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偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。  作者: 雨宮羽那
第3章

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29・記録係は疑問をもつ


 (結局、クラウス様の言ってる聖女が私なのかミレシアなのか聞き損ねたわ……)


 騎士団寮の執務室をあとにしたあと、もやもやとした気持ちを抱えたまま、私は教会の自室で一人書類作成をしていた。

 聖女像へ祈りを捧げたり、巡礼訪問で各地へ赴いたりするのが聖女としての務めなら、今のこれは聖女補佐官としての務めだ。

 毎日の所見や、巡礼訪問での出来事やその結果等、聖女の活動を文字に起こして城へ提出する。

 これが意外と、すぐには終わらない。


 (忙しいからって溜め込むんじゃなかった……)


 この半月ほど、気づけばずっと慌ただしかった。

 ミレシアがいなくなり、クラウス様と名ばかりの結婚生活が始まり、その後はすぐに巡礼訪問の日がやってきた。

 その結果、報告書がそれなりに溜まってしまったのだ。


 (聖女補佐官を補佐してくれる補佐官が欲しいわ……)

 

 本来なら、これは二人でこなす仕事。もはや、私は聖女なのか聖女補佐官なのかわけが分からない状況だ。


 そんなとりとめのないことを考えながらひたすら書類を作っていると、教会の入口の方から、足音とかすかに私の名を呼ぶ声が聞こえてきた。


「――レティノアちゃーん、いるー?」


 (……ルイス?)


 先ほど聞いたばかりの声だから間違いない。

 私はペンを置いて立ち上がると、部屋を出て入口の方へ向かった。



 通路を抜けて礼拝堂へたどり着くと、そこには思った通りルイスがいた。ひらひらとこちらに向けて手を振っている。

 ガラス窓からは茜色の夕日が差し込み、教会の床全体に橙が広がっていた。

 

「ああ、よかった。いたいた」

 

「ルイス? どうしたんですか?」


「そろそろ城へ戻るからレティノアちゃんに挨拶を、と思ってね」


 ルイスはにこりと笑ってそういうと、一拍置いてから私の方へ向き直った。

 

「クラウスとの結婚生活はどう?」


「え、ええと……」


 どう? と尋ねられても返答に困ってしまう。

 恋愛経験の少ない私から見ても、私とクラウス様の結婚生活が普通では無いことくらいは分かる。


「あいつ、妙な噂流されてるけど、口下手なだけで悪いやつじゃないからさ。仲良くしてやってくれ」


「……はい」


 (それは、わかっているわ)


 クラウス様は、優しくて誠実ないい人だ。

 気づけば好意を抱いてしまっていたくらいに。

 

 私の返事を聞いて満足そうに微笑んだ後、ルイスはふっと窓の外へ視線を向けた。

 過去を思い出すように、どこか遠くを見ている。その瞳には何かを懐かしむような色だけではなく、他にも複雑な思いが混ざっているように見えた。

 

「……あいつさ、聖女の為にって聖騎士団への異動願いを出し続けたんだ。あのまま王国騎士団にいれば、エリートコースまっしぐら。聖騎士団どころか王国騎士団のトップにでもなれただろうにな」


「……!」


 ルイスの言葉に、私ははっと息を呑んだ。

 同じ騎士団であっても、王国騎士団と聖騎士団では役割も立場も大きく異なる。

 聖騎士団が劣るというわけではない。だが、より騎士の名誉とされるのは、やはり国そのものを守る王国騎士団の方だ。


「でも、それを全部捨ててでも、君のそばにいくことを選んだ。……俺が言うのもなんだけど、あいつのこと、よろしく頼むよ」


「…………はい」


 返事をしたものの、私はそれをどう受け止めればいいのだろう。

 クラウス様が王国騎士団での将来を捨ててまで聖騎士になったのは聖女のため?

 それほどまでの想いが向けられているのは、結局私なのか、ミレシアなのか。


 (……それを聞かされると、やっぱり自分じゃないだろうって思ってしまうわ)


「それじゃ、そろそろ帰ろうかな」


「あ……。お気をつけて」


 ルイスの穏やかな声に、私は現実に引き戻される。

 教会の入口の扉はすぐに直されたようで、もうセリナの時のようにきしんだ音を立てることはなかった。


「ああ、そうだ。最後に一つだけ確認したいことがあるんだけど、いいかな」


 扉を開けかけて、ふとルイスが何かを思い出したように振り返った。


「はい、なんでしょう」


「俺、最近教会関係の記録係に異動したもんで、結構過去の報告書とかを確認してるんだ。それでちょっと気になることがあってね」


 ルイスは何気ない調子で語りながらも、その瞳はどこか探るような光を宿していた。

 

「三年前、君とミレシアちゃんはまだ聖女見習いだった。そうだね?」


「は、はい。それがなにか?」


 正式に聖女の任が言い渡されるのは18歳以降だと決められている。

 だからそれまでの私とミレシアは、聖女見習いという扱いだった。

 見習い、といってもやっていることは今と大差はない。

 私たち以外に聖女の力をもつものはいなかったので、聖女に関する過去の文献を読んだり、祈りを捧げたりして日々を過ごしていた。


「当時はまだ祈りを捧げることが中心で、治癒に関してはほとんどしていなかった」


「ええ」


「だがある夜、瀕死の騎士が一人、教会へ運び込まれてきた。それを治癒したのは、本当にミレシアちゃんなのか?」


「……!」


「記録では、聖女ミレシアの奇跡と書いてある。でもね、俺は少し疑っているんだよ。記録ってものは、時々誰かの都合で整えられたりするもんだからさ」


 驚きで、上手く言葉が出てこない。

 まさか、三年前のことをルイスから突っ込まれるとは思ってもいなかったのだ。


 (それに……ミレシアが治癒したかどうか、疑ってくれる人がいるなんて)


 あの日のことは、もう諦めていた。

 三年前、私は琥珀の瞳の騎士を治癒した。だけれど、報告書には私の行動はなかったことにされ、その代わりとでもいうように、聖女ミレシアの奇跡が綴られた。

 証拠もなく、味方もいない私は、ただ黙って受け入れるしか無かったのだ。

 

「……まぁ、またくるよ。それじゃあね」


 ルイスは私の心に小さな波紋を起こすだけ起こして、軽やかな足取りで去っていった。


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