碧海に響く楽園、〘リゾートアイランド・ティル・ナ・ノーグ〙での休日
―――3日後。
カレンダーがめくられ、4月が去った5月2日――。
世間がゴールデンウィークの浮足立った空気に包まれる中、タケル、ケン、モンタの三人は、かつてない高揚感の中にいた。
三人が降り立ったのは、チケット持ちの人のみが参加出来るリゾート、『ティル・ナ・ノーグ』。
「すっげぇ……。ここ、本当に島なのかよ!?」
タケルが叫ぶのも無理はない。目の前に広がるのは、人工島とは思えないほど透き通ったエメラルドグリーンの海と、空を突くような超近代的なホテル群。そして、それらを繋ぐ巨大なショッピングモールやアトラクション施設。まさに「"常若の国"」の名にふさわしい、現代の楽園だった。
憧れの先輩と、大人の余裕
「ふふっ、みんなそんなに驚いてくれるなんて、誘った甲斐があったわね♪」
涼やかな声に振り返ると、そこには今回の招待主である灰坂 愛先輩と、その母親である灰坂 翠さんが立っていた。
愛先輩の私服姿は、学校で見せる制服姿とは一変していた。白のオフショルダーのブラウスに、タイトなデニムのショートパンツ。シンプルながらも、その抜群のスタイルが強調されている。
「……ぐふっ、愛先輩、マジで天使っすッ///……」
案の定、モンタがデレデレと鼻の下を伸ばし、魂が抜けかかったような顔で愛先輩を見つめている。
そんなモンタに対し、タケルとケンは完全に同期した動きで、氷のように冷たいジト目を向けた。
「おいモンタ、ヨダレ拭けよ。見苦しいぞ」
「本当ですね」
翠さんはそんな少年たちのやり取りを微笑ましそうに眺めながら、「二泊三日、存分に楽しんでちょうだいね」と、大人の余裕たっぷりに告げた。
一行が向かったのは、島内でも最大級の規模を誇る屋内型アミューズメントパーク。そこは最新技術の結晶とも言える遊びの殿堂だった。
最初にタケルが真っ先に飛び込んだのは、体感型のガンシューティングゲーム。
「シミュレーション特訓の成果、ここで見せてやる!」
画面内を埋め尽くす敵に対し、タケルは野生的な勘で次々とヘッドショットを決めていく。
一方、モンタは愛先輩を誘って音楽ゲームのブースへ。
「愛先輩、俺の華麗な指さばきを見ててください!」
下心が透けて見えるモンタだったが、隣でプレイする愛先輩の完璧なリズム感に、逆に圧倒されることになる。二人が背中合わせで高難易度の曲をクリアしていく姿は、図らずも会場を盛り上げる最高のパフォーマンスとなっていた。
そしてケンが選んだのは、実車さながらの挙動を再現したレーシングシミュレーター。
バケットシートに深く腰掛け、ハンドルを握るケンの目つきが変わる。
(ここでなら、誰にも邪魔されずに……)
急カーブをドリフトで切り抜け、最短ルートを突っ走る。その精密なドライビングは、まるで心の中にある「日常」というブレーキを外していくかのようだった。
アミューズメントパークで存分に時間を忘れるぐらいに四人とも各々、夢中に楽しんだ。
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一通り遊び終え、三人が少し離れて休憩している隙に、ケンはスマートフォンを取り出した。
画面を開くと、SNSのダイレクトメッセージには、先ほどリーリアから届いた『山のキャンプ場』の爽やかな写真が届いている。
ケンは周囲を素早く確認した。
タケルはコーラを一気飲みし、モンタは愛先輩に必死に話しかけている。
(よし、今だ…!)
ケンは、自分がレースゲームで叩き出した驚異的なスコア画面と、テラスから見えるティル・ナ・ノーグの美しい夕景をセットにして、花見さんへと送信した。
【ケン】:『予定通り、ティル・ナ・ノーグに到着しました。
さっきのレースゲーム、自己ベスト更新です。花見さんのキャンプも、空気が美味しそうですね。』
送信ボタンを押した直後、画面の向こうで【既読】がつく。
わずか数秒後、花見さんから『ふふっ、石谷くんらしいわね。後でそっちの贅沢な夕食の写真も期待してるわ♪』という返信が届き、ケンの頬がわずかに緩む。
「おーい、ケン! 何ニヤニヤしてんだよ、次行くぞ!」
タケルの声に、ケンは慌ててスマホをポケットに隠した。
「なんでもないよ。さあ、次、どこに行く?」
三人の友情と、愛先輩への憧れ。そして、誰にも言えないケンと花見さんの秘密の交流――。
リゾートアイランドでの休日は、まだ始まったばかりだ。
ティル・ナ・ノーグの夜は、昼間とは一転して静謐な空気に包まれていた。島の各所に配置されたライトアップが、波打ち際を宝石箱のように彩っている。
豪華な夕食を終えた一行が向かったのは、島内でも目玉のスポットの一つ、《常若の海・ナイトアクアリウム》。夜間限定で開放されるその場所は、最新のプロジェクションマッピングと巨大水槽が融合した、幻想的な空間だった。
“綺麗なお姉さん”と少年の真っ直ぐな瞳
水族館の入り口、淡いブルーの照明の下で、灰坂翠さんは夜風に吹かれて髪をかき上げた。落ち着いた深い緑のワンピースを纏った彼女の姿は、リゾートの夜に溶け込むほどに美しい。
「夜の水族館なんて、何年ぶりかしら。空気が少し変わって、ワクワクするわね」
翠さんが優しく微笑むと、隣を歩いていたタケルが足を止め、マジマジとその顔を見つめた。
「……あのさ、翠さん」
「なあに、タケルくん?」
タケルは照れる様子もなく、心底感心したように、一点の曇りもない笑顔で言い放った。
「翠さんって、本当に綺麗だよな! 最初会ったとき、愛先輩の本当のお姉さんかと思ったもん。こんなに綺麗なお姉さんと一緒に歩けるなんて、俺、世界一の幸せ者かも!」
「あら、まあ……っ///」
あまりにもストレート、かつ裏表のない称賛。翠さんは一瞬驚きに目を見開いたが、すぐに頬を染めて、少女のように「うふふ」と声を立てて笑った。
「タケルくん、あなたって、……女の子を喜ばせる天才ね。ありがとう、すごく嬉しいわ♪」
少し離れたところでそれを聞いていたケンとモンタは「あいつ、あんなセリフを自然に……」と、タケルの恐るべき"天然人たらし"ぶりに戦慄していた。
水族館の内部は、まるで深海へ潜っていくような演出が施されていた。頭上を巨大なジンベイザメやエイが悠々と泳ぎ、銀色の光を放つイワシの群れがダンスを踊る。
タケル、ケン、モンタの三人は、巨大なアクリルパネルに張り付くようにして、蒼い世界に夢中になっていた。
「見てくれよケン、あのエイ、笑ってるみたいだぜ!」
「本当だ。それにしても、この照明の設計は素晴らしいな。水の屈折を計算し尽くしている……」
「愛先輩! あの魚、愛先輩の瞳の色に似てて綺麗ですよっ!」
そんな三人の少年たちの背中を数歩後ろから眺めながら、翠さんは隣の娘に、いたずらっぽく小声で耳打ちした。
「ねえ、愛。あなた、あの三人の中で誰が一番好みなの?」
「……っ!!? お、お母さんっ!?///」
静かな館内に、愛の裏返った声が小さく響いた。彼女は耳の付け根まで真っ赤に染め、激しく首を振る。
「からかわないでよ、もうっ! 私は、三人ともただの友達……友達だからっ!///」
「あら、そう? 私はてっきり、あの真っ直ぐなタケルくんか、落ち着いたケンくんか、それとも健気なモンタくんか……誰か一人くらい、特別枠がいるのかと思ったのだけど」
「もう、本当にやめてよお〜…///」
愛は両手で熱くなった頬を押さえ、足早に少年たちの元へ駆け寄っていった。その背中は、幻想的な水槽の光に照らされ、どこか落ち着かないように揺れていた。
一方、ケンは魚の群れを見つめるふりをしながら、ポケットの中でスマホを震わせた。
(今だ……)
水槽の淡い光が、愛先輩の美しい横顔を照らした瞬間。ケンはさりげなくその幻想的な光景を写真に収めた。もちろん、主役は夜の水族館だが、端には密かに愛先輩やタケルたちの楽しそうな気配が写り込んでいる。
彼はそれを、日本のどこかの山でキャンプファイアを見つめているであろう、花見さんに送った。
【ケン】:『夜の水族館に来ています。
深海の中にいるみたいで、少しだけ花見さんの髪の色を思い出しました。
こちらは賑やかですが、そちらは静かな夜ですか?』
――送信。
数分後、スマホが短く振動する。
【花見】:『……バカね。
でも、その写真、とっても綺麗。
私は今、火を眺めているわ。少しだけ、そっちの海が羨ましいかも』
ケンは画面を見つめて、小さく独りごちた。
「……僕もですよ、花見さん」
水族館の中で、皆の眼を盗んでこっそりSNSでのやりとりをするケンと花見。
そんなリゾートアイランド〘ティル・ナ・ノーグ〙の夜、蒼い光が降り注ぐ水槽の前、ケンはスマホをポケットの奥へと仕舞い込んだ。画面越しに交わされた花見さんとの言葉が、胸の奥で小さな熱を帯びている。
「おーい、ケン! 何してんだよ。次行くぞ、次はサメのトンネルだってよ!行ってみようぜ!」
タケルの元気な声が静かな館内に響き、現実に引き戻される。振り返れば、そこには愛先輩の母親である翠さんと楽しそうに話し込むタケルと、愛先輩の隣を死守しようと奮闘するモンタの姿があった。
「今行く!ちょっと、魚の影が綺麗で見惚れていただけですよ」
ケンは努めて冷静な声を出して駆け出し、皆の輪へと加わる。




