43・二人の朝への乱入者
朝の柔らかな光が、カーテン越しに部屋の中へ差し込んでいた。
なんだか、いつもよりも体が温かいような気がする。
それから、私の頭を優しく撫でてくれる感触。
(…………心地いい)
まどろみの中、私はゆっくりとまぶたを開ける。
目を開けた瞬間、布越しでもわかるたくましい胸元が視界に入ってきた。
クラウス様の温もりに包まれていたのだと気づいて、思わず私は息を呑んだ。
「……っ!」
同時に、昨夜の記憶がよみがえってくる。
私はどうやら、クラウス様の腕の中で眠ってしまったらしい。
「……起こしてしまったか。すまない」
私が身動ぎしたことに気づいたのか、クラウス様がふとこちらへと視線を向けた。
「い、いえ……!」
クラウス様の穏やかな声に、昨夜感じた胸の熱さが舞い戻ってくる。
それでも、どうしても伝えたくて私はそっと口を開いた。
「……クラウス様の手、とても好きです」
私の頭に触れたままだったクラウス様の手に自分のものを重ねてそう告げる。一瞬だけ、ぴくりとクラウス様の手が震えた。
「……っそうか」
照れ隠しのようにクラウス様が返してきた、ちょうどその時――。
「おおーい、クラウスー、レティノアちゃーん」
礼拝堂の方から、とても聞き覚えのある、明るく爽やかな声が響いてきた。同時に、こちらへと向かってくる足音も。
「…………」
私とクラウス様は、思わず顔を見合せてしまう。
「あれ? ここにいるんだよなー? おーい」
再度聞こえてきた声に、クラウス様は思い切り眉をひそめた。とても、不愉快そうだ……。
「レティノア。ここにいてくれ」
低く短いその言葉には、どことなく苛立ちのようなものが滲んでいるように感じられた。
「は……はい」
(……名前)
クラウス様は一度溜息を吐き出すとベッドから静かに降りる。
どうやら私の名前を呼んでくれたのは昨夜だけの特別にはしないでくれるらしい。そのことに喜びを感じるものの、現状それどころの雰囲気ではない。
壁に立てかけていた剣を片手に、クラウス様は扉へと向かっている。
(……いや、訪問者ってルイスよね?)
そこまで警戒する必要はないだろう。
私はクラウス様のあとを追うように、そろりとベッドを降りた。
「お前、なぜ勝手に入ってきている」
「いやー、至急の用事だって言ったら、聖騎士が入れてくれてさ……」
警戒心をあらわにしているクラウス様の声に続いて、ルイスの声が聞こえてきた。
私も挨拶だけはしようと、クラウス様の背中から顔を覗かせる。
その瞬間、ルイスの青い瞳と目が合った。
「――レティノアちゃん!?」
一拍の間を置いて、ルイスはぎょっと目を見開いた。青の瞳が驚愕に染まっている。
「同じ部屋から二人とも出てきた……しかもレティノアちゃん寝巻き……」
よろめきながら発されるルイスの頼りない声に、遅ればせながら自分の格好に気づく。
完全に気を抜きすぎていた。クラウス様は軽装姿だからいいものの、私は寝巻き姿だ。とても人前に出られる姿ではない。
「あっ! ご、ごめんなさいこんな格好で!」
慌ててクラウス様の背の影に隠れる。だが、ルイスは気にする様子もなく、なぜか涙ぐんでいるようだった。
「うっうっうっ……お前、頑張ったんだな……。むっつりなお前が……。今日はどこか食べに行かないか、祝いでもしよう……!」
「勝手に妙な勘違いをするな」
ルイスは感動しているのかなんなのか、大袈裟な口調で言いながらクラウス様の肩へと腕を回す。
対してクラウス様は、ぐっと剣の柄を握りしめていた。今にも抜刀しそうな雰囲気だ。
それに気づいたのか、顔をひきつらせたルイスはすぐさま数歩後ずさった。
「お、おいおい! 剣を抜くなよ!? 俺たち親友だろ!?」
「……親友、だったかもしれないな。一時前までは」
「過去形!?」
「早朝に無断で生活空間へ立ち入ってくる人間は、俺の親友ではない」
「それは悪かったよ! でもそもそも俺はお前たちの為にいろいろ調べてるんだよ? 感謝して欲しいくらいなんだけど!?」
(私たちのため?)
ルイスの言葉に引っかかるものを感じる。
彼は一体何を調べているというのだろう。
慌てたふうに言い募るルイスに、クラウス様は大きく息を吐き出すと、ようやく剣から手を離した。
「それで、その重要な用事とはなんだ」
ルイスは身の危険が去ったことに安堵しているのか、ほっと息をついている。だが、一度咳払いをすると、私たちの方を見た。
その瞳にはもう、先ほどまでの軽さはすっかり消えていた。
「――聖女に関する報告書が一部、差し替えられている可能性がある。それも、もっとも重要な一枚が、ね」
「!?」
私とクラウス様は、驚きのあまり揃って動きを止めた。
そのひと言は、私たちに衝撃をもたらすのに十分なものだったのだ。




