ヤンキーギャルとの再会。
――そして、タケル、ケン、モンタが浜辺で遊び、そして愛と母親の翠が買い物をしている時刻へと戻る――。
雲一つない青空の下でタケル、ケン、モンタの三人は、寄せては返す波際を全力で駆け抜けていました。
「おい、待てよモンタ!」
「あはは、や〜だよ〜!」
弾ける水しぶきと、少年の幼い笑い声。そんな平和な浜辺の光景が少し先に見える、そこには砂浜には不釣り合いな機材やレフ板、そして忙しなく動き回る大人たちの姿があった。
「何だあれ?」
「何かの撮影、かな?」
タケルとケンが見ている方で、まるでアイドルの撮影現場か、プロデューサーたちが指揮を執るロケのような慌ただしさの中に一人だけ、容姿がとても目立つ女性がいました。
派手に染め上げられた髪が潮風に揺れ、鋭いツリ目がこちらを射抜くような強さを放っています。挑戦的な色のカラーコンタクトは、太陽の光を反射してさらに鋭さを一層、増す程。
何より目を引いたのは、その過激な装いの短いトップス おヘソが露わになった大胆な丈に主張する胸元を発育の良いスタイルを隠そうともせず、こぼれんばかりの存在感と風格に関しては隠しきれない威圧感と、どこか惹きつけられるオーラを漂わせていた。
「げっ…」
そんな一人の女性を見た途端、タケルの顔が引きつった。無理もない。以前、一度だけ顔を合わせたことのある、あの"ヤンキーギャル"だったからだ。あの、神社の賽銭箱の前での最悪な出会い――。
タケルは関われば面倒なことになると、本能的に察知していた。タケルはケンとモンタの肩を叩き、何食わぬ顔で踵を返そうとする。
「ちょ、ちょっと、急にどうしたの。タケル?」
「いいから、こっちに来る前にズラかるぞ……!」
「え、けど……ちょっと、撮影現場とか僕は見てみたいんだけど」
ケンが不満げに言う。
「いいから、いいから!大人の仕事の邪魔しちゃわりぃからよ。ほら!俺達は別の所に行こうぜ!」
タケルは半ば強引に二人を押し、早歩きでその場を離れた。
しかし、そんな三人が背中を向けた瞬間――。
「――ん?」
撮影の合間にふと視線を投げた彼女は、逃げるように遠ざかる三人の少年を偶然にも見逃さなかった。
(あれは……)
少し距離はあるものの、彼女はその見覚えのあるアッシュがかった髪の後ろ姿を、完全に捉えていた。鋭いツリ目がさらに細められ、獲物を見つけた猛獣のような、獰猛で楽しげな笑みがその唇に浮かんだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
浜辺から数キロ離れた、〘ティル・ナ・ノーグ〙名物の店が並ぶ商店街の一角。
潮風の匂いは薄れ、代わりに醤油の焦げる香ばしい匂いが漂っている。タケル、ケン、モンタの三人は、暖簾のかかった小さな和菓子屋《波音堂》の軒先にあるベンチに座っていた。
「ふぅ……。焦ったぜ」
タケルは冷たい麦茶を飲み干し、ようやく人心地ついた表情を浮かべる。あのビーチから全速力で離れ、ようやくこの店に辿り着いたのだ。
「何が焦っただよ、タケル」
モンタが、あんこがたっぷり乗った団子を頬張りながら不満げに言う。
「せっかくの撮影現場だったのに。綺麗な女の人もいたし」
「そうだよ。タケル、あの、撮影現場の中に見覚えのある人でもいたの?」
ケンの鋭いツッコミに、タケルは心臓が跳ねるのを疑った。
「い、いや。……ただ、その。ほら、ああいう派手な大人の人たちの近くにいると、僕たちの純粋な心が汚れちゃうだろ?」
「何を言ってるの?」
ケンにジト目で呆れ顔をされながら、タケルは自分の分のみたらし団子を手に取る。
(まあ、ここまで来れば大丈夫だろ。あの女だって、撮影の仕事中なんだろうし…)
そう自分に言い聞かせ、大きく口を開けて2個目の団子を頬張ろうとした、その時だった――。
「へー…意外と甘党なんだな、オマエ」
鼓膜に直接響くような、ハスキーで、どこか挑発的な声。
タケルの動きがピタリと止まる。団子は口元数センチのところで静止し、彼の表情は急速に凍りついた。
ゆっくりと、恐る恐る声の方へ顔を向ける。
「いっ!?」
タケルの口から、声にならない悲鳴が漏れた。
そこにいたのは、間違いなく、あの浜辺にいたヤンキーギャルだった。
彼女はベンチのすぐ横に、仁王立ちになっていた。
潮風に揺れていた派手な髪は、少し乱暴にまとめられている。しかし、あの鋭いツリ目と、挑戦的な色のカラーコンタクトはさっきの浜辺でずっとタケルを射抜いていた。
服装は撮影の時のまま、過激なトップスのままだ。炎天下の下で見るその姿は、あまりに刺激が強く、横にいたケンとモンタは団子を喉に詰まらせそうになっている。
「あ、あの……何か、ご用でしょうか?」
ケンが勇気を振り絞って尋ねるが、彼女の視線はタケル一人に注がれていた。
彼女はふっと鼻で笑うと、タケルの持っていた団子の串を、電光石火の早業で奪い取った。そして、タケルが食べようとしていた2個目の団子を、自分の口へと放り込む。
「ああ!俺の団子!?」
「ん、悪くない味。……で、久しぶりだな、クソガキ」
彼女は団子を咀嚼しながら、タケルの顔の前に自分の顔を近づけた。甘い醤油の香りと、彼女がつけているきつい香水の匂いが混ざり合う。
「…何でここに……?」
タケルは椅子から転げ落ちそうになりながら、掠れた声で言った。
「ちょうど仕事が終わったから、散歩してたら見つけたんだよ。あの浜辺でコソコソ逃げる、見覚えのある後ろ姿をな」
彼女は奪った串を、タケルの胸元にツンツンと押し付けながら、ニヤリと笑った。
「その前に、まずは、アタシの自己紹介からだ。……驚くなよ?」
彼女は少し身を引くと、過激なトップスを少し直す仕草をしてから、芸能人が会見でするような、堂々とした態度で言い放った。
「アタシの名前は、斑鳩 美璃。……職業は、“アイドル”だ」
「―え?」
「―ん?」
「―え?」
「「「はあぁぁあぁぁあぁ!?」」」
タケル、ケン、モンタの声が綺麗にハモった。
特にケンは、和菓子屋の暖簾に頭をぶつけるほどの衝撃を受けていた。
「ア、アイドル……? あんたみたいなヤンキーギャルが……?」
「誰がヤンキーギャルだコラァ!」
美璃の怒声が響き、店の奥から店主お爺さんが顔を出したが、美璃の威圧感を見てすぐに引っ込んだ。
「アタシは“反逆のカリスマギャルアイドル”って枠で売ってんだよ! 文句あるか?」
「いえ、全然ありません!」
モンタが最敬礼をする。
タケルは混乱していた。あの、賽銭箱の前で不機嫌そうに座り込んでいた女性が、まさかアイドルだったとは。
「で、だ」
美璃のトーンが一段、低くなった。カラーコンタクトの奥にある瞳が、冷徹な光を宿す。
「アタシは、オマエのことを忘れてないぜ」
「え……? な、何のこと、かな……?」
タケルは冷や汗が止まらない。
美璃はタケルの耳元に顔を近づけ、周囲には聞こえないような、しかし確実に殺意のこもった声で囁いた。
「あの神社でのこと……。アタシの、この、おもっきり豊かな胸を……鷲掴みにしたこと。……絶対に根に持ってるからな///」
タケルの全身が硬直した。
(ですよね~!やっぱり、覚えてた…! いや、忘れるわけないよな、あんなこと…!)
あの時のこと――タケル自身にとっても、忘れたくても忘れられない。
神社で自分は低く潜り込むように踏み込んだ時、美璃が右手を振り下ろそうとしたその瞬間の際――あえて無防備な懐へと飛び込んだ時に斑鳩の重心を崩すために彼女の豊かな胸を真正面から鷲掴んだ事を今更ながら柔らかく、それでいて弾力のある、あの感触の事をつい、思い出してしまい、タケルは視線を掌に向けた。
「……ふーん?」
美璃はジロリとタケルの手元を凝視すると、形の良い唇を吊り上げた。
「その手の形、今まさに思い出してますって、白状してるようなもんよ? このエロガキ〜♪」
「んなっ!?ち、ちげぇよ! あれはあんたが通してくれねぇから、したかたなく、俺はああしたまでだ!」
タケルは真っ赤になって反論したが、美璃の放つ“圧”に押されて声が上ずっていた。そんな隣で固まっていたケンとモンタは、二人の不穏すぎる会話の内容に、口をあんぐりと開けたままフリーズしていた。
「……ねえ、タケル。今、"鷲掴み"って聞こえたんだけど…」
「タケル…お前、いつの間にそんな大人の階段を……」
「ンなッ///!?バカ、違う! 誤解だ! 」
「じゃあ、聞くけど、何をどうすればアイドルの胸を"鷲掴む"ことになるんだよ!」
ケンのもっともすぎるツッコミが飛ぶ中、美璃はふんぞり返って鼻を鳴らした。
「ま、いいわ。あの時の貸しは、じっくりたっぷり、心身ともに削り取って返してもらうから」
美璃はそう言うと、勝手にタケルの隣のスペースに腰を下ろした。
短いボトムスから伸びる健康的な太ももが露わになり、商店街を通る買い物客たちが「なんだなんだ」と遠巻きにこちらを伺っている。
「ちょっと、斑鳩さん! 仕事はどうしたんですか!」
遠くから、スーツ姿の痩せた男性――プロデューサーらしき人物――が息を切らして走ってきた。
「ああ、プロデューサー。休憩だよ休憩。ちょっと知り合いを見つけたから挨拶してんのよ」
「知り合いって……その、小学生たちですか?」
プロデューサーは困惑した表情でタケルたちを見た。
「そうだよ。特にこっちの子は。アタシに初めてを教えやがった、生意気な奴なんだ〜♪」
「「「は、初めてぇ!?」」」
ケン、モンタ、そしてマネージャーの叫びが商店街に響き渡る。
「おいっ!言い方! 言い方が最悪すぎるだろ!それ!」
タケルは椅子から転げ落ちた。
「……アタシに“敗北感”という名の初めてを、な。言葉が足りなかったか?」
「ぐぬぬ…ッ!」
タケルはしてやられたみたいな悔しい表情をする。美璃はクスクスと意地悪く笑い、残った団子の串をゴミ箱へシュートした。見事なコントロールで命中する。
「さて、と」
美璃は一度立ち上がると、モデルさながらの長い脚をゆったりと運び、呆然と立ち尽くすプロデューサーの元へと歩み寄った。しかし、数歩進んだところでふと思い出したように足を止め、肩越しにくるりと後ろを振り返る。
潮風と太陽に愛されたような派手な髪がふわりと舞い、挑戦的なカラーコンタクトが、獲物を逃さない猛獣のようにタケルを射抜いた。
「ああ、言い忘れてた。タケル……だっけ?」
美璃は不敵な笑みを深く刻み、唇の端を吊り上げる。
「アンタがさっき、思い出しながら眺めてた、その"手"……。しっかり記憶に刻みなよ〜♪ 」
「ンなッ///!?」
タケルが頬を紅潮になるやいなや、反射的に自分の右手を隠すと、美璃は満足げに鼻を鳴らし、今度こそプロデューサーの背中を叩いて歩き出した。
「ほら、行くわよプロデューサー! 次の現場、押し分はアタシが巻いてやっから!」
「あ、ああ! 待ってください斑鳩さん、他のメンバーとのスケジュールが……!」
嵐のような二人の姿が角を曲がって見えなくなると、商店街にはようやくいつもの、のんびりとした空気が戻ってきた。……はずだったが、ベンチに残された三人の間には、形容しがたい沈黙が流れていた。
「……タケル」
沈黙を破ったのは、団子を喉に詰まらせかけて顔を赤くしたままのモンタだった。
「タケル……本当に、あのアイドルのむ、むむむ胸をガシッと?」
「だーかーら! ちげぇつってんだろ! 俺だって色々とその、急いでたんだよ!」
「だとしても アイドルの胸を鷲掴むなんて、ただのラッキースケベ……いや、タケルの場合、“デンジャラススケベ”だよ!」
「なんだ、そりゃ!?」
思わず、ツッコミをするタケルと眼鏡の奥の目を吊り上げて詰め寄るケン。
「第一、斑鳩美璃っていえば、最近SNSでバズりまくってる『"毒舌ギャルアイドル"』じゃないか! ネットじゃ『"触れるもの皆傷つけるナイフ"』なんて呼ばれてるのに、そんな相手に胸を鷲掴むなんて…!」
「うっせぇな!第一、あんな凶暴な女何か、興味ねぇし。むしろこっちから願い下げだ!」
タケルは乱暴に頭を掻きむしり、空になった麦茶のコップを睨みつけた。
しかし、口では文句を言いながらも、右手の掌に残る、あの感触――暴力的なまでの柔らかさが、熱を帯びてまだ、頭の中で消えてくれない。
「…ハァ〜」
タケルは一人、小さく溜め息を吐いた。




