第112話
オレ――リュートは静かに玉座に佇む。
なんとなくの予感。
それに従い、執務室ではなくここで待っていた。
「……来たか」
そしてその予感は確信へと変わる。
魔王城の上空。
そこに現れた3つの魔力を感知したことで。
「間に合わなかった……ということなのか」
間違いない。
襲撃者は聖女ノアを始めとした3人だろう。
――もっとも、聖女の中身は神聖さの欠片もない女に成り代わってしまっているのだが。
思い出すのは、異世界から現れた少女の顔だ。
レイナはこの事態を避けるために聖王国を目指していた。
それでも聖女ノア――否、魔女エレナはここに現れた。
レイナは無事だろうか。
そんな思考を奥に隠し、玉座から立ち上がる。
「考えても仕方がないか。出迎えてやるとしようか」
わざわざ城まで迎え入れてやる義理もない。
無駄な被害を出さないためにも、こちらから向かってやったほうがいいだろう。
「偽りの聖女を」
魔王城の外へと転移する。
見慣れた光景。
しかし空を見上げれば、そこには3つの人影があった。
聖女の力によって形作られた巨大な鳥。
その背に乗っているのはノア、アレン、ロイの3者。
ユリウスを除けば、かつてオレと死闘を演じた者たちがそろい踏みというわけだ。
「久方ぶりだな」
「宣戦布告以来ですね」
エレナはそう答える。
聖女ノアと見紛うほどの穏やかな微笑みで。
聖女の力の扱いといい、この鏡写しのような振る舞いといい。
憎いと思うがゆえに目に焼き付け、その隅々を把握している。
ここまで個人に妄執を抱けるとは、いっそ称えたくなるほどの悪意だ。
さすがに多少の洗脳はしているのだろうが、それでもかつての仲間を騙せるほどとは。
「クク……白々しい」
思わず嘲笑が漏れてしまう。
自覚していなかったがオレはどうやら感情的になっているらしい。
目の前の奴によって、レイナが害されているかもしれないという不安感のせいだろうか。
「?」
一方で、エレナは不思議そうな表情を浮かべている。
ああ、そっくりだ。
もしもここにいるのが聖女ノアであったなら、そんな反応をするだろうと思える程度には。
だがここにいるのは災厄の魔女エレナだ。
すべてを知ったうえで、戦争を引き起こした女だ。
聖女ではない。
「いや、いい。人の目があるところでは相応の振る舞いをせざるを得ないという話だろう」
聖女を演じる。
そうしなければ、他の2人にかけている洗脳が弱まってしまうのだろう。
だからオレがどんな問いをかけようと、あの女はノアとしての返答しかしない。
嫌いな女を貶めるために、嫌いな女の生き方を完全に模倣する。
さすがに理解できんな。
「…………」
多少は思うところがあったのか。
エレナがわずかに沈黙する。
「ノア?」
「なんでもないわ」
だがそれも、心配したロイが声をかけた瞬間に取り繕われる。
すぐに彼女は聖女の仮面をつけ直し、オレを見据える。
「今日ここで貴方と決着をつける」
彼女の背後に光の輪が生まれる。
それは後光となり我が領を照らしてゆく。
「魔王を失えば、もはや魔族に勝機はない」
それは純然たる事実なのだろう。
魔族でオレの次に強い者となれば――おそらくアンネローゼだろう。
そんな彼女でさえ、戦闘力において弱体化したオレよりも数段落ちてしまう。
そうなれば聖女の力を振るうエレナに勝てる道理はない。
「ゆっくりと魔素に毒された領地を解体していけば」
オレが死ねば、あとは作業だ。
害虫駆除のように。
魔素に穢された土地を端から浄化していけば。
「――魔族は滅びる」
この戦争は終わりだ。
「簡単に言ってくれる」
「簡単なことですから」
虚勢ではなく。
たしかな自信をもってエレナがそう答える。
「衰弱した貴方は、私たちに勝てません」
否定はしない。
今のオレは、以前戦ったときのおよそ6割程度の力しか持たない。
薄氷の勝利とはいえ、聖女ノアは全盛期のオレを討った。
紛い物とはいえ、これほど聖女の力を使いこなすエレナなら単身でも今のオレを殺し得るだろう。
「そういうお前たちは、以前の顔ぶれが揃っていないようなのだが」
だがそんなことを認めてやる必要もない。
オレはこの場にいない役者を指摘する。
「あのエルフの男はどうした?」
ユリウス。
どうやら彼はオレの依頼を受け、聖王国までレイナを連れて行ってくれたらしい。
その安否を気にかけてもバチは当たらないだろう。
「……彼を洗脳したのは貴方でしょう?」
「なるほど。そういう設定か」
エレナの反応でおおよその事情は察する。
殺したのか、捕らえたのかは分からない。
だが聖王国にとって英雄である彼を問題なく害するため、そういうカバーストーリーを広めることにしたのだろう。
「まあいい。そろそろ始めようか」
これ以上聞いても不自然か。
オレは黒炎の剣を取り出す。
分が悪い戦いだが、避けることができるものではない。
レイナが命がけで奔走してくれたのだ。
オレも相応の覚悟を示すべきだろう。
「ええ。終わらせましょう」
エレナは語る。
歌うように。
雲の切れ間から光が差してきた。
それは浄化の光。
まるで宗教画のような神々しい一幕。
聖女の性根を知らなければ目を奪われてしまいそうなほど美しい。
「浄化の光よ」
降り注ぐ光の柱。
その1つをオレは余裕をもって回避する。
「おっと」
そこへと迫る斬撃。
それはアレンの剣だった。
エレナに洗脳を施されていても、その剣筋は澄み渡っている。
「させませんわッ」
アンネローゼの声が聞こえてくる。
オレの援護をしようとしているのだろう。
津波のように氷の塊が迫ってくる。
「ロイ」
そこに下されるエレナの指示。
「分かった」
多くは語ることなくロイは動き出す。
彼は機敏な動きでアンネローゼへと斬りかかった。
一騎打ちであれば、彼女なら対応できるはず。
ここは任せておくとしよう。
オレは対峙しているエレナへと意識を戻す。
「聖女を殺せッ」
「やるぞッ」
続々と声を上げる配下たち。
だがそれも一瞬のこと。
「邪魔です」
彼らはノアの光に焼かれ、消えてゆく。
命が散ってゆく。
まるで羽虫のように。
「…………」
「ほう。戦いを厭う演技も抜かりはないか」
悲しげな表情のエレナに語りかける。
無論、嘲りを込めて。
たしかに聖女ノアなら心から悲しんでいたのだろう。
しかし目の前の女の憂いは、ただの演技でしかないのだから。
「配下を殺されたことへの当てつけですか?」
「まさか。奴らも覚悟してここにいる。恨み言なんて言わんさ」
これは戦争だ。
そして戦争は命が失われるものだ。
王として、そんな当たり前のことから目を逸らしたりはしない。
(魂の主従が変わっても、聖女としての能力は健在か)
どうやら聖女の力は、心の清らかさと関係はないらしい。
聖女として生まれたノアの体を使えば、あの女でもここまで強力な浄化が行えてしまうとは。
「光あれ」
たった一言。
それだけで、エレナを中心として半球状の結界が展開された。
「魔素を浄化し続ける結界です」
直後、肌に痛みが走る。
焼けるような痛みとともに全身から煙が上がる。
浄化の光が直撃するのに比べればはるかに軽いダメージ。
しかしそれを差し引いても、魔王であるオレの体を焼ける結界というものがいかに常識外れなのか語るまでもない。
範囲が狭くて助かった。
これを広範囲に展開できていたのなら、一帯の魔族はすでに全滅していたことだろう。
「魔族は世界を穢す存在であり、聖女はそれを正す者……か」
この結界はまるで証明だ。
魔族がこの世界を生きていてはいけない存在であるという、証明だ。
「魔族として生まれたことそのものを罪と言うつもりはありません」
白々しくエレナは語る。
その身に、浄化の光を纏いながら。
「ですが、貴方たちは生きているだけで世界を壊してしまう。だから倒さなければならない」
そんな言葉を皮切りに、いくつもの光の柱がオレへと殺到する。
(魔素だけをピンポイントで攻撃する結界か。だからこそ、人間をいくら巻き込んでもダメージを受けるのは魔族だけというわけか)
普通ならこんな大規模な攻撃を使えば味方を巻き込む。
しかし、それがないのが聖女の力。
彼女の力は魔素のみを消すこともできる。
仮に人間に当たろうとも、あの光の柱は一切の害を与えない。
魔族にしか効果がないと分かっているからこそ、巻き込むリスクを考えずに大盤振る舞いできるわけだ。
(オレ自身はともかく、流れ弾でかなり被害が出ているな)
オレはすべての攻撃を躱している。
だが配下たちまでそうとは限らない。
悲鳴が上がっている。
悲鳴を上げることもできず消えていく命がある。
それに気を取られたのがまずかったか・
「さらなる光を」
「ッ……!」
エレナの一声で浄化の結界が効力を増した。
それによるダメージの加速で、一瞬だけ動きが乱れてしまった。
「ようやく隙を見せたね」
それをアレンは見逃さない。
彼が一気に距離を詰めた。
「ちッ……!」
避けられないか。
そう観念して痛みに備えたとき、
「これで――」
アレンの声がそこで止まった。
彼だけではない。
この場にいる者たちが動きを止めた。
「「「ッ……!?」」」
その原因は――空。
空に現れた穴だ。
「どういうことなんだ? 転移陣は、聖女か王家しか起動できないはず……」
アレンが驚愕まじりの声を漏らす。
「……なるほど」
だがオレはそれを見て確信した。
奴らは知らないだろう。
もう1人、この世界には聖女がいるなんて。
その聖女が、誰といるかなんて。
思わず笑みがこぼれた。
なぜなら、
「まだ諦めるには早いというわけだな。レイナ」
空から落ちてくる黒髪の少女が見えたから。




