第一部 第四話 ~―報告。結婚した(デバフ最大)~
ゆうまはこんらんしてる
フランス出張は、仕事としては成功だった。
だからこそ、余計に質が悪い。
佐伯悠馬はロンドンの空港から戻るなり、
スーツケースを引きずって玄関に立ち尽くした。
室内履きに履き替える判断すら、少し遅れる。
(……足が、重い)
数日間の睡眠不足。
慣れない言語。
そして、理由不明の対人消耗。
会議、商談、資料説明。
そこまではいい。
問題は、その”合間”だった。
距離が近い。
視線が合う。
笑顔が向けられる。
逃げる。
説明する。
誤魔化す。
走る。
――これを、数日。
(恋愛って……仕事より体力使うのか……)
胃の奥が、きり、と鳴った。
反射的に胃薬を探し、口に放り込む。
「……もう、限界だ」
独り言すら、かすれる。
その状態で戻ってきたハミルトン邸は、
あまりにも静かで、
あまりにも整っていて、
逆に現実感がなかった。
(帰ってきた……はず……)
玄関を抜けた瞬間、空気が切り替わる。
ここでは、
疲れていようが、
消耗していようが、
”役割は勝手に始まる”。
「悠馬様」
屋敷の者の声に、条件反射で背筋が伸びる。
「エドワード様がお呼びです。書斎へ」
(……ですよね)
帰還即呼び出し。
予想通りすぎて、逆に抵抗する気力も湧かない。
書斎の扉をノックし、入室。
エド叔父は紅茶を飲んでいた。
この光景を見た瞬間、
悠馬の中で何かが諦めた。
(あ、今日はもう逃げられない)
「座れ」
「……はい」
座る。
背筋は伸びている。
だが中身は、ほぼ空だ。
エド叔父は、
何の前置きもなく言った。
「報告だ。ノアと蘭が結婚した」
――。
一拍。
二拍。
三拍。
「……え?」
言葉が頭に届かない。
「結婚した」
「……は?」
「結婚だ」
「……え? え? なに? けっこん???」
声が裏返った。
自覚はあるが、直せない。
結婚。
ノアと蘭。
結婚。
(ノア?)
(蘭?)
(結婚?)
単語は分かる。
意味も分かる。
”組み合わせが分からない。”
脳が処理を拒否して、
真っ白になる。
エド叔父は何か続けている。
契約。
条件。
合理性。
――たぶん、重要なこと。
でも、一言も入ってこない。
(結婚……)
(いつの間に……)
(というか……)
(僕、聞いてない……)
視界の端で、
エド叔父の口が動く。
「次は――」
悠馬は、ほぼ無意識に頷いていた。
「……はい」
(今、何に返事した?)
分からない。
考えようとすると、胃がきゅっと縮む。
エド叔父は満足そうに紅茶を飲み、
書類を整える。
「今日は以上だ。下がれ」
「……はい」
立ち上がり、
礼をして、部屋を出る。
廊下に出た瞬間、膝が少し笑った。
(……無理だ)
頭が追いつかない。
体も追いつかない。
判断力は、完全に落ちている。
自室に辿り着き、
スーツの上着を脱ぐ前に、
ベッドに倒れ込んだ。
視界が、天井で止まる。
「……明日のことは……」
声が小さい。
「……明日、考えよう……」
それが、
今できる唯一の判断だった。
目を閉じる。
意識が沈む。
――その頃、書斎。
エドワード・ハミルトンは、
静かにペンを走らせていた。
机の上には、資料と、リスト。
「さて」
呟きは穏やかだ。
「次は真打だな」
紙の先頭に書かれた名前。
”佐伯悠馬。”
「有能嫁計画、次の段階だ」
当の本人は、
その言葉を確かに聞いた。
――だが、
デバフがかかりすぎて、
適当に「はい」と返事をしただけで、
何も理解していなかった。
AIアシスト作品です。
対人耐性0、恋愛耐性0、人との距離感が終わっている悠馬君のコイバナ?になるんだろうか?な、話です。一応コメディです。たぶん。
前回の「佐伯悠馬は胃が痛い」を読んでいなくてもわかるように頑張ってみました。
一言でもいいので感想をくださるとうれしいです。




