秘密のやりとりと灰坂愛の微笑み
朝の櫻魅耶市、タケルは朝食のトーストを口に運ぼうとした手を止め、リビングのテレビに釘付けになった。
『――続いてのニュースです。昨夜午前0時頃、櫻魅耶第二発電所にて爆発を伴う大規模な損壊事故が発生しました。現場にいた警備員の証言によれば、昨日出現した“謎の巨大生物”に酷似した怪物が現れ、施設の一部を破壊したとのことです。現在、周辺地域の一部で停電が続いており――』
「まさか――"次元獣"……!?」
タケルは思わず椅子から立ち上がった。パンの屑がテーブルに散るのも構わず、テレビ画面を睨みつける。画面には、へし折られた送電鉄塔と、何かに抉り取られたような変電所の無残な姿が映し出されていた。
同時刻、登校中のケンは、歩道で足を止めタブレットを凝視していた。
「……第二発電所か。僕たちの住んでいるエリアや学校とは系統が別だから停電は免れたけど、これは明らかに“捕食”だね。新たに出現した、次元獣は電気エネルギーを餌に現れたに違いない」
ケンの眼鏡が朝日に鋭く光る。
その頃モンタもまた、自宅の居間でテレビを見ていた。
「現れたんだ新たな"次元獣"が……。たった一晩で発電所を……」
プロレスラーの父が「地震かと思ったな」と呑気にコーヒーを飲む横で、モンタは自分の左腕、制服の袖に隠された《ゾーンブレス》の冷たい感触を確かめ、小さく身震いした。
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「やっぱり、あいつらだ。前回戦った"次元獣"とは違う種類が、もう現れやがったんだ!」
いつもの登校路、三人が合流するなりタケルが声を潜めて切り出した。周囲には他の児童も歩いている。昨日の愛先輩のようなこともある。三人は自然と肩を寄せ合い、密談の体勢に入った。
「ニュースで聞いたよ。なんでも首の周りにヒレがあるタイプらしいね。しかも、電気を吸ってたんだろ?」
ケンの問いに、タケルが頷く。
「ああ。警備員が目撃したって、言ってた。建物をめちゃくちゃにして、電気のエネルギーを奪って消えたらしい」
「どうしよう、タケル君、ケン君。また夜に来たら……。僕たちが寝てる間に街が真っ暗になっちゃうよ」
不安そうなモンタに、タケルは力強く言った。
「今日、学校が終わったらすぐに秘密基地に集合だ。あいつがどこに消えたのか、次はどこに来るのか突き止めなきゃならない」
「そうだね。でも、一つ問題があるよ」
ケンが二人の顔を見つめる。
「もし敵がまた深夜に現れたらどうする? 僕たちは小学生だ。夜中に家を抜け出して山奥の秘密基地まで行くのはリスクが高すぎる。親に見つかれば、秘密基地どころか学校生活すら危うくなるよ」
その正論に、タケルとモンタは口を閉ざした。昨日の初陣は、たまたま土曜日の午後だったから動けたのだ。深夜の「出動」は、物理的にも家庭環境的にも困難を極める。
学校に着いても、三人の心は授業どころではなかった。
算数の時間、ノートを取るふりをしながら、三人の手元では三人だけで作った秘密のグループチャットが三人それぞれスマホが密かに震え続けていた。
【タケル】:『おい、 次元獣がまた現れる前に何とかして、叩かねえと!』
【モンタ】:『でも、昨日の次元獣は深夜に出たんだよね? 夜に家を抜け出すのは、お母さんたちにバレるかも……』
【タケル】:『じゃ、どうすんだよ?街が真っ暗にされたら、それこそ大変だぜ!』
【ケン】:『二人とも、落ち着いて。モンタ君の言う通り、夜の山を歩いて移動するのは現実的じゃない。自衛隊の検問も強化されているしね』
タケルがスマホを握りしめる。苛立ちが文字に滲む。
【タケル】:『じゃあどうすんだよ、ケン! 手をこまねいて見てるだけか?』
数秒の空白の後、ケンから驚くべき返信が届いた。
【ケン】:『……実は、昨夜寝る前に僕たちが身につけているブレスレットで分かったことがある。僕たちが身につけている『ゾーンブレス』には、量子テレポート機能――つまり、転送機能が備わっている』
【タケル】:『はぁ!? 転送!?』
【モンタ】:『ええっ! 映画みたいだね!』
【ケン】:『特定のバイオサインを確認できれば、どこにいても一瞬でハイド・ベースのコックピットまで直接転送できるはずだ。これを使えば、深夜でも家族に気づかれずに出撃できる』
タケルは思わず机の下で拳を握った。これなら、深夜の敵だろうと関係ない。
【タケル】:『最高じゃねえかケン! よし、二人とも。今夜0時、秘密基地に集合だ。櫻魅耶をこれ以上、"次元獣"なんかにめちゃくちゃにさせてたまるか!』
窓の外には、何も知らない別クラスの生徒たちが体育の授業を受けている。
その穏やかな日常の裏側で、タケル、ケン、モンタ、三人の少年は深夜の出撃に向けた「秘密の準備」を整えていく。
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――待ちに待った昼休み。
三人はいつもの屋上の階段の踊り場へと向かった。しかし、そこには先客がいた。
「あ……」
モンタが声を上げる。
屋上のフェンスに寄りかかり、心地よい昼下がりの風にピンク色の髪をなびかせていたのは、一学年上の灰坂愛だった。
彼女は三人の足音に気づくと、ゆっくりとこちらを振り向いた。午後の光を浴びて、ブラウス越しに強調される彼女の豊かな胸元と、柔らかな微笑みがタケルたちの視線を釘付けにする。
「また会ったわね。三人とも」
愛は三人をじっと見つめる。
「あ、愛先輩……! ここで一体、何を?」
タケルが平静を装って話しかける。
「ええ。ここ、静かだから。……あっ、ねぇ、三人とも。聞いたかな、昨日のニュース。大変だったみたいだね。発電所が謎の巨大生物に襲われたとかで、うちのクラス、みんなが噂してるの」
ケンの背中に冷や汗が流れる。
「あ、ハハ……そ、そうなんですか。でも僕たちの家の方は無事だったけど」
「所で。……ねえ、タケル君」
愛が一歩、タケルに近づいた。彼女の甘い香りが鼻をくすぐる。
「あなた、たちの左腕のそれ……何かな?」
愛が一歩踏み込む。午後の日差しを浴びた彼女のピンク色の髪がふわりと舞い、甘い香りがタケルの思考を一瞬だけ麻痺させた。だが、彼女の瞳は笑っていない。その視線は、タケルの袖口からわずかにはみ出した、黄金色の非現実的な輝き《ゾーンブレス》を正確に捉えていた。
「あ、いや、こ、これは……ただの、最新のゲーム機っていうか!」
モンタが慌てて両手で自分の腕を抱え込むが、その巨体がかえって不自然な動きを際立たせる。ケンは眼鏡の奥で計算を巡らせるが、愛のあまりに真っ直ぐな追求に、最適解が見つからず冷や汗が頬を伝った。
「ふふ、ごめんなさい。困らせちゃったわね」
愛はそれまでの鋭い視線を嘘のように解き、ケロッとした笑みの表情に戻った。タケルの喉元まで出かかっていた言い訳が、行き場を失って飲み込まれる。彼女はそれ以上追及することなく、「じゃあね」と短く言い残すと、三人の横を軽やかな足取りで通り抜け、階段を降り去っていった。
階段に響く彼女の靴の音が遠ざかるまで、三人は彫像のように動けなかった。
「……な、なぁ、ケン。今のは……完全に気づかれ、た?」
モンタが顔面を蒼白にしながら、震える声でケンに問いかける。
「いや、それはないよ」
ケンは食い気味に即答した。震える手で眼鏡のブリッジを押し上げ、乱れた呼吸を整える。
「……あれはただ、カマをかけられたんだ。僕たちの反応を見て、何かを隠しているとは確信したんだろうけど…。この非科学的なブレスレットを身につけている普通の小学生はまず、僕たち以外いないからね」
ケンはそう断言するもケンの断言を聞いても、モンタの顔色はすぐには戻らなかった。
「……カマをかけられた、だけ。そうだよね、最新のゲーム機だって言えば、通るよ、ね……」
自分に言い聞かせるように呟くモンタ。その後、タケル、ケン、モンタ、三人は屋上の隅で他愛もない雑談をしながら昼休み時間を過ごした――。




