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偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。  作者: 雨宮羽那
第5章

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54/56

54・決別


 クラウス様が聖騎士へ合図を送ろうとしたその瞬間、父が突然身を翻した。

 逃げようとしたのだ。

 だが、聖騎士たちはすでに動いていた。

 父の腕を掴み、継母の体を押さえ、二人の背に隠れていたミレシアも、逃げ道を塞がれていく。

 

「……ああ、それから。離婚願いが代筆だった件で、王妃殿下もお怒りだそうだ。陛下への申し開きが済み次第、そちらにも対応するように」


 ふと思い出したように付け加えたクラウス様に、継母は拘束を振りほどこうと暴れながら、クラウス様をきつく睨みあげる。


「……っ何がいけないって言うのよ!! 私は何も悪いことはしてないわ!!」


 髪を振り乱しながら継母が叫んだ。そこにはもう、いつもの余裕さは欠片もなかった。


「私はただ、自分の愛おしい娘が幸せになれるように努力しただけよ! レティノアは実の父親にすら愛されていないじゃない。だったら存在する価値なんてないわ! その立場をミレシアにって思うのは当たり前でしょ!!」


 (……っ)


 継母の悲鳴のような声が、不意打ちのように私の胸へ刺さった。その言い分に正当性などないはずなのに、無性に息苦しくなった気がした。

 

「私が、どれだけフランヴェール伯爵に取り入るのに苦労したと思っているの!? 19年もの間、ミレシアをフランヴェールの血を引く伯爵の娘だと思わせるのにどれだけ気を配っていたと――ッ!!」


 (……あ)

 

 勢いのままに叫んで、継母の口がそこで止まった。

 自分が失言してしまったと気づいたらしい。


 前庭はしんと静まり返っていた。父は呆然と継母を見つめている。

 その瞳には、怒りよりも深い失望が浮かんでいるように見えた。


「……お前、それは……。ミレシアは私の子ではないということか? 今までずっと騙していたのか?」


 継母へ問う父の声はかすかに震えていた。

 継母はというと、自分の失言にすっかり気が動転しているのか、目を泳がせている。

 

「……ち、違いますわ……! 私はただ……!」

 

「私は、ミレシアにも聖女の力があると信じていた。だから、お前の提案した報告書の書き換えにも手を貸したのに……。それなのに、お前は……!」


 父はそれ以上、言葉を続けることも出来ないようだった。

 聖騎士たちに拘束されている腕が、力なく落ちていく。


 継母はしばらく言葉なく俯いていたあと、やがて勢いよく顔を上げた。


「……あなたのせいよ……! クラウス・グレイフォード……!」

 

 鋭く、憎しみのこもった瞳で、クラウス様を睨みつける。


「あなたにとってフランヴェールは妻の実家でしょ!? その家庭を壊しているのにどうして平然とした顔をしているのよ! 血も涙もない悪魔のような騎士って噂通りね!!」


 (……いや、クラウス様は何もしてないでしょ)


 ミレシアがフランヴェール伯爵の実の子ではないことは、継母が勝手に口を滑らせただけだ。

 八つ当たりのような叫びに、流石に呆れてしまう。

 感情のまま怒鳴りつける継母に、ルイスも呆れているのか、深くため息をついていた。


「……どの口が言ってんだか。どう見ても自爆しただけだし、公文書変造の罪に手を染めたのはそっちの責任だろ」


 睨みつけられているクラウス様はというと、静かに一歩踏み出していた。

 その背中には、威圧も怒りもない。ただ、揺るぎない意思だけが感じられた。

 

「……悪魔のような騎士で結構。レティノアを守るためなら、悪魔でも何でもなってやろう」


 クラウス様の声が、継母の上へ静かに落とされる。

 継母はまだ何かを叫んでいたが、聖騎士たちによって連行されていった。

 父もミレシアも抵抗する力を失ったようで、聖騎士たちに連れられていく。


 私とすれ違うその一瞬、父がふと、私の方へ視線を向けた。

 久しぶりに、父と目が合った気がする。

 焦点の定まらない父の瞳には、救いを求めるような色が見えた気がした。

 

「……レティノア。私を助けろ。お前は私の唯一の娘だろう」


 (……今まで私を見たことなんてないくせに。それはあまりにも都合が良すぎるわ)


 こんな時にだけ、私を見ないで欲しい。

 私は確かに彼の娘で、聖女の血を引いている。

 そして聖女は、人々へ救いを与える存在、なのかもしれない。


 (……だけど、何でもかんでも言う通りにすることが救いじゃないわ)

 

 私に出来ることは、ここで彼を解放するよう聖騎士に訴えかけることではない。

 私は彼の娘として、聖女として、告げなくてはならない。


「……罪は償ってください。お父様」


 親子の関係の再構築も何もかも、話はそれからだ。


 フランヴェール伯爵夫妻とミレシアを乗せた馬車が、王城へと向かって走り出す。

 私の肩に乗っていた重たいものが、ようやく下りた気がした。


 

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