三人の誓いと愛先輩
櫻魅耶の街に、いつもと変わらぬ朝がやってきた。昨日の夕刻、街を襲ったあのおぞましい咆哮と、空を切り裂いた紅き光の奔流が嘘のように、空は澄み渡っている。
「……死傷者は、ゼロ。奇跡的と言うほか、ないね」
羽山小学校へと続く並木道。ケンは、歩きながら手元のタブレットに視線を落としていた。ニュース速報のヘッドラインには『櫻魅耶市に謎の巨大生物とロボットが出現、市街地の一部が損壊』という文字が踊っている。
「だろ? 俺たちが守ったんだからな!」
隣を歩くタケルが、ランドセルを放り投げるように肩に担ぎ、白い歯を見せて笑う。その瞳には、昨日の戦いで得た確かな手応えと、ヒーローになったという高揚感がまだ色濃く残っていた。
「シーッ! 声が大きいよタケル君!」
慌てて周囲を見渡したのは、モンタだ。自分より背の高いタケルとケンの間に挟まれ、おどおどとしながらも、その足取りはどこか力強い。
「わかってるって。……なぁ、改めて誓おうぜ。昨日のこと、このブレスのこと、そして基地のこと。……絶対に、三人だけの秘密だ」
タケルが立ち止まり、右手のこぶしを突き出す。ケンは溜め息をつきながらも口角を上げ、モンタは力強く頷いた。
「異論はないよ。僕たちの日常を守るためにもね」
「うん! 僕たちの秘密基地だもん!」
コツン、コツン、コツン。
三人の拳が重なり、黄金のブレスが一瞬だけ、朝日を反射して密やかに輝いた――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――昼休み。
教室の喧騒を避け、三人は校舎裏の屋上へと続く階段の踊り場に陣取っていた。ここが、今の彼らにとって最も落ち着ける場所だ。
「……あーっ! なんだよこれ、納得いかねえ!」
ケンが差し出したタブレットの映像を見て、タケルが声を荒らげた。画面の中で、街のニュース番組のキャスターが真面目な顔で語っている。
『昨日出現したこれらについて、政府は現在「未確認巨大生物」および「謎の巨大ロボット」の自衛隊による本格的な調査を開始しました――』
「“謎の巨大ロボ”ってなんだよ! アイツにはちゃんと名前があるんだぞ! ゾーンGロボ! それにアイツらは"次元獣"だ!」
「仕方ないだろ、タケル。僕たちが名乗ったわけじゃないんだから。自衛隊が動いてるってことは、下手に目立つと僕たちまで調査対象にされかねないよ」
ケンは冷静に分析しながらも、タブレットを操作し、ネット掲示板の書き込みをチェックする。「赤いロボットかっこいい」「櫻魅耶の街を守る謎のロボット?」といった書き込みに、モンタが嬉しそうに目を細める。
「ゾーンGロボ、か……。うん、やっぱりかっこいいよ。流石は"次元超人"が考えた名前なだけあって」
「だろ? 次元獣相手にゾーンGロボでばっとして、こう、拳を突き立てだな!」
タケルが熱く語り始めた、その時だった。
「……あの、何のお話をしてるの?」
鈴を転がすような、しかしどこか落ち着いた声が頭上から降ってきた。
三人が弾かれたように顔を上げると、そこには一学年上の6年生、灰坂愛が立っていた。
灰坂愛は、羽山小学校でも有名な美少女だった。少しウェーブがかったピンク色の長い髪、そして何より目を引くのは、小学生とは思えないほど発育の良いプロポーションだ。制服のベストを押し戻さんばかりの豊かな胸元――通称"Dカップの愛先輩"と全校男子の噂でもちきりなだけあって、タケルとモンタは思わず言葉を失った。
「わわわっ! 愛先輩! いつからそこに!?」
モンタが顔を真っ赤にして立ち上がる。
「今さっき。……ゾーンG(グレート)ロボとか次元獣とか、そんな名前が聞こえたから。もしかして、昨日のあの、巨大ロボットのこと?」
彼女の大きな瞳が、探るように三人を見つめる。
ケンの脳細胞がフル回転した。ここで下手に否定すれば逆に怪しまれる。
「あ、ああ、これね! 僕たちが昨日のニュースを見て、勝手に考えたんだよ! 中二病っぽい遊びってやつさ、ねえ、タケル?」
ケンの必死の目配せに、タケルも慌てて調子を合わせる。
「そ、そうそう! "謎のロボ"じゃ締まらねえだろ? だから俺たちで勝手に名前をつけて、考えてたんだよ!」
「……ふふっ、そうなの? ゾーンGロボ、素敵な名前ね。私もね、あの赤いロボットがこの街を守ってくれたんだって信じてるの」
愛は優しく微笑むと、「邪魔しちゃってごめんなさいね」と言い残して、階段を下りていった。彼女の柔らかな香りがわずかに残る。
「……心臓、止まるかと思ったぜ……」
「……愛先輩、やっぱりオーラがすごいよ……」
タケルとモンタが脱力して座り込む中、ケンだけは険しい表情で、去り行く愛の背中を見つめていた。
その後、昼休みが終わり三人は教室へと戻った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――午後の授業を終え、下校時刻。
櫻魅耶の街は、昨日の騒動などなかったかのように、美しい夕焼けに包まれていた。
タケル、ケン、モンタの三人は、それぞれの実家へと続く緩やかな坂道を、肩を並べて歩いていた。
「……これから、もっと次元獣らが出てくるのかな」
ふとした沈黙の中、モンタがぽつりと呟いた。昨日の戦いは勝てた。でも、もしもっと強い敵が来たら。自分たちに何ができるのか。モンタはそんな不安が芽生えていた。
「来るだろう、ね。あの"次元超人"が言っていたことが本当なら、これはまだ序の口だ」
ケンが眼鏡のブリッジを押し上げる。
「自衛隊の調査が進めば、僕たちの秘密基地も…いや、あれなら流石に自衛隊でもバレないだろうけど。……タケル、君はどうするつもりだい?」
タケルは歩みを止め、夕日に染まる街を見下ろした。
遠くに見える、自分たちの"秘密基地"がある山。そこには今、世界で唯一、自分たちにしか動かせない「希望」が眠っている。
「決まってんだろ。俺たちがやらなきゃ、誰がやるんだ。……俺は、あのロボット――ゾーンGロボを預かった時に決めたんだ。櫻魅耶の街も、学校も…全部、俺たちが守ってやるってな!」
タケルの言葉は、いつになく真剣だった。
「ケンは頭を使って俺たちを導け。モンタは自慢の筋肉でアイツらを圧倒しろ。俺は……俺は一番前で、全部ぶっ飛ばしてやる!」
「……ははっ、やっぱり脳筋だね。でも、その脳筋に付き合わなきゃならないのが僕なんだけどね」
「僕もだよ! タケル君、ケン君、これからもよろしくね!」
夕暮れの坂道、三人の影が長く伸びる。
今はまだ、誰も知らない三人の少年勇士。
だが彼らの胸には、昨日よりもずっと強く、揺るぎない「勇気の種」が宿っていた。
「それじゃあ、また、学校でな!」
「ああ、また学校で」
「またね、タケル君!」
住宅街の分かれ道で三人はそれぞれの家へと帰っていく。
三人の本当の戦いは、まだ始まったばかりだ――。




