3・偽物の聖女
「……昔のことよ。今は、ただの聖女補佐官。聖女の代わりをするだけの……言うなれば偽物の聖女」
私が聖女候補だったのは、昔の話だ。
代々フランヴェール家の女性は、聖女としての祈りの力と治癒の能力をもって生まれる。
私も例に漏れず、能力を持って生まれた。
両親が溺愛するミレシアが産まれたあとも、長女の私が聖女の位を継ぐ第一候補で、成人となる18歳の日に正式に聖女となるはずだった。
しかし、今から3年前。18歳になるほんの少し前の、月がひときわ強く輝いていた夜。大きな事件が起きた。
一人の若い騎士が、瀕死の状態で教会に運び込まれてきたのだ。
私は彼を助けるために、夜通し治癒の力を使い続けた。祈りを捧げ続け、そうして彼を助けた。
けれど、後日あがってきた王城からの最終報告書には、「騎士の命を救ったのは聖女ミレシアの奇跡」と記されていたのだ。
その報告書を見たとき、私は何も言えなかった。なぜなら、私の祈りを見たものは一人もいないのだから。
どうしてそのような報告書になったのか、理由は分からない。
ただ私に分かるのは、その日からより力の強い本物の聖女はミレシアであるとされたこと。ミレシアに劣るとはいえ少なからず能力のある私は、聖女の補佐官をするべきだとされたことだ。何かあった時に、ミレシアを支えるように、と。
もともと私よりミレシアを聖女にしたかった両親にとっては、願ったり叶ったりな出来事だろう。
あの日騎士を助けたのは私だと声高に主張したところで、私の味方は誰一人いない。
私はミレシアの代わり。ただの偽物で、代用品にすぎない。
「あんたばっかりいいように使われて、やっぱり納得いかないわよ」
私よりも、セリナのほうがよほど悔しげな様子だった。
「セリナ、気持ちはありがたいけど……。最悪、聖女様に対する不敬だって言われて、私もあなたも裁かれるかもしれない。だから、いいわ。私は大丈夫だから」
(セリナは優しい。だからこそ、巻き込むわけにはいかないわ)
「レティノア……。何かあったら私に言ってね。いつでも力になるから」
「ありがとう」
セリナの言葉に、私の胸の奥がじんと熱くなる。
たった一人でも、誰かが自分のことを気にかけてくれる。それだけで救われるような心地がした。
「それじゃあ、今日は帰るわ。依頼への返信の手紙がかけた頃にまた来るから」
「わかった。それじゃあまた」
帰り際、ふとセリナが思い出したようにぽんと手を叩いた。
「あ、そうだレティノア。城で聞いた噂なんだけどね」
「なに?」
「聖騎士団長って、しばらく空位だったじゃない? 新しく正式に決まったみたい」
聖騎士団。
それは、この教会周辺や聖女の警護を司る騎士団だ。
以前の聖騎士団長は優しげなおじい様だったが、腰を痛めたらしく引退してしまった。
それ以降しばらく、聖騎士団長の座は空位のままだったのだ。
「なんでも王国騎士団出身で、前線でばっさばっさと敵を薙ぎ倒してきた超強者! オマケに強面で、血も涙もない冷血な悪魔だって有名な人だから、怒らせないように気をつけるのよ!」
「なにそれこわい」
私は苦笑しながらそう返したが、脳裏には1人の人物がよぎっていた。
(王国騎士団出身……前線で戦ってきた騎士……)
王国騎士団は、聖騎士団と異なり国そのものを守るために存在する騎士団だ。
王族などの要人の警護をはじめ、城や城下町の警備、反乱の鎮圧。時には戦地に赴くこともある危険な仕事。
(そういえば、あの人も王国騎士団だった)
3年前のあの夜、瀕死の状態で教会に運び込まれてきたあの騎士は、今どうしているだろうか。
名前も知らないのに、あの夜に見た真っ直ぐな琥珀の瞳だけは今も忘れられない。
「もー! せっかく忠告してあげてるのに! 聞いてるの!?」
拗ねたようなセリナの声に、私ははっと我に返る。
「ごめんごめん。気をつけるわ。ありがとう、セリナ」
微笑みながらそう返したものの、私の心にはまだ、あの夜の騎士の瞳が残っていた。