プロローグ―次元に次ぐ勇士たち―
その場所には、上下左右の概念すら存在しない。
極光のような色彩が混濁し、ガラスの破片のような時空の歪みが浮遊する「次元の狭間」。そこで、一機の巨神が孤独な死闘を繰り広げていた。
その名は、ゾーンGロボ。
かつては白銀に輝いていた装甲は、異形の怪物《次元獣》たちの執拗な攻撃により至る所が焼けただれ、内部機構からは激しい火花が散っている。右の肩口は大きく削り取られ、本来の輝きを失ったメタリックレッドのボディが痛々しく虚空に浮かんでいた。
「……ここまで、なのか……」
コクピットに座る次元超人は、意識を失いかける中で自らの血を拭った。彼の視界の先には、漆黒の闇から無限に湧き出す次元獣の群れが、次元の境界を食い破らんと牙を剥いている。この防衛線が突破されれば、隣接する美しき世界――地球は、一瞬にして彼らの捕食場と化すだろう。
「私の命が尽きようとも……この『希望』だけは、次の勇士へと繋がねばならないッ!」
次元超人は最後の力を振り絞り、胸のマルチコアを輝かせた。
「次元航行回路、限界突破! 全エネルギーを時空突破に回せ!」
ゾーンGロボが眩い黄金の光に包まれる。次元獣たちの絶望的な咆哮を置き去りに、鋼鉄の巨神は自ら空間を砕き、未知なる座標――日本の地方都市「櫻魅耶」へと跳躍した。
――地方都市、櫻魅耶。
坂道が多く、街の至る所に季節外れの桜が舞い落ちるこの街には、不思議と穏やかな時間が流れていた。その街外れ、鬱蒼とした山奥に、子供たちの笑い声が響く場所がある。
「よしッ、二階テラスの補強、完璧だぜ!」
声を上げたのは、竹澤尊、11歳。
羽山小学校5年生の彼は、クラスで一番の長身を誇り、逆立った茶髪を揺らしながら屋根から軽やかに飛び降りた。鼻の頭に絆創膏を貼ったその顔には、少年らしい無敵の自信が溢れている。
「タケル、あんまりドタバタしないで。この自家発電ユニット、まだ回路が不安定なんだから」
一階の作業デスクで、無数のジャンクパーツとノートPCに向き合っているのは、石谷謙三、11歳。
三人の中で一番小柄だが、その知能は大人顔負けだ。タケルやモンタが拾ってきたガラクタを魔法のように修理し、この秘密基地を快適な空間に作り変えている。
「大丈夫だよ、ケン君! タケル君は身が軽いから! それより見てよ、この特製ベンチ。僕が一人で運んだんだ!」
丸太のようなベンチを軽々と肩に担いで現れたのは、桃谷門田、10歳。
尊の次に背が高い彼は、早生まれのため10歳だが、三人と同じクラスに通う幼馴染だ。父が元プロレスラーということもあり、日々鍛え抜かれたその身体は、小学生とは思えない筋肉の躍動を秘めている。
幼稚園の頃からの腐れ縁で三人それぞれ、「タケル」「ケン」「モンタ」のあだ名で呼び合う仲。三人にとって、この古い二階建ての廃屋を改造した《秘密基地》は、大切な《秘密基地》だった。
「へへっ、せっかくだし、ケン、何か面白い動画がでも観ようぜ!」
「僕も賛成! 」
「はいはい、いま、検索するからちょっと、待って」
そんな、いつも通りの、平和で最高な土曜日の午後――。
――しかし。
――パリィン!
それは突如として、櫻魅耶の空が割れた。
「……え?」
タケルが空を見上げた瞬間、轟音が鼓膜を突き抜けた。
青空に、まるで巨大な鏡を叩き割ったような亀裂が走り、そこから燃え盛る巨大な「塊」が落下してきたのだ。
――ドォォォォォンッ!
衝撃波が森を揺らし、秘密基地の窓ガラスが震える。
砂塵が舞う中、三人は恐怖よりも先に、抑えきれない好奇心と使命感に突き動かされて駆け出した。
クレーターの中心に鎮座していたのは、見たこともない巨大なロボットだった。
傷だらけの鋼鉄の身体。しかし、その奥底からは神聖なほどの威厳が漂っている。
「なんだよ……これ、本物のロボット……!?」
「信じられない……。現存するどの国の軍事技術も、この構造を説明できないよ……ッ!」
驚愕するタケルとケンの横で、モンタが異変に気づく。
「……見て! 誰か出てくる!」
ロボットの胸部ハッチがゆっくりと開き、光の粒子と共に、透き通るような姿をした次元超人が三人の前に降り立った。しかし、その姿は今にも消えてしまいそうなほど薄い。
『若き少年たちよ……』
超人の声が、直接脳内に響く。
『私の名は次元超人……。次元の狭間で敗れし者。だが、私の力は尽きた。次元獣の侵攻を止める手立ては……もはや、私にはない……』
「"次元、獣"……? 何言ってんだよ、あんた!」
『君たちに……この世界の未来を託す。この"ゾーンGロボ"と共に……戦ってくれ……』
「さっきから何の話をしてんだよ! 僕らに一体、何しろってんだよ!」
ケンの叫びに、超人は穏やかに微笑んだ。
『君たちの瞳には、未来を切り拓く勇気の灯がある。……これを受け取れ。次元を結ぶ、魂の絆だ』
超人が最後の手をかざすと、三人の腕に黄金のガジェット――《ゾーンブレス》が装着された。
それと同時に、次元超人の姿は光となって消滅し、三人のブレスから激しい光が放たれた――。
やがて光は三人の《秘密基地》である廃屋を包み込んだ。
「うわわっ、基地が……基地が勝手に動いてる!?」
モンタが叫ぶ通り、古びた木材の床が、壁が、一瞬にして超合金の装甲へと組み換わっていく。
二階建ての廃屋は、地下へと深く沈み込み、そこには三機のマシーンを格納する巨大なドーム状の秘密ドック――《ゾーン・ハイド・ベース》が誕生した。
「……なんだよこれ、夢じゃないんだよな?」
タケルが自分の腕のブレスを見つめる。
――その時。
ベース内のメインモニターに、櫻魅耶の市街地が映し出された。
そこに空の亀裂から、おどろおどろしい黒煙が噴き出し、そこから巨大な棘を持つ怪物――《次元獣》が現れた。




