人型未確認生物と遭遇する傭兵
タケル、ケン、モンタが浜辺で遊び、そして愛と母親の翠が買い物をしているよりも前――昨夜の数時間前へと遡る。
観光客で賑わう〘リゾートアイランド・ティル・ナ・ノーグ〙。その華やかな表舞台の裏側、島の最北端に位置する断崖絶壁の直下で波打ち際に、音もなく一隻の高速ボートが滑り込んだ。
月明かりを反射し、深海を思わせる深い青の装甲が、夜の闇の中から浮き上がる。
「"ケルベロス部隊"の通信が途絶えた…?」
歪んだ合成音声が、潮騒の中に溶け出した。
そこに立っていたのは、頭部から足先までを、重厚な青色のアーマードスーツで包んだその男は、"青い死神"と呼ばれ恐れられている一人の傭兵。
その傭兵が纏うスーツは、かつて軍が極秘に特殊部隊用に運用していたアーマードスーツを極限まで設計思想し、戦場向けに改造、カスタマイズした一品のスーツである。
【頭部】(タクティカル・バイザー):
昆虫の複眼を思わせる巨大なツイン・赤外線バイザーが特徴。暗闇での視認はもちろん、壁越しの熱源探査、弾道計算、毒ガスの検知までを瞬時に行う。
【装甲板】(コバルト・セラミック):
深い青色に塗装された装甲は、特殊な衝撃拡散コーティングが施されている。大口径のライフル弾すら弾き返し、至近距離での爆発からも装着者を守る。
【動力源】(マイクロ・リアクター):
背面に背負った小型動力源により、装着者の筋力を数十倍に増幅。重厚な見た目に反し、オリンピック選手を凌駕する瞬発力を発揮する。
傭兵は右手に握ったタクティカル・ショットガンの装弾数を確認し、左手のハンドガンのセーフティを外した。
彼が目指すのは、岩壁に偽装された“研究施設入り口”だ。
「"ケルベロス部隊"、応答しろ。……駄目か」
傭兵は幾度となく通信を試みるが、返ってくるのは虚しいノイズだけだった。
「……した方ない。行くか」
"青い死神"と呼ばれた一人の傭兵はバイザーの視覚モードを索敵用に切り替える。そして銃を構え直して迷いなく、〘地下研究施設〙への出入り口の方へと歩む。
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カモフラージュされた重厚な鋼鉄の扉を抜け、エレベーターで一気に深部へと降下する。
――ピン。
エレベーターが〘地下研究施設〙に到着と同時に電子音と共に扉が開く。
眼前に広がっていたのは、無機質な白に彩られたはずの研究施設。しかし、そこには"静寂"という名の異常が満ちていた。照明は明滅を繰り返し、パチパチと電気系統がショートする音だけが廊下に響き渡っている。
「……妙だな。静かすぎる」
傭兵はショットガンを水平に構えたまま、慎重に歩みを進める。タクティカル・バイザーが廊下の隅々までスキャンするが、動体の反応はない。
廊下を数十メートルほど進んだ。
――その時だった。
バイザーが複数の熱源――いや、かつて熱源だったものを捉えた。
「……これか」
視線の先には、折り重なるようにして倒れている男たちの姿。
彼らは黒いタクティカルウェアに身を包み、防弾ヘルメットと防毒マスクを装着した、まぎれもない特殊護衛部隊の"ケルベロス"の隊員たちだった。
傭兵は倒れている隊員の一人に近づき、片膝をついて生存を確認する。首筋に指を添えるが、脈動はない。
「死んでる。……だが、殺され方がおかしい」
死体を確認するカイトのバイザーに、異常な光景が映し出された。
隊員の一人は、胸部装甲ごと何か鋭利な“刃”のようなもので一突きのうちに貫かれていた。それだけではない。別の隊員に至っては、外傷が少ないにもかかわらず、まるで全身の水分と血液を根こそぎ吸い取られたかのように、肌が枯れ木のように干からび、"ミイラ化"していた。
「この状態はまさか―血を一滴残らず吸われた、のか……?」
傭兵は顔を別の方に向けるとそこには床に、ケルベロス隊員たちが最期まで抵抗した証拠が残されていた。
無数に刻まれた弾痕。そして、床にバラバラと散らばったサブマシンガンの空薬莢。彼らは間違いなく、自分たちの手に負えない“何か”に向かって全弾を叩き込んだはずだ。
だが、そこにあるのは人間側の死体だけ。
敵の血痕も、死骸も、一切残されていない。
(一体、どう言う事なんだ?これほどの精鋭が、一矢報いる事に出来ず、全滅したって、言うのか……!)
傭兵の背筋に冷たいものが走る。
その時、明滅する照明が完全に消え、非常用の赤いランプが廊下を血の色に染め上げた。
ギチ……ギチギチッ……。
天井のダクトの奥から、硬い爪が金属を引っ掻くような不気味な音が、ゆっくりと近づいてくる。
傭兵はショットガンを天井へ向け、タクティカル・バイザーの索敵モードを最大出力まで引き上げた。
(音源探査、距離15、12……急速に接近中。サーマル、反応なし。光学スキャン、検知不能だと!? バカな…!)
バイザーの高度なセンサー群が、頭上の物体を捉えきれない。音は確かに聞こえる。しかし、熱源も、輪郭も、そこには“存在しない”かのように処理される。
直後、赤い非常灯の光線さえ吸い込むような、深い闇の塊がダクトから音もなく舞い降りた。
「……!」
――傭兵は息を呑んだ。
暗闇の中で輝いたのは、顔部の中心に位置する、毒々しくも宝石のように美しく、紫色の巨大な双眸――その瞳は怪しく燐光を放ち、見つめる者の魂を吸い込むような冷徹な知性を感じ、光を完全に吸収する深い黒色の皮膚のようで筋肉のうねりを想起させる有機的な流線型を併せたような、奇妙な人型の生物と傭兵は対面する。
人の形をした、その生物は不気味な紫色の双眸を傭兵へ固定した。まるで、これから屠る獲物の価値を品定めするかのように。
(まさか…、コイツが"ケルベロス護衛部隊"を…?)
バイザーが敵の戦闘力を再計算する。表示された推定脅威度は、これまで見たことのない計測不能を示していた。
(……!)
傭兵は直感した。正面から戦えば、自分も"ケルベロス護衛部隊"と同じ、ミイラにされるか、アーマーごと貫かれる。
傭兵は戸惑う事なく、タクティカル・ショットガンのトリガーを引いた。
――ドォォォンッ!!
至近距離で放たれた12ゲージのスラッグ弾が、人型生物の顔面へと炸裂する。同時に、傭兵はコバルト・セラミックの装甲を限界まで駆動させ、降りて来たエレベーターの方へと全力ダッシュを開始した。
「グワ"ァ"ア"ァ"ア"ァ"ア"ァ"ア"ア"アッ!!」
ショットガンの衝撃で人型生物の首が大きく仰け反る。しかし――奴に傷一つ付いていない。奴は即座に体制を立て直すと、傭兵の後を追って、壁や天井を縦横無尽に駆け抜け始めた。
傭兵は走りながら、左手のハンドガンを背後へ向け、盲目的に連射する。
パパパンッ! パパパンッ!
「くッ!」
弾丸は人型生物の周囲の壁を砕き、わずかにその動きを鈍らせる。しかし、奴は驚異的な反応速度で弾道を回避し、あるいはその装甲並みの皮膚で弾き返しながら、確実に距離を詰めてくる。
エレベーターホールまでの距離、あと50メートル。
背後から、風を切る音が迫る。
(急げ急げ急げ…!)
傭兵は更に足の速度を上げる。
死が背後に迫り来る直前、エレベーターホールのコーナーへと飛び込んだ。
そこには、先ほど降りてきたエレベーターが、まだ扉を開けたまま待機していた。
「くッ…! 早く閉まれッ!」
傭兵はエレベーターに飛び込み、閉ボタンを連打した。
赤いランプに照らされた廊下の奥から、紫色の双眸が凄まじい速度で迫ってくる。
両手の鋭利な爪を突き出し、エレベーターの扉の隙間に滑り込ませようとした、
――その瞬間。
――ガシャンッ!!
重厚な鋼鉄の扉が閉まり、次元獣の爪を弾いた。
直後、ドンッ! という凄まじい衝撃が扉の外側から加わり、エレベーターの箱が大きく揺れた。
しかし、扉は破られず、エレベーターはゆっくりと上昇を始めた。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
ヘルメット内部で、傭兵の荒い呼吸が響く。
バイザーのコンソールを操作し、スーツの損傷レポートを確認した。
(スーツ損傷なし。弾薬消費、ショットガンの弾数が2発、ハンドガンが6発。サブマシンガンは使われなかったから、まだ、弾はたっぷり残っている)
バイザーの赤いツインアイが、エレベーターの表示板を見上げる。
地下5から地上へと、一つ上がるごとに点滅するたびに傭兵は思った。
死の淵から遠ざかっている――そんな気がした。
「……ふぅ。ひとまず、撒けたか」
傭兵は壁に背を預け、わずかに強張った筋肉を緩めた。だが、その安堵は一瞬にして粉砕される。
――ギィィィィンッ!
耳を劈く金属音が響くと同時に、足元の鋼鉄の床から、長さ40センチもある鋭利な爪が突き出してきた。
「なにっ!?」
傭兵は咄嗟に壁側へと飛び退く。しかし、攻撃は止まらない。今度は左側の壁から、鋼鉄を紙のように切り裂いて、人型生物の別の爪が突き出された。傭兵のバイザーをかすめ、頬の装甲に火花を散らす。
(クソッ!ここじゃ、狭すぎる……! 回避が間に合わん!)
エレベーターという名の"檻"の中で、逃げ場のない死の刺突が四方八方から襲いかかる。壁の向こう側、外壁に張り付きながらエレベーターと同じ速度で上昇している"奴"の気配が、バイザー越しに伝わってくる。
「舐めるなッ!……バケモノめッ!」
傭兵は体勢を崩しながらも、左手のハンドガンを壁の穴に向けて固定した。
――パンッパンッパンッ!
至近距離からの三連射。貫通力に特化した弾頭が、壁の向こうに潜む影を叩く。
「グワ"ァ"ア"ァ"ア"ッ!」
外壁からくぐもった、金属を擦り合わせるような悲鳴が響いた。突き出されていた爪が、音を立てて引き抜かれる。
しかし、地上まではあと少し。今度は天井がひしゃげ始めた。上から奴が重力に従って押し潰そうとしているのだ。
「これならどうだ!」
傭兵は右手のタクティカル・ショットガンを真上へ突き出し、残りの弾丸を天井の歪みに向けて全弾叩き込んだ。
――ドォォンッ! ドォォンッ!
凄まじい衝撃波がエレベーター内に吹き荒れ、換気口のパネルが吹き飛ぶ。同時に、天井に乗っていた重量物が、衝撃に耐えかねて弾き飛ばされる感触があった。
――ピン。
ようやく、エレベーターが地上階に到達する。扉が開くと同時に、傭兵は転がるようにして外へと飛び出した。
「ハァ…ハァ…ハァ……死ぬかと思った…」
背後を振り返る暇もなく、傭兵は直ぐ様、深夜の断崖絶壁を駆け抜け、波打ち際に停めていた高速ボートへと飛び込む。
ボートのエンジンが咆哮を上げ、島から離れていく。
ある程度の距離を確保したところで、傭兵はヘルメットを脱ぎ捨て、荒々しく髪を掻き揚げた。バイザーの通信機を起動し、本部へと秘匿回線をつなぐ。
「……こちら"ブルー"。報告する。〘地下研究施設〙の調査結果を報告する。特殊護衛部隊"ケルベロス"及び研究者達は……全滅だ。一人の生存者もいない」
ノイズ混じりの通信相手が沈黙する。
「その後、主犯と思われる、謎の人型の姿をした未確認生物と遭遇。未確認生物の特徴はダークメタリックの装甲と恐らく、知性を持った生命体だと思われる。恐らく、自分が推測に当たり例の“次元獣”と関係する未確認生物だと思われる」
傭兵は通信を切り、今なお震える自分の手をジッと見つめ、そして顔を上げ島の方に顔を向ける。
「〘ティル・ナ・ノーグ〙はもう終わりだ。明日、何も知らない観光客たちが……地獄を見るぞ」
傭兵は呟く――。
リゾートアイランド〘ティル・ナ・ノーグ〙にいる観光客達が後に待ち受ける災厄を――。
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一方、静まり返った島の北端。
エレベーターのシャフトから、一本の"爪"が這い出してきた。
「ギィ…ッ」
人型生物は、先ほどの傭兵の銃撃により、左肩の一部から青白い燐光のような血液を滴らせていた。しかし、その負傷さえも瞬時に再生を始めていく。
重厚な身体をゆっくりと持ち上げ、地上へと這い上がった。
紫色の双眸が、遠く離れていくボートの光を冷徹に見つめる。しかし、深追いはしなかった。今の人型生物の視線は、島の中心部――華やかな明かりが灯る方へと視線を向けられていた。
そこには、自分をより満たしてくれるであろう、数多の|生生命エネルギーが溢れているからだ。
そして人型生物は音もなく身を翻すと、鬱蒼と生い茂る茂みの中へと風に揺れる木々の音に紛れ、その気配は完全に消えていった――。




