。


 そんな未来があったのかもしれない。


(気を引き締めないと)


 私はせいぜい、この世界にあるいくつかのルートを知っているだけ。


 すべての理不尽を正面から叩き伏せるような実力なんてない。


 気を抜かず、足元を踏みしめて歩かなければあっさりと足をすくわれる。


 そんな世界にいるのだ。


「まあ、死罪が決まったからとはいえすぐに執行するわけではないがな。しばらく監獄塔に捕らえておくことになるだろう」


「しばらく……ですか」


「ああ。しばらく、だ。事情が変わるかもしれないからな」


 彼は意味深に笑った。


 その表情が妙に気にかかる。


「事情?」


 私が問い返すと、彼は笑みを深めた。


「少し気になることがあっただけだ。お前は気にしなくていい」


 私は、本当の意味でこの世界を知っているわけではない。


 知っていることは、設定集やシナリオで見聞きしたことだけ。


 もしかすると、魔王としてこの世界を生きてきた彼には感じることのできる何かがあったのかもしれない。


「ところで、お前はどうして毒の件を見抜けた」


 ほんの少しだけ変わるリュートの雰囲気。


 彼の視線が私の目を貫いた。


 本人にそんな感情はないのかもしれないが、それだけで偽りが許されないという気持ちにさせられる。


「…………」


(やっぱり疑問に思うわよね)


 予想はしていたことだった。


 私は、原作知識に従ってアンネローゼが毒を飲まされる事態を防いだ。


 だが原作知識という大前提に触れず、私が毒に気付けたことを説明する方法がないのだ。


 とはいえ原作知識なんてトンデモ話をするわけにもいかない。


 結局、押し黙るしかないわけだが――


「まあ言いたくないのならいい」


 それを察してかどうかは分からない。


 リュートがふっと笑みをこぼした。


「犯人は見つかった。そして、魔族領に来たばかりのお前が犯人と共謀できるはずもない。お前が関わっていないことは、考えれば容易に分かることだからな」


 思い返せば、あの事件が起きたのは私が城を訪れてから1日と経っていない時期だ。


 私はもちろんのこと、魔族と通じていたエレナ=イヴリスだって魔族領にはほとんど踏み入れていない。


 そんな彼女が、わざわざ今回の事件にかかわるメリットがないのだ。


 理屈立てて考えれば、私がかかわっていないことは推測できる。


「あのメイドが毒を盛った瞬間を見たか、あるいは解析魔術で毒の存在を看破したか。そう考える者が大半だろう」


「…………」


 ――その大半にオレは含まれていない。


 彼がそう言ったような気がした。


「良い。どのような秘密も思惑も、咎めはしない」


 私の返事を待つことなく、リュートはそう告げる。


「行動に移さない限り、ですか」


「そういうことだ」


 秘密があることを察した上で深く踏み込まない。


 そんな彼のスタンスは、私にとってありがたいものだった。


「ああ、そうだった」


 ふと思い出したように彼はそう言った。


 ほんの少しだけ嬉しそうな声で。


「お前に言っておくべきことがあったな」


 彼は立ち上がり、私の眼前へと歩み寄る。


「今回の件、まことに大儀であった」


 気が付くと、彼の手は私の頭上へと乗せられていた。


 髪が乱れない程度の強さで、彼の手が髪の上を滑ってゆく。


「お前はオレの権威に頼ることなく事態を収束してみせた」


 彼が口角を上げる。


 ――すでに数年前に成人している身としては、子供のように撫でられるのは若干ながら不本意である。


 そう、若干ながら。


 不思議とそれほど悪い気はしない。


 気恥ずかしさはあるが、どこか安心する。


「誇れ。今回の件でお前が手にしたであろう信頼は、他ならぬお前自身のものだ。オレのものでも、ましてエレナ=イヴリスのものでもない」


 私はここに居ていい。


 そう言われた気がした。

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