41・涙の告白
帰りの馬車の中は、その後ずっと無言だった。
クラウス様は黙ったままの私を気遣ってか、ミレシアのことを尋ねてくることはなく、馬車は教会へとたどり着いたのだった。
(……寝られない)
私は自室のベッドの中、頭から毛布を被って体を丸めていた。
普段なら就寝しているはずの時刻になっても、寝付けない。私の頭に浮かんでいるのは、今日の両親やミレシアの視線だった。
ミレシアの言葉や視線が、まるでまとわりついているようで離れてくれない。
それに付随するようにして、昼間の両親の様子までが、私の頭に繰り返し再生されていた。
(……もしかしたら、ミレシアは屋敷に戻っているかもしれない)
彼女は別れ際、「返してもらっていーい?」と言った。
それはつまり、私に押し付けた聖女の役目やクラウス様との結婚のことを指しているのだろう。
今度はそれらを私から取り上げるつもりに違いない。
(……そうなれば、私は明日にでもクラウス様から引き離されるかもしれない)
胸の奥がさざめいたままで、ひどく心細い。
私は自分の首にかかるネックレスの宝石をそっと握った。
(クラウス様)
クラウス様は今、どうしているだろう。
この不安な胸の内を、すべて打ち明けてもいいだろうか。
(……ああ、私、いつの間にこんなに)
クラウス様を心の支えにしていたんだろう。
完全に無意識だった。
(こんなに依存してしまうほど好きになるなんて思わなかった)
いつ離婚させられるか分からないと、自分でもわかっていたのに。
最初こそは、ミレシアが見つかるまでの関係だろうと割り切っていたはずだったのに。
クラウス様が真っ直ぐに私だけを見て、守ってくれるものだから、どうしても心が惹かれてしまった。
(……きっと私は耐えられない)
クラウス様のそばにいられるこの場所を取り上げられると考えただけで、心が押しつぶされそうなほどに苦しくなる。
(……クラウス様の部屋に、行ってもいいかしら)
そう考えた瞬間、強く心が揺れた。
この不安な胸の内をすべて、吐き出してしまいたい。クラウス様なら、きっと聞いてくれるだろう。
(でも……、クラウス様は優しいから、口には出さないだけで迷惑に思うかも……。それにもう、こんな時間だし……)
同時に、夜遅くに部屋を訪れることへの躊躇いをどうしても感じてしまう。
それでも、迷ったのはその一瞬だけだった。
私にはきっと、時間がそれほど残されていない。
それならば、少しでもそばにいたいと思ってしまったのだ。
もしクラウス様が不在だったり、寝ていたりして、ノックに反応がなかったら引き返そう。今日のこの不安は胸の奥に沈めたまま、私一人で抱えていよう。
そう決めると、私はベッドからそっと抜け出した。隣のクラウス様の部屋の扉を控えめに叩く。
半ば祈るような気持ちだった。
この扉が開いて欲しい。でも、反応がなくても仕方がない。
そんな感情を抱えたまましばらく待っていると、やがて扉がゆっくりと開かれた。
「……どうした、こんな時間に」
クラウス様は私の姿を見て、珍しくもぎょっと驚いているようだった。
「……クラウス様、お話があります。聞いてくださいますか――」
私のただならぬ様子に気づいたのだろう。
軽く顎を引くと、クラウス様は私を部屋へと入れてくれた。
促されるまま、私は部屋にある椅子へ座る。クラウス様は対面のベッドに腰を下ろした。
「……それで、どうした。何があった」
クラウス様はどことなく心配そうな様子でこちらへ視線を向けてくる。
私は一度ゆっくりと息を吸ってから、口を開いた。
「……クラウス様は、もしかしたら誤解なさっているかもしれませんが……私は正確には聖女ではありません。偽物です――」
私は自分を取り巻く今の状況を、クラウス様にかいつまんで話した。
本物の聖女はミレシアであり、元々私は聖女補佐官であったこと。
ミレシアがクラウス様との結婚を嫌がり、恋人と駆け落ちしていたこと。
ミレシアの代わりとして、私が聖女の役目とクラウス様との婚姻を引き受けることになったこと。
両親は、ミレシアが見つかり次第私たちを別れさせ、ミレシアとクラウス様を再婚させるつもりであろうということ。
そのミレシアが見つかった今、私たちは離婚させられるかもしれないこと。
どれも普通の状況ではないだろうに、クラウス様は口を挟むことなく最後まで聞いてくれた。
「……でも、私は……、クラウス様のおそばから、離れたくないです……。あなたの事が、好きなんです……」
言葉にするうちに、気づけば私の瞳からは涙がこぼれてしまっていた。
ぽたりぽたりと膝の上に雫が落ちる。
(泣きたくなんてないのに……)
「聖女殿」
私が腕で涙を拭ったそのとき、クラウス様が私を呼んだ。その声は静かでありながらも、真剣そのものだった。
「以前、俺はあなたに触れるつもりは無いといった。撤回してもいいか」
「――え」
クラウス様は私の腕をぐっと掴むと、自分の方へと引き寄せた。




