第四部 第四話 ~退院勇者、連絡先を求める~
デートは戦場(佐伯悠馬)
退院の日は、思っていたよりもあっさり来た。
点滴は外され、服薬の説明を受け、
「無理はしないでくださいね」を
三回くらい言われて、それで終わりだ。
(……終わり、か)
悠馬は、ベッドの端に腰かけながら
少しだけ呆然としていた。
病室という場所は、不思議な空間だ。
ここでは、
何も決めなくてよかった。
何も背負わなくてよかった。
「治すこと」だけが唯一の仕事だった。
(……仕事が一つだけ)
それが、思った以上に楽だった。
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ノアは、書類をまとめながら言った。
「兄さん、顔色、戻ったね」
「……戻った、というより削られた」
「どっちでもいい」
ノアは、さっぱりしている。
「とりあえず、今日は家に帰って寝る」
「……はい」
「仕事の話は?」
「……しない」
「よろしい」
即断。
(……強いな、この人)
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病室を出る直前。
廊下の先で、白衣が見えた。
(……あ)
心臓が、一段、速くなる。
彼女だった。
退院の確認なのか、
それとも偶然なのか。
分からない。
でも、
今だ、という感覚だけははっきりしていた。
(……言う)
(……言わない)
(……言う)
悠馬は、人生で何度もこの分岐に立ってきた。
そして、大体いつも「言わない」を選んできた。
だが今日は違う。
倒れた。
運ばれた。
寝かされた。
優しくされた。
(……一回くらい、言ってもいいとおもうんだ)
理屈としては、かなり雑だった。
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「……あの」
声が出た瞬間、もう後戻りはできない。
看護師が、足を止める。
「はい?」
穏やかな声。
(……落ち着け)
「本当に、お世話になりました」
「いえ」
「……もし」
ここで、喉が鳴った。
「もし、ご迷惑でなければ」
“ご迷惑でなければ”。
この枕詞を何年使ってきただろう。
「……連絡先をお伺いしても」
言い切った。
頭が、一瞬真っ白になる。
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沈黙。
ほんの数秒。
だが、悠馬にはやけに長く感じられた。
(……終わった)
看護師は、少し困ったように眉を下げた。
「……そうですね」
(……だめだ)
だが、次の言葉は完全な拒絶ではなかった。
「職場の規定で、個人的なやり取りは
慎重にしないといけなくて」
(……規定)
「ただ」
一拍。
「退院後の体調相談などであれば、
窓口を通して、という形になりますが……」
(……繋がった)
完全に繋がったわけではない。
しかし、
完全に断たれたわけでもない。
「……ありがとうございます」
悠馬は、反射で頭を下げた。
(……下げるな)
心の中でエド叔父の声がしたが、身体は正直だった。
看護師は、少しだけ笑った。
「無理はなさらないでくださいね」
「……はい」
その一言で、今日の勇気はすべて使い切った。
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病院の外。
空気が、思ったより冷たい。
「……兄さん」
ノアが、横を歩きながら言う。
「今の、見てた」
「……見てたか」
「見てた」
一拍。
「……すごいね」
「何が」
「”自分から行った”」
「……ああ」
「奇跡」
「……そこまでか」
「そこまで」
即答。
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家に帰るなり、悠馬は言った。
「ノア」
「はいはい」
「……指示をくれ」
ノアが、一瞬固まる。
「……え?」
「僕は今から、デートをする」
ノアは、三秒黙った後、腹を抱えて笑った。
「ちょっと待って」
「本気?」
「本気だ」
「兄さん」
ノアは、真顔になった。
「それ、
相手看護師さんだからね」
「分かっている」
「仕事の人だからね」
「分かっている」
「距離感、間違えると死ぬからね」
「分かっている」
「……分かってない顔」
悠馬は、真剣だった。
「僕は」
一拍。
「……失礼のない
最大限の誠実を尽くしたい」
ノアは、ため息をついた。
「……了解」
「任せて」
(任せるな)
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ノアの計画は、恐ろしいほど完璧だった。
・静かな昼の美術館
・歩かせない移動動線
・胃に優しいランチ
・高すぎない花
・受け取りやすい贈り物
・事前リサーチ完了
悠馬は、メモを見て真剣に頷いた。
「……完璧だ」
「でしょ」
「これなら」
「うん」
「失礼はない」
ノアは、嫌な予感の顔をした。
「兄さん」
「何だ」
「それ、
”デート”じゃなくて”表敬訪問”」
「……違うのか」
「違う」
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その夜。
悠馬は、コーヒーを淹れた。
砂糖は、三杯。
(……今日は戻していい)
甘さが、胸に落ちる。
(……言えた)
連絡先を聞いた。
断られなかった。
繋がった。
それだけで、十分な進歩だ。
この先、どうなるかは分からない。
しかし、少なくとも今日は。
『勇者は、退院した。』
そして、次の戦場へ
自分から足を向けていた。
AIアシスト作品です。
対人耐性0、恋愛耐性0、人との距離感が終わっている悠馬君のコイバナ?になるんだろうか?な、話です。一応コメディです。たぶん。
前回の「佐伯悠馬は胃が痛い」を読んでいなくてもわかるように頑張ってみました。
一言でもいいので感想をくださるとうれしいです。




