弟子
アウラの弟子
トロイはアウラの指示通り、マイナーの宿屋に向かって歩いていた。
「すごい見られる…。」
闘技場を出てから、街ゆく人々の視線が痛い。
それもそのはず。今はお昼時で国全体が賑わう時間だ。
閉鎖中の闘技場から包帯でグルグル巻きの男が出てきて、体の所々を痛そうに歩いていたら誰でも目線を奪われてしまうだろう。
せめて隠せる服か何か貰うんだった。にしても、やけにまじまじ見られる気がするな。特に魔法使いっぽい人に。そんなに怪我人が珍しいか?このクソ飛び道具野郎共め。
この国。ヤンバルクの魔法使いは、ほとんどが魔導術士である。
魔導術士とは、トロイのペンダントにも書かれていた、魔術式なる式を用いて魔法を扱う者のことで、主に詠唱や空中に魔力で文字を書き込む連綴で戦う。
魔導術士の多くは杖を所持しており、詠唱術者は長杖を。連綴術者は短杖を持っている事が多い。
元々持たざる者として肉体労働をしていたトロイにとって、杖を持った彼らは飛び道具を飛ばすだけでお金が貰える不労所得クソ野郎共なのだ。
見せもんじゃねぇぞボケが。
そんな暴言を吐きそうになりながら、目を合わせないように街を行く。
「っと。ここだったか。」
トロイは看板の前で足を止める。
マイナーINNと書かれた看板は危うく通り過ぎそうになったトロイを入口に戻らせた。
「こんにちは〜。」
「あら、トロイじゃないかい。久しぶり…。」
「?」
受付にいる店主の女性は、言葉に詰まった様子だ。
「どうかしました?リウメイさん。」
「あ、あんた。何があったんだい?」
「あ、ああ。この包帯ですか?ちょっと色々あって…。」
「それもそうだが…。」
リウメイはトロイの身体を足の先から頭の頂点まで、舐めるように確認する。
「トロイ、あんたいつの間に魔法使いになったんだい?」
「え。え?やだなぁ、リウメイさんたら。俺はまだ魔法なんて使えませんよ。」
「いや、そう言われてもだね…。まるで歴戦の魔法使いみたいにめちゃくちゃ魔力がダダ漏れてるよ?あんた。」
「えっ…。ええ…?」
そうか。魔法使いに見られてたのは包帯じゃなくて魔力だったのか。
魔法使いの基礎訓練に、魔力を抑えて体内に留めるといった訓練がある。
それは魔力そのものが身体を強化する効果があり、身体からダダ漏れの状態では消費も激しいために行われる。
魔力を体内に留める訓練は、魔力に目覚めたばかりで制御のおぼつかない初心者魔法使いにとって、一番最初に取り組むべき課題であり、魔法使いとして生きる者ならば誰でも身につけている当たり前の技術である。
そんな当たり前を超越した歴戦の魔法使いならば、魔力を体内に抑えきれずにダダ漏れになってしまうような莫大な魔力量を持っていても不思議では無いはずだが、残念ながらトロイは魔法使いとして当たり前の技術すら身についていないヒヨっ子なのである。
「えーっと。その。なんか、魔力に目覚めたみたいで。」
「それは…見りゃわかるけどもだね。」
「あ、あははは…。」
トロイは笑って誤魔化す他に、この気まずい空気を払う方法を知らなかった。
「大人になってから目覚めるなんて、そんなことあるんだねぇ。こりゃあタニアもビックリだねぇ。」
「そう…ですね…。」
リウメイの口から母の名前を聞いたトロイは微妙な表情を浮かべた。
リウメイ・マイナーはトロイの母、タニアと休日が一緒になる度にランチに行くほど仲が良かった。
息子が同い歳で、いわゆるママ友というやつだった。
亡くなった母の友人に魔力が目覚めたと知られたトロイは、今まで魔力が無かったことはその亡くなった母が原因かもしれないなんて言えるはずもなかった。
「あんた、アウラに世話になるんだって?何があったか知らないけど、気をつけなよ?アレでも結構根に持つタイプだからね。」
「世話になるって言っても、ちょっと魔力制御を教わる程度ですよ。」
「なんだって!?アウラに教わる!?余計なこと言ってないだろうね!?」
血相を変えて受付に乗り出るリウメイ。
「え?いや、そんな大したことは…。」
「そうかい?気をつけなよ?昔、ガーリーが指導してもらったことがあってね。そりゃあもう大変だったんだから。」
ガーリーはリウメイの息子でトロイとは違い、十代で魔力に目覚めている。
以前アウラがヤンバルクへ来たときに、魔法について教わったのだろう。
「へぇ。ガーリーが。まぁ顔は良いですもんね。あのババア。」
「誰がババアだって?」
開けっ放しのドアから、アウラが顔を出した。
「あ、クソババア。」
「と、トロイ!あんたなんてことを…!」
血の気が引いていくリウメイとぽかんとした顔のトロイを他所に、アウラは静かに受付へ歩み寄り、お金でいっぱいの袋を受付台にゆっくりと置いた。
「リウメイ。これは修理費だ。」
「へ?」
ドーン!
トロイに振り向いたアウラは、自分をクソババアと言った歳下の男を、宿屋の壁ごと外へ殴り飛ばした。
「ぐっへぇっ…。」
虹を描くように街道へ放り出されたトロイはゴムボールのように跳ね、またも待ち行く人々の視線を集める。
「きゃー!」「なんだ!?」
突然の爆発音と飛んで来た瓦礫。そして包帯まみれの男。
悲鳴と驚愕の声が近所を埋めつくした。
「アッ…アア…アァ…。」
受付に居るリウメイは口を閉じることを忘れ、大事な大事な自分の宿屋が盛大に破壊されたことに絶句した。
「立て小僧。こんなんじゃ死なんだろう?」
アウラの表情は…言うまでもない。
「痛ってぇなぁ…クソが…。」
うつ伏せのトロイは痛みの沼から這い上がるように、肘を使って首を上げる。
…?なんだあれ…。アウラから…なんか出てる。
「お、おい。あれアウラ様じゃねぇか?」「ほんとだ。あっちはさっきの包帯野郎だ。」「物騒だねぇ。」「なんだ?喧嘩か!?」「アウラ様がお怒りだ!」「魔法見れるのー?」「危ないから下がってなさい。」
野次馬は楽しそうだ。
「ちょうど銭ゲバにイラついてたとこだ…。」
指のカクつくアウラの両手が、怒りの矛先を探す大人の心情が垣間見える。
――トロイが闘技場の出口を探してさまよっていた頃、アウラはヤンバルクの中央、デ・ヤール城にて地下闘技場でトロイが暴れた件を報告に来ていた。
「アウっ、オーレリア様。お久しぶりです。」
「アウラでいい。無理すんな。国王はいるか?」
王の間の門番と挨拶を交わす。
この国の兵士達は平民出身が多く、アウラ様の愛称が染み付いているのだろう。
「はい。どうぞお入りください。」
無駄に大きな扉が開かれ、無駄に長いレッドカーペットと無駄に段数の多い階段が無駄に明るい照明に当てられ、無駄に背もたれの長い椅子に、無駄にアクセサリーの多い国王が無駄に横柄な態度で座る。
「む?オーレリア。遅かったではないか。あれから三日も経っておるぞ。」
「文句は寝ていた小僧に言ってくれ。」
アウラはヤンバルク国王であるバルク・デ・ヤール国王の元へと歩き、階段の下で止まった。
「ふん。それで?闘技場を荒らしたその小僧の謎は解けたのか。」
「いーや。ルーメスの解析が終わるまでは何も分からん。」
「ふんっ。ラウンズもそんなものか。魔法使いなんてろくなのが居ないな。」
ピキッ。
「所詮は戦いしか脳のない小銭稼ぎ集団か。」
ピキピキッ。
「なにか分かったらまた報告に来い。危険とはいえ貴重な税収である闘技場をめちゃくちゃにした奴を放っておくわけにはいかんからな。それと、いつもの掃除を頼む。ほれ、前金だ。」
ピッキーン…!
「あっ…ありがとう、ございます…。国王様…!!!」
アウラは怒りでカクつきながら、床に投げられた袋を拾った。――
「あのクソ野郎…!」
「ちょ、ちょっと!アウラ!やりすぎだよ!?あんたもいい歳なんだからちょっとは」
「あぁ?」
「ヒッ!」
振り向いたアウラは、完全に鬼の顔であった。
アウラの表情など気にもならないほど不思議な光景を目の当たりにしているトロイは、アウラから出る謎のオーラに釘付けになっていた。
緑の薄いカーテンみたいだ…。それに…葉っぱか?
「立て小僧。憂さ晴らしに付き合ってもらうぞ。散々ババアだなんだと言ってくれた礼だ。掃除にも連れて行くつもりだったしな。」
アウラは宿屋に空けた大穴から街道へ出た。
「少しは鍛えておかないとなぁ?」
「なんだそれ…。クソが…。」
腕で身体を支え、膝を擦りながら起き上がろうとするトロイ。
「それともなにか?やられっぱなしのヘタレなのか?そんなんじゃ、首のそれを渡した奴も浮かばれんだろうなぁ。」
「てめぇ…。好き勝手言いやがって…!」
トロイに纏わり付いた魔力は、感情の昂りと共に量を増す。
「お、おいなんだアイツ。すげぇ魔力だ。」「まずいんじゃないかこれ…。」「ほら、危ないから帰るよ!」「なんでぇ!もうちょっと見たいぃ!」
野次馬は危機を感じたらしい。
「ふっ…来い。」
既にボロボロのトロイを鼻で笑うアウラ。
「このクソババアぁあああ!」
トロイは殴りかかろうと、低姿勢のままアウラを見上げる。
その目…!タニア…!?
トロイの黄色い瞳が白い枠で囲われ、中に写った自分の周りに緑の透けたベールが見える。
アウラはその瞳に、親友の眼差しを重ねてしまった。
トロイが拳を握って走り出したとき、野次馬の向こう側から少女の声が聞こえた。
「アウラさまぁあああああ!?」
「げっっ!」
少女の嬉々とした大きな声は、アウラの驚きを忘れさせた。
げ???
アウラの整った顔がしわくちゃに崩れたとても嫌そうな表情は、トロイの怒りを一瞬だけ忘れさせた。
「はっ!何やつ!?」
群衆を飛び越えた少女は人々の頭上で、今にもアウラ様に殴りかかろうとする無礼な男を見つけた。
着地した少女は、男を目掛けて飛びかかる。
「アウラ様に!なにしてんだぁあああああ!」
振り上げた右腕をそのままに。肩から右を向いたトロイの目に入ったのは、ドレスの間から見える白いパンツだった。
「しっぶふぇっ…。」
少女の飛び蹴りが顔面に入り、色の報告をし損ねたトロイの口は靴の形に凹んだ。
包帯だらけの異常な魔力を放っていた男は、ツインテールで華奢な少女に蹴り飛ばされた。
「アウラ様!?お怪我はありませんか!?」
「あ、ああ。ありがとう。リズ。」
アウラは突然現れた少女に顔を引き攣らせ、ドン引きしながら礼をした。
「良かったぁ。それよりアウラ様!どうしていつも私を置いてどこかへ行ってしまわれるのですか!?私…ぐすっ…アウラ様に…ぐすっ…嫌われたのかと…ぐすっ…。」
「あー。いやぁ。ちょっと急な依頼でな。あはは…。」
「そうだったのですね!良かったですわ!アウラ様が一番弟子である私が置いてけぼりにするはずないですもんね!」
「そ、そうだとも。はははは…。」
「何事だ!」
ヤンバルクの警備兵が群衆を割って来る。
「んん?アウラ様ではございませんか。一体何が…あったん…でしょうか…。」
先頭の男が、大穴の空いたマイナーの宿屋に気づいた。
「あの男がアウラ様を襲おうとしてましたわ!」
「なに!?アウラ様を!?その男はどこに!」
「あそこです!」
リズは堂々と、トロイを指差した。
「むむ。なにやら怪しい雰囲気…!構えろお前ら!」
「待て待て。もう大丈夫だ。」
呆れた様子で身構える兵士を止めるアウラ。
「何が大丈夫なのですかアウラ様!あの男はあーんな汚らしい格好でアウラ様に襲いかかったのですよ!?」
「よく見ろ。」
「んん?」
「さっきので気絶してる。」
トロイは伸びきっていた。
「ふっ、ふっふーん!アウラ様に迫る男を一撃なんて、さっすが一番弟子ですわ!」
リズは無い胸を張り、可愛らしい小さな鼻を伸ばした。
「はぁぁぁ…。リズ、あいつはお前が言うところの弟弟子だ。」
「え……えぇええええ!?!?」
「まあ。弟子をとったつもりなんて一度もないんだがな。」
「ひっ、酷いです!アウラ様!勝手に弟子を増やすなんて…ひっく…弟子は私だけだと思ってたのに…ひっく。」
情緒の怪しい元気な少女は、涙ぐみながらアウラに迫る。
そんな様子を見ていたリウメイは、耐えきれずに受付を出て近寄る。
「あんたたち!そんなことよりトロイを運びな!いくらなんでも可哀想だよ!ほら。あんたら手伝いな。」
「えっ、あ。はい。おい、運ぶぞ。」「あ、ああ。」
リウメイに促され、警備兵達はトロイを部屋へと運び込む。
「まったくもう…。アウラ!金さえ払えば何してもいいわけじゃないんだからね!次やったらもう泊めてやんないよ!」
「おい…リウメイ…。」
「ハッ!おば様!アウラ様はここにお泊まりなのですね!?私も一部屋お願いします!」
「え?ああ、構わないよ。誰かさんのせいで壁は無いけどね!」
「はぁ…。勘弁してくれ…。」
アウラは頭を抱えるのだった。
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「ん…。んん…。痛え…。」
トロイはまたベットの上で目覚めた。
体は起こせず、包帯は増え、看病の痕跡は無かった。
部屋には月明かりが差し込み、木造の屋根と壁。窓の下に空いた穴から、ここがマイナーの宿屋だと分かった。
「俺、どのぐらい寝てたんだ…。」
足のひとつも動かせないトロイは、窓から見える星を眺めながら虚無に浸った。
ノックが聞こえ、ドアが開く。
「あら。目が覚めたかい?」
部屋に来たのは、お盆に器を乗せたリウメイだった。
「リウメイさん。俺、どのぐらい寝てました?」
「あれから一日も経ってないよ。ほら、晩御飯だよ。」
「ありがとうございます。」
お盆をベットの上に置くリウメイ。
「アウラから聞いたよ。あんた三日も寝てたんだってね。お腹空いてるだろう。」
「はい…。」
「なら早く食べな。片付けるのも私なんだからね。」
「それが…。」
「ん?」
「身体が痛くて起きれません。」
黄昏を見る目のトロイに、リウメイは苦笑いで答える。
「はぁ。ほら、起こすよ。」
「いてててて!優しくしてください…。」
「何言ってんだい。男の子だろう。」
起き上がって足元のお盆に目をやると、器の中にシチューが入っているのが見えた。
「と、届かない…。」
「まったくもう。ほら。」
「ありがとうございます。」
トロイは大事そうに器を手に取り、「いただきます」と口にした。
「そういえば、リウメイさんはアウラとはどうゆう関係なんですか?」
「ああ。あたしとアウラは同郷でね。私もここに来る前までは故郷にいたんだが、アウラは旅立ってからも度々帰ってきてお土産をくれたりしたんだよ。」
「へぇ…。意外ですね。」
「そうだろう?意外と気が利くんだよ。」
そうゆう意味じゃなかったんだけどな。
「ガーリーはどうしてるんです?」
「あいつは今、魔術学校に行ってるよ。宿舎のある大きいとこらしくてね、なんだかよく分からんけど良いとこみたいだよ。」
「学校ですか?ガーリーが?」
「はっはっはっ!やっぱりトロイもそう思うかい。あたしも最初に聞いた時は驚いたよ。」
リウメイの一人息子、ガーリー・マイナーはトロイにギャンブルを教えた、ヤンチャな青年だった。
彼は去年、ヤンバルクから北東に進んだ隣国のシュムギョルに旅立ち、現在はシュムギョル魔術学校に通っている。
魔術学校に通う生徒の年齢は幅広く、成長期真っ盛りの十代から仕事に飽き飽きしだして冒険をしようとする四十代。たまに隠居寸前のおじいちゃんまで見かけるほどだ。
二十八歳であるトロイと同い歳のガーリーが魔術学校に通うことはそれほど珍しいことでもない。
だが稼いだ金で毎日飲み歩き、女癖も悪かったガーリーが宿舎から学校に通っているとなれば驚かざるを得なかった。
「きっと何か、思うところがあったのさ。」
遠い目で床を見つめるリウメイ。
「そうだ、トロイ。アウラが、動けるようになったらちゃんと魔法を教えてやるって言ってたよ。」
「そう…ですか。」
「おや。あんまり興味無いのかい?アウラはあれでも十三支柱の一人だよ?てっきり大喜びするもんだと思ってたよ。」
「まぁ。ババアですからね…。」
「今のは秘密にしておくね。さ。食べ終わったならよこしな。」
「ありがとうございました。リウメイさん。美味しかったです。」
「はいよ。おやすみ。」
リウメイはお盆と空になった器を持って、部屋を後にした。
「魔法かぁ…。」
やっぱりまだ自覚が湧かない。まぁそうだよな。魔力が凄いだのなんだの言われても、自分の臭いが感じずらいのと同じだろうし。ただ少し気になるな。
「なんでアウラは魔法を教えるなんて言い出したんだろうな…。」
闘技場でアウラは、「魔力の制御ぐらいは教えてやる」と言っていた。それが急に、魔法という戦闘手段を教えるに変わったのだ。
きっと何かあったに違いない。
「まぁいいか。」
トロイは考えるのを止め、満たされたお腹の眠気という誘惑にのり、ベットで溶けることとした。




