44・記録係は推理する
朝の祈りは後回しにすることにした。
ひとまず身支度を整え、ルイスをダイニングの方へ案内する。
ダイニングテーブルを囲んで座ると、前置きもそこそこにルイスは本題を切り出した。
「俺が教会担当の記録係をしてるってのは知ってるよな?」
「ええ」
私はルイスへ頷きを返す。
以前ルイスが教会へ来た時に、そんな話を聞いた覚えがあった。最近、教会担当の記録係に異動したばかりなのだと。
「過去の報告書を、整理がてらいろいろチェックしていたわけなんだけど、ふとあることに気づいた」
ルイスは私たちへ交互に視線を向けた。
「端的に言えば、クラウスがレティノアちゃんに助けられた記録がないんだよ」
「?」
それはどういうことだろうか。
眉根をひそめてしまった私をみて、ルイスはさらに言葉を重ねた。
「普通なら、聖女の活動――ひいては聖女の活動を代行した場合の聖女補佐官の活動も同様に、それなりに細かく報告されるもんだ。いつ、どこで、どういう状況で、どこの誰を助けました、って風にね」
ルイスの言う通りだ。
そもそも城へ提出する報告書は私が作っている。
「基本、教会側からわかりうる限りの情報が上がってきて、それを記録係がまとめて公文書にする。最悪教会側がクラウスの名前が分からなくて報告から抜けていても、レティノアちゃんの名前は報告書にないと不自然だろ。クラウスはレティノアちゃんに助けられてるわけだから」
そこまで言うと、ルイスはふうと息を吐いた。
「でもどこにもない。おかしいだろ」
私は言葉が出ずに黙るしか無かった。
三年前、私は確かに報告したのだ。夜の教会で、名も知らぬ騎士を治癒したと。
「その代わり、クラウスが助けられた日と同日に、聖女・ミレシアの奇跡なる報告書が上がっている」
「……」
その最終報告書の内容は、私もしっかりと覚えていた。
なぜなら、後日王城から最終報告書の写しとともに、ミレシアが正式に聖女になることが決まったと通知が届いたのだから。
大喜びする両親とミレシアの影で、私は何度も確認した。
しかし、報告書に書かれていたのは、『騎士の命を救ったのは聖女ミレシアの奇跡』という文章だけで、私の名前はどこにもなかった。
あの夜は、私しか教会にいなかったのに。
……私しかいなかったから、誰も証人がいなかったのだ。
親はミレシアの味方だから、私の言葉を信じるわけが無い。
「じゃあ、あの夜はクラウスの勘違いで、本当はレティノアちゃんじゃなくてミレシアちゃんに助けられたのか?」
「ありえない」
ルイスの言葉を、クラウス様は即座に否定した。
クラウス様が反応することをルイスも予想していたようで、ふっと笑って肩を竦めた。
「……とまぁ、親友がこう自信満々に断言するわけだから、その線はないとみていいだろ」
やれやれと言わんばかりに両手を宙へ向け、それからルイスは私へ視線を向ける。
「レティノアちゃんは、三年前に騎士を――クラウスを助けた記憶はあるんだよね?」
「……はい」
以前尋ねられた時は答えそこねたルイスの問いかけに、私はしっかりと頷いた。
ルイスは顎に手を当てて、考えるような仕草を見せる。
「そうなると、今度は別の疑問が出てくるわけだ。こちらのミスでレティノアちゃんがクラウスを助けた記録が抜けてしまったのか? クラウスがミレシアちゃんに助けられていないなら、ミレシアちゃんが助けた騎士は誰なのか」
ルイスは言いながら、懐から手帳を取り出した。
ページをめくって見せてくれたそこには、騎士と思われる人々の名前と、日付、それから簡単な聞き取りの内容が並んでいる。
「色々調べて回ったけど、肝心の騎士の名前が出てこないんだな、これが。手当り次第、騎士に話を聞いて回ったが、三年前のあの夜に教会へ運び込まれるほどの大怪我をおったのはクラウスだけだ。……なかなかにきな臭いだろ?」
手帳を戻すと、ルイスは大きく息を吐き出して椅子の背もたれに体を預けた。
その表情には、若干疲れが滲んでいるように見えた。
「結論として俺は、レティノアちゃんがクラウスを助けた一件が、誰かの意図によって、ミレシアちゃんの奇跡に差し替えられたと見てる。ミレシアちゃんがその日以外に、聖女の力を行使した記録は確認できなかったのも気になるしね」
「……差し替えられたって……」
ルイスの口から放たれる言葉に、私は重たいもので頭を殴られているような心地だった。
誰かが意図的に、私の報告をなかったことにして差し替えた?
そこには悪意があるように思えて、呼吸が苦しくなる。
「……俺は、当時の記録係に直接話を聞きに行こうと思ってる。ただ、ペーペーの俺じゃあ軽くあしらわれる可能性もあるわけだ。だから、当事者かつ無駄な威圧感が欲しいと思ってね」
「……俺か」
「そういうこと」
答えたクラウス様へ、ルイスはぱちりとウインクをして見せた。
重たくなってしまった空気を軽くするために、少しでも気遣ってくれたのだろう。
「わかった。出向こう」
クラウス様はひとつ頷くと席を立ち上がった。
「さすが。聖騎士団長は話が早いね」
ルイスも続けて席を立つ。
私は無意識のうちに、隣にいたクラウス様の服の裾を握ってしまっていた。
「あ……、ご、ごめんなさい」
すぐに手を離したが、クラウス様もルイスも、気遣わしげな視線を私へ向けていた。
「……すぐに戻ってくる。教会の警備には他の騎士がいるから安心していい」
「はい……」
「君は、俺たちがいい知らせを持って帰ることを願っていてくれ」
そう言って、クラウス様とルイスは揃って部屋を出ていく。
残された私は、何故か胸騒ぎを感じて、胸の前で手をぎゅっと握りしめていた。




