8・責任転嫁
翌朝。いつもなら朝一で教会へ顔だけは出すはずのミレシアは、昨日の朝に引き続いてやはり今日も姿を見せなかった。
ミレシアの昨夜見せた意味深な態度は、一夜明けた今も頭の片隅にひっかかったままだ。
エルティアナ様の像の前でひざまずき、祈りの言葉を口にしながら、私はどうにか心を落ち着かせようとしていた。
(初代聖女・エルティアナ様。我々セレノレア国民が、今日一日を平和で穏やかに過ごせますように……)
そうして、朝の祈りを終えようと私が目を開いた……その時だった。
教会の扉が乱暴に開かれ、足音と叫び声が教会に満ちていた静寂を容赦なく切り裂いた。
「レティノア、大変よ!」
「祈りを捧げている場合じゃない! 今すぐ顔を上げろ!」
叫び声の主は、見慣れた顔だった。
フランヴェール伯爵とその夫人――私の父と継母だ。
「お父様、お義母様……どうしてこちらに」
私は立ち上がり、そっと祈りの姿勢を解く。
彼らがわざわざ教会に足を運ぶなんて、珍しいこともあるものだ。彼らが嫌う私が教会に常駐しているせいもあるのだろう。普段なら滅多なことがない限りは訪れてきたりはしないのに。
「ミレシアがいないの!」
「最後にミレシアの姿を見た目撃情報があるのは教会なんだ! レティノア、何か知らないか!」
慌てた様子でバタバタと駆け寄ってきた二人は、私に向かって口々に叫んだ。
(ミレシアが、いなくなった!?)
「た、確かに昨夜遅くにミレシアが教会へ来ました。ほんの少しだけ話して、すぐに帰っていきましたが……」
どもりながらも返した私の言葉に、継母が瞬間ぐわっと目を見開く。
「姉のくせに、どうして止めなかったの! あなたが引き止めるべきだったでしょう!」
そう言われても困る。こちらとしては、ミレシアがあの後失踪するなんて知るわけが無いのだから。
……違う。ヒントは与えられていた。
私の脳裏には、去り際のミレシアの言葉が繰り返し再生されていた。
『あたしがいなくなれば、あの人たちもきっと気づくわ。あたしにふさわしいのは誰なのかって』
だが、誰が思うだろう。まさか、本当に翌日姿をくらませるなんて。
「ミレシアがいなくなったのはあなたの責任よ、レティノア! あなたがミレシアに最後に会っているんだから!」
癇癪を起こしたように私を責めたてる継母の声が、教会の高い天井によく響いた。
私は困惑しきったまま、ただ言葉を失って立ち尽くすしかない。
「昨夜からミレシアの様子は少しおかしかったが、その時は深く考えなかったんだ。だが、今朝になってミレシアの部屋にいくと、置き手紙があったんだ。……アレクシスのもとへ行くと」
父はそう言うと、握りしめていた手紙を私の方へ見せた。そこには確かに、ミレシアの筆跡で文章がしたためられていた。
「私たちもアレクシス――ローヴェン伯爵家へ行ったが、2人とも昨夜のうちに姿を消している」
父は手にしていた紙片を悔しげに握りしめた。
継母は耐えられないとばかりに、ブロンドの髪を乱暴に掻きむしっている。
「朝から色んなところをまわって、2人の姿を見てないか尋ねたわ! ミレシアの最後の目撃情報が教会だったのに、あなたなんてことをしてくれたのよ!」
私は言葉を返せず、ただ唇を噛み締めていた。
父はどこか焦りを滲ませる表情で顎に手を当て、何やら考え込んでいる。
「しかし、ミレシアがいなくなったことが陛下に知れたらまずい……。クラウス殿との婚姻はミレシアに受けさせるつもりだったが、こうなった以上は――」
(クラウス様と、ミレシアが婚姻……?)




