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偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。  作者: 雨宮羽那
第3章

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27・さまよう問いかけ


「どうした、何かあったのか」


 クラウス様は私の姿を琥珀の瞳にとらえるやいなや、すぐにかけていたメガネを外して席を立ち上がった。執務室の入口に立ったままの私の方へ真っ直ぐに向かってくる。

 視界の端で、ここまで案内してくれた騎士が一礼して去っていくのが見えた。


「あ、いえ……急ぎというわけではないんですけど……。教会の扉の立て付けが少し悪くなっているのが、気になって……」


 なんだか仕事を中断させてしまったみたいで申し訳ない。

 だが、ここまで来て黙って帰るわけにもいかず、私は用件を切り出した。


「……ああ、あの戸か」


 クラウス様は私の言葉に、納得した様子で頷く。


「すまない、気づいてはいた。聖女殿が気づく前に修繕するつもりだったんだが……。仕事が立て込んで遅れていた。すぐに若い騎士を向かわせる」


 どうやら戸の立て付けが悪くなっていることにクラウス様も気づいてはいたらしい。

 クラウス様はそう言うと、部屋を出てまだ近くにいたらしい先ほどの騎士を呼びつけた。

 騎士はクラウス様からの指示に従って、すぐに廊下を走り去っていく。

 

「そ、そんな急がなくても大丈夫ですよ……! 急ぎの仕事があるならそちらを優先してください……!」


 他の仕事が立て込んでいるなら尚更、そちらの方が優先度が高いだろう。教会の扉は立て付けが少し悪くなっているだけで動きはする。完全に壊れているわけではないのだ。

 

 真剣に対応してもらえるのはありがたい。しかし、戸の立て付け程度の話にしてはクラウス様の反応があまりにも誠実すぎて、こちらはどんどん申し訳なさが募っていく。


「何を言っている。聖騎士団は、聖女と教会のためにある。最優先事項はあなただ」


「……あ、りがとう、ございます」


 なんだか顔が熱くて、クラウス様の方を見られない。

 クラウス様は『聖女』に向かって言っている。だけれどどうしても、『私』に向かって言っているように聞こえてしまった。


「……他になにか困っていることはないか」


「あ、いえ……今のところは大丈夫です……」

 

 (どうしよう。いつもよりクラウス様が自分から話してくれている気がする)


 いつもはこちらが話しかけても、「ああ」とか「そうか」などの端的な返答ばかりなのに……。

 今朝のように「何かあれば言ってくれ」と声をかけてくれることは多々あるが、ここまで問いかけてくれることは初めてではないだろうか。

 

 なんだかこのまま執務室を去るのが惜しいような気がして、私は懸命に頭を働かせた。

 

 それに……、セリナの言葉が胸の奥に残っていた。

 

『その聖女ってさ、あんたなんじゃないの?』

 クラウス様を助けたのは、私なのだろうか。それとも、ミレシアなのだろうか。

 巡礼訪問から帰ってきたあの日から、ずっと気になって、胸が苦しくて仕方がない。

 

「く、クラウス様は、今日はこちらでお仕事を?」


 それなのに、私の口をついてでたのは聞きたかったことではなく、ただの世間話だった。


「……ああ。次の警備の計画を立てたり……、あとは他の騎士から上がってきた報告書に目を通したりだな」


 (私の意気地無し――!)


 クラウス様の返答を聞きながら、私は自分の情けなさに頭を抱えていた。


 (……だって、聞くのが怖いのよ)

 

 もし尋ねて、クラウス様を助けた聖女がミレシアだと確定したら――私が彼にとって偽物の聖女だとはっきりしてしまう。

 今クラウス様が私に優しく対応してくれているのは、私のことを自分を助けた聖女(ミレシア)だと思っているからではないのか。


 そうなれば私の失恋は確定で、ミレシアが見つかるまでの間、不毛な想いを抱えたままクラウス様と顔を合わせ続けることになる。


 それでも、不安に押しつぶされそうな私の背中を再度押したのは、やはりセリナの言葉だった。


『じゃあやっぱりレティノアかもしれないじゃない。少なくとも私は、あんたが祈る姿は綺麗だと思うし、クラウス様が命を救われて最初に見たのがあんたなら、女神だって思ってもおかしくないわよ』

 

 (……ミレシアかもしれないけど、でも私かもしれない)


 クラウス様を助けたのが私なら、それなのに何も言わないなんて、それはそれで失礼なことだ。

 もし、クラウス様を助けたことを覚えていないのなら、私は思い出したいのだ。


「クラウス様、あの……!」

 

 私が意を決して口を開いたその時、執務室の扉がノックもなしに開かれた。


「やあやあ久しぶりだね、クラウス。ここにいたのか。お邪魔するよ」


 はっとして扉の方へ視線を向ける。

 見遣れば、にこにことした銀髪の青年が遠慮もなしに執務室へ入ってきていた。



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