海と浜辺と少年たち
翌日の朝は、あまりにも残酷なほどに美しかった。
窓の外に広がる水平線から昇った太陽が、ホテルの白い外壁を反射し、世界を黄金色に染め上げていく。その強烈な光の矢の一筋が、カーテンの僅かな隙間を潜り抜け、ベッドで泥のように眠っていたタケルの瞼を的確に射抜いた。
「……う、うぅん……」
タケルは眩しさに顔を顰め、無意識に枕を頭に押し付けたが、南国の太陽は容赦がない。網膜に焼き付くような赤みが、彼の意識を強制的に覚醒へと引きずり戻した。ゆっくりと双眸を開くと、そこには昨日までの日常とはかけ離れた、高純度の青空が広がっていた。
「……ふわぁ……。よく寝たぜ……」
大きく伸びをしながら起き上がると、隣のベッドではケンが既に身を起こしていた。彼は寝癖のついた髪を気にする様子もなく、横の棚に置いてあった眼鏡を手に取る。レンズを指先で軽く拭い、鼻梁に掛ける。
「おはよう、タケル」
「おぅ、ケン。相変わらず、お前は起きるのが早いな。……あぁ、モンタの野郎はまだあんな感じか」
二人の視線の先では、モンタが「デュフフ…♪おかわり……」と、昨夜の愛先輩との時間を引きずったような寝言を漏らしながら、抱き枕を愛おしそうに締め上げていた。
三人はそれから、競い合うように洗面台で顔を洗い、歯を磨いた。鏡に映る自分たちの顔は、昨夜のトランプ大会の疲れも見せず、これから二日目のリゾートをまた、気持ちが高揚感に三人揃って内心、期待に満ち溢れていた。
ホテルのメインダイニング“アクア・テラス”へ向かうと、そこには既に愛先輩と、その母親である灰坂翠の姿があった。
「おはよう、みんな! 昨日はよく眠れた?」
愛先輩は、朝の光を味方につけたような眩しい笑顔で手を振った。今日は浴衣ではなく、涼しげなサマードレスを身に纏っている。その白さが、彼女の透明感をさらに際立たせていた。
「おはようございます、愛先輩、翠さん」
「おはよう、タケルくん。ケンくんにモンタくんも。ちゃんと朝ごはんは食べていってね」
翠が優しく微笑む。三人は二人と同じテーブルを囲み、リゾート特製のモーニングビュッフェを堪能した。話題は自然と、昨夜愛先輩が話していた"ビーチ"のことへと移る。
「今日は海を見に行くんだろ? まぁ、生憎水着なんて、持って来てねぇから、泳げないのは残念だけどさ」
タケルがパンを頬張りながら言うと、愛先輩が楽しそうに小首を傾げた。
「ふふ、大丈夫よ。お母さんが素敵な手配をしてくれたの。浜辺のすぐ近くにある専用のコテージを貸し切って、そこでBBQができるように従業員の方が準備してくれてるんですって。お昼頃になったら、そこへ向かいましょう」
「BBQ……! 沢山、肉が食べられるんだね!」
肉という単語に反応して、ようやく完全に目が覚めたモンタが身を乗り出す。
「ええ。波音を聞きながら、最高級の食材を焼く……贅沢な時間になりそうですね」
ケンの言葉に、一同の期待は最高潮に達した。午前中は自由時間として、まずは三人で浜辺の下見を兼ねて遊びに行くことが決まった。
ちなみに愛先輩も誘ってみたが「ごめんなさい。私はお母さんと一緒にショッピングモールでちょっと買いたい物があるから。お昼頃にコテージで集合でね」と断られ、それを聞いたモンタはがっかりしたのも言うまでもなかった。
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朝食を終えた三人は、急いで部屋に戻ってラフな服装に着替えると、弾むような足取りでホテルの玄関ホールへと向かった。自動ドアが開いた瞬間、肺いっぱいに流れ込んできたのは、潮の香りと、生命力に満ちた夏の匂いだ。
「よし……海だぁーーー!!」
タケルが叫びながら砂浜へと駆け出す。
目の前に広がるのは、言葉を失うほどに透き通ったエメラルドグリーンの海。波打ち際では白い泡が宝石のように弾け、遥か彼方では空と海が境界線を失って溶け合っている。
ケンはその場に立ち止まり、静かにその光景を見つめた。
(……綺麗すぎる。まるで、誰かが作り上げた完璧なジオラマみたいだ)
そんな少し冷めた思考さえ、頬を撫でる湿った潮風が霧散させていく。
一方、タケルとモンタは既に野生に帰っていた。
「おいモンタ! あの左端にあるデカい岩まで、どっちが先に着くか勝負だ!」
「望むところだぜタケル! 負けた方が肉の焼き係だからな!」
「いくぜ!よーい!――ドンッ!!」
乾いた砂を蹴り上げ、タケルとモンタが渚を駆けていく。
影が短く足元に落ちる、真昼に向かう時間。
その輝かしい光景を、ケンは眩しそうに目を細めて眺めていた。
――だが…。
そんな三人の背後、遥か遠くのホテルの影からあるいは、足元の砂の下、深く深く沈んだ暗闇から紫色の視線が、その無邪気な背中をじっと見つめていることに、今はまだ、誰も気づいていなかった――。




