2・聖女補佐官の過去
◇◇◇◇◇◇
(……初代聖女・エルティアナ様。どうか今日もこの国が平和でありますように……)
礼拝堂の奥には、初代聖女・エルティアナ様をかたどった石像が置かれている。
ミレシアが去った後、私は一人、エルティアナ様の前にひざまずいて祈りを捧げていた。
聖女補佐が祈りを捧げたところで、どれほど効果があるのかは分からない。それでも、誰も祈らないよりはましだろう。これでも一応、私も聖女の家系の生まれなのだから。
「やっほー、おつかれー」
私が祈りを終えて顔を上げたその時、背後の扉が勢いよく開かれ、軽快な足音が響いた。
振り返ると、明るい栗色の髪を高い位置で結んだすらりとした女性が部屋に入ってきていた。
「また聖女様の代わりやってんの? 相変わらずあんたも大変ね、レティノア」
「セリナ」
いつものように花が咲いたような笑顔をうかべたセリナは、片手を腰に当ててもう片方の手で封筒の束をひらひらと振っていた。
「はい、今月の依頼。西の辺境、アルトリアって分かる? そこの孤児院へ慰問に来て欲しいって依頼が来てるわよ」
「……ありがとう」
私は立ち上がると、こちらへと近づいてきたセリナから封筒の束を受け取る。
私の幼なじみであり、城で侍女として働くセリナは、王族や貴族からの依頼をまとめて持ってきてくれるのだ。
「ところで聖女様は?」
「いないわよ。恋人とデートですって」
きょろきょろと室内を見回すセリナに、私はため息をつきながら答える。
「あらら……」
セリナは苦笑しながらも、納得がいかないようで眉をひそめた。
「ほんと、あんたって損してるわよね。私、国王陛下に進言してあげよっか? 聖女様はお役目をサボってばかりで、実際は聖女補佐が全部やってるんですーって」
「無駄だと思うわよ。国王様もうちの親も、みんなミレシア大好きだから。私がミレシアを支えるのは当然のことって言われるだけよ」
性格に難はあるものの、ミレシアはとても美しい少女だ。少しウェーブのかかった金の髪に、透き通ったエメラルドの瞳。色白く、折れそうなほど華奢な体つきはまるで人形のようで、見るものすべてを惹きつける。仕草や声色も甘く、可愛こぶるのが上手い。
対して姉の私はというと、髪の色はミレシアと同じ金であるものの色素が薄く、瞳はくすんだブルーグレー。ミレシアと並ぶと、どうしても華やかさに劣る。おまけに、仕事第一で甘えることが苦手な私の性格は、お世辞にも可愛らしいとは言えないだろう。
(そもそも、私とミレシアはお母様が違うんだもの)
私は、父であるフランヴェール伯爵と前妻の間に生まれた子。
ミレシアは、父が再婚し後妻との間に生まれた腹違いの妹だ。
私の父と生みの母はいわゆる政略結婚だったらしい。周囲に決められた結婚で、愛はなかったそうだ。
そんな母は私が物心ついたばかりの頃に亡くなった。幼い頃に、優しく抱きしめられた感覚だけを覚えている。
父は、母を思い出させる私の容姿を苦手としているらしく、継母は継母で前妻に似ている私を毛嫌いしている。
そういう家庭環境もあり、両親が私の味方をしてくれる可能性は皆無なのだった。
「……みんな、かわいい聖女様の味方だわ」
さらりと言葉を返した私に、セリナはまだ納得出来ないようで不満げに口元を尖らせている。
私はセリナの言葉を気にしていないふりをして、受け取ったばかりの封筒の中身を確認することにした。
(孤児院の慰問に、騎士団の治癒、各地域への訪問……いつもと同じね)
どの依頼も、聖女ミレシアに向けてのものだ。
……ただし、実際に動くのは聖女補佐官の私になるのだろうけれど。
「お姉様、おねがーい!」と、私にすべてを押し付けて遊びに行くミレシアの姿が脳裏に浮かんで目眩がする。
「でも……。レティノア、もともとはあんたが聖女になるはずだったんじゃないの?」
セリナの言葉に、私はぴたりと動きを止めてしまった。