22・すべては娘のために(side継母)
レティノアたちが巡礼訪問へ向かっていたちょうどその頃、フランヴェール伯爵夫妻はセレノレア王城、謁見控え室にいた。
重厚な絨毯と冷たい石壁の中、二人は王への謁見の順番を待つ。
ミレシアがいなくなって既に三日は経とうとしていた。
目撃情報はちらほらとあるものの、未だミレシアを見つけられないことに夫人は苛立っていた。
(あの子がいなくなったのは全部レティノアのせいよ! あの生意気な小娘がミレシアを引き止めないから!)
待合の椅子に座ったまま、ヒールのかかとをいらいらと絨毯へ打ち付ける。分厚い絨毯が音が吸い込む、そんな些細なことさえも夫人の神経を逆撫でした。
隣に座る夫――フランヴェール伯爵や、同じように王への謁見を待つ貴族たちが、ちらちらと夫人へ視線を送っている。だが、取り繕えるだけの余裕が、今の夫人にはない。
「まあまあ、落ち着きなさい。我がフランヴェールとローヴェン、両家の使用人総出で探しているんだ。二人なんてすぐに見つかるさ」
王城の中で人目があるということもあり、伯爵は夫人を落ち着かせようと語りかける。
だが、あいにく逆効果だったようで、夫人は伯爵の言葉にぐわっとまなじりを吊り上げ、勢いよく立ち上がった。
「ローヴェン家のアレクシスなんてどうだっていいわ!」
(ミレシアさえ戻ってくるならなんだっていい!)
夫人が叫ぶ声が、控え室に響き渡る。
「そこ、騒がしいぞ! 静かに」
見かねた廷臣が、控えの間の奥から眉をしかめながら冷ややかな声を響かせた。
隣から渋い表情をしたフランヴェール伯爵の咳払いも聞こえ、夫人は一旦席へ腰を落ち着ける。
「次は……、フランヴェール伯爵夫妻か。王の間へ」
ようやく順番が回ってきたらしい。
廷臣に声をかけられ、伯爵夫妻は揃って立ち上がった。
「いいか、王の間では決して声を荒らげるなよ」
「……わかっておりますわ、あなた」
さすがの夫人も、国王陛下の前では感情を落ち着ける術を心得ている。言い返す代わりにため息をひとつついて、夫人は伯爵の後について行った。
◇◇◇◇◇◇
王の間では国王が玉座に座り、静かにフランヴェール夫妻を見下ろしていた。
天窓から差し込む光が、国王の威厳を際立たせている。
「――という次第でございます。ミレシアは現在捜索中ですが、既に方々へ手を回しております。じきに見つかるでしょう」
「聖女の座が一時的に空位となっておりますが、ご安心くださいませ、陛下。聖女の任も、婚姻も、相応の者が代わりを務めております。王命に背くことはございません」
フランヴェール伯爵夫妻は玉座の前にひざまずき、ことの次第を国王に話した。
この場での失言は許されない。
これは、聖女の血を受け継ぐ家系フランヴェールの威信がかかっているだけではない。
(ミレシアの戻る場所をいかに確保しておくか、それが一番の重要問題だわ)
夫人にとって前妻の娘であるレティノアは、この上なく目障りな存在だ。
前妻に似た清楚で品の良い顔立ちも、それでいて自分の信念を曲げない強い眼差しも、彼女が持つ力も。何もかもが憎らしい。
他に方法がなかったとはいえ、ミレシアのために用意した条件のよいクラウスとの婚姻を、天敵ともいえるレティノアに渡すなど絶対に許せない。
(あの子は、ミレシアが見つかるまでのただのキープ役。ぜんぶ渡してなるものですか)
そもそも、ミレシアに聖女の地位を得させるために、どれだけの苦労をしたと思っているのだ。
「ミレシアが見つかり次第、聖女の任も婚姻も、しっかりと引き継がせますわ」
夫人は、意図を込めてにこりと微笑んだ。まるで、国王陛下に圧をかけるように。
その意図が伝わっているのかいないのか、はたまた自分の目的が達成されれば過程はどうでも良いのか。国王はゆったりと頷いた。
「うむ、ならばよい。聖女とクラウスをこの国に留め続けられるなら、我が国の秩序は揺るがぬ。報告大義であった。下がって良いぞ」
「はい、御前を失礼いたします」
伯爵と共に王の間を後にしながら、夫人は一人考える。
(ミレシアは、私の大事な大事な一人娘。あの子が幸せに生きるためなら、なんだってするわ。そう、夫を騙し続けることだって、ね)
夫人がほくそ笑むように口元をゆがめていたことに、前を歩く伯爵は気づかない。




