第三部 第十五話 ~生活の話はできるのに、雑談が怖い~
もう、ノアでよくね?
その食事は、「お見合いです」とは言われなかった。
でも、言われなくても分かる。
――これは、”生活の話をする席”だ。
店は静かで、落ち着いていて、照明も柔らかい。
「こちらです」
案内されて席に着いた瞬間、悠馬は悟った。
(……配置が、もう“将来想定”だ)
向かいに座る相手は、仕事の場で何度か顔を合わせた人物。
派手さはない。
だけど、視線がぶれない。
「今日は、ありがとうございます」
「こちらこそ」
最初の数分は、完全に仕事の延長だった。
生活リズム。
忙しさの波。
出張頻度。
「平日は、ほとんど家にいません」
「それは承知しています」
(……通る)
「連絡は、 即時でなくても問題ありません」
「むしろ助かります」
(……助かる?)
「一人の時間が必要なタイプです」
「私もです」
(……一致)
悠馬の胃が、少しだけ静かになる。
(……話が、通じている)
住居の話。
食事の話。
家事の分担。
条件は、淡々とすり合わされていく。
(……これは、できる)
仕事でやってきたことと、ほぼ同じだ。
判断基準があり、
無理な点は修正され、
結論は保留できる。
「結論は、急ぎません」
「ありがとうございます」
(……本当に、急かされない)
ここまで、完璧だった。
――”雑談が始まるまでは。”
「ところで」
相手が、少しだけ表情を緩めて言った。
「休日は、何をされているんですか?」
(……来た)
悠馬の脳が、一瞬で切り替わる。
(生活じゃない)
(役割でもない)
(目的がない)
(……怖い)
「……特に、決まっていません」
正直な答え。
「散歩とか?」
「……たまに」
「映画?」
「……最近は、見ていません」
(……会話が、細っていく)
沈黙。
相手は、困った様子ではない。
むしろ、待っている。
(……待たれるのが、一番困る)
「……すみません」
思わず、悠馬は言ってしまった。
「生活の話は整理できますが」
「雑談は……少し苦手で」
一瞬の沈黙。
(……失敗したか)
だが、相手は小さく笑った。
「正直ですね」
「……はい」
「でも」
一拍。
「それ、悪いことではないと思います」
(……え)
「雑談が得意でも、生活の話から
逃げる人もいますから」
(……確かに)
「佐伯さんは、逃げていない」
その一言で、悠馬の肩の力が少し抜けた。
「……ありがとうございます」
雑談は、結局、盛り上がらなかった。
しかし、破綻もしなかった。
それで、十分だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
夜。
邸に戻ると、ノアがソファで待っていた。
「どうだった?」
「……生活の話はできた」
「雑談は?」
「……怖かった」
即答。
ノアは、吹き出した。
「そっちはまだか」
「……無理だ」
「でもさ」
ノアは、にやっと笑う。
「今日の兄さん、 ”人としては
ちゃんと前進してる”」
「……どこが」
「恋愛じゃなくて、結婚の話を逃げずにして」
「それでいて」
「雑談は苦手です、って言った」
(……言ったな)
「それ、前は言えなかった」
悠馬は、その言葉を噛みしめた。
(……確かに)
生活の話はできる。でも、雑談は怖い。
その差を、自分で理解している。
「……つまり」
「うん」
ノアは、肩をすくめる。
「兄さんは今、
”結婚の入口には立てるけど、恋愛の入口はまだ遠い”」
「……分かりやすいな」
「でしょ」
悠馬は、ソファにもたれ、天井を見る。
(……順番、本当に逆だな)
でも。
無理に直さなくていい。
雑談が苦手でも、生活の話ができるなら。
(……それも、一つの形か)
有能嫁計画・第二フェーズは、
確実に進んでいる。
だが同時に、悠馬の「限界」も
はっきり見えてきた。
それは、弱点ではなく、
『前提条件』だ。
そして次は、その前提を
相手がどう受け取るか――
そこが、本当の分岐点になる。
AIアシスト作品です。
対人耐性0、恋愛耐性0、人との距離感が終わっている悠馬君のコイバナ?になるんだろうか?な、話です。一応コメディです。たぶん。
前回の「佐伯悠馬は胃が痛い」を読んでいなくてもわかるように頑張ってみました。
一言でもいいので感想をくださるとうれしいです。




