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偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。  作者: 雨宮羽那
第2章

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19・私の騎士


 公演が終わり、私たちは人の流れに従うようにして、ダーレストの教会へ戻る道を歩いていた。

 教会は町の奥――広場から伸びる坂道を登った先にある。

 坂道の向こうには夕日が見え、街全体が茜色に染まっていた。


 (どうしてかしら……。クラウス様を妙に意識してしまって、顔が見られない)


 隣を歩くクラウス様はいつも通り無口で、時折私の歩調を確認しながら歩いている。

 いつもと違うのは、私だけだ。

 何故か、クラウス様の横顔が気になって仕方がない。

 

「クラウス様……。あの……」


 (……あなたは、私のことをどう思っているのですか?)


 聞きたい言葉が、喉から出かけて寸前でとまる。

 私に名を呼ばれたクラウス様が、ふとこちらへ視線を向けた、その時だった。

 

「おい! 危ないから避けろ!!」


 そんな大声が突如聞こえてきた。私も含めた周囲の人間がみな怪訝そうに足を止め、声の方へ視線を向ける。


「……え!?」

 

 視線を上げた瞬間、軋む音が耳に届いた。目を凝らせば、坂の上から夕日を遮るようにして、荷を積んだ荷車が転がってきている。


 広場と教会を繋ぐこの坂道には、両脇に店が並ぶだけで身を隠せる場所はほとんどない。

 周囲の人々は悲鳴を上げながら、小さな脇道や周囲の店の軒先へと散っていく。


 クラウス様は荷車の進路を見極めると、固まったままだった私の腕を引いて、身を翻して脇道へと駆け込んだ。


「聖女殿、大丈夫か」


「え、ええ……」


 嫌なほどに跳ねる心臓を押さえながら、クラウス様に答える。

 クラウス様が私の腕を引いてくれなければ、きっと荷車に巻き込まれていた。


 (……守ってくれた)


 その事実だけで、跳ねる心臓は少しずつ落ち着いていった。

 

 だが、荷車は私たちのいた場所を通り過ぎても止まることはなく、坂道を下るにつれてさらに加速しながら広場へと突っ込んでいく。

 一拍遅れて、広場の端の石壁に激突する鈍い衝撃音が響いた。


 衝突の勢いで、積まれていた荷や木片が周囲へ飛んでいく。

 そのうちの一つが弧を描くようにして、広場の近くにいた子どもへ向かっていた。


 (あれは……!)


 見覚えがある。二日前の夕方、広場で私に花束をくれた男の子だ。

 木片に気づいた母親が子供を庇うように抱きしめるが、木片は目前まで迫っていた。


「危ない……!」

 

 クラウス様は私の隣から一瞬で飛び出すと、腰に提げていた剣を抜いて木片の軌道に割り込んだ。

 刃の側面に弾き飛ばされたそれは、親子へ届くことなく地面に転がり落ちる。


 (あんな速さで飛んできていたのに、間に合うなんて……)


「あんたら、大丈夫か!」

 

 親子が無事だったことに気づいた周囲の人々が、安堵の声を漏らしながら広場へと集まり始めていた。


 (……っ私もクラウス様の傍へ行かないと)


 親子のこともそうだが、クラウス様のことが心配だ。


「クラウス様……!」

 

 坂道を下り広場までたどり着くと、そこにあったのは、親子が助かった安堵感だけではなかった。

 親子の近くにいるクラウス様を、皆が異様な目で見て誰も近づこうとはしない。


「おい、あれって……聖騎士団長様じゃないか……?」


「……あの人が、子どもを助けた……?」


「この間は斬ろうとしていたのに……?」


 取り巻く群衆の一言一言が、どうしてか私の気に触った。心の奥が、静かに燃えているのを感じる。


 (……腹が立つ。どうしてクラウス様が助けてくれたことを素直に認めないの?)


 私はいらだちを抱えたまま、広場の中央へと一歩踏み出した。そのままクラウス様を庇うように、彼の前に立つ。


「クラウス様は、誰かを無闇に傷つける方ではありません。現に今、私と――親子を守ってくださいました」


「レティノア様!」


 人々の視線が、クラウス様から私へと移ったのを感じる。

 

 私はこれでも、聖女の代わりとして動いてきた。中には、クラウス様のように私が聖女だと勘違いしている人もそこそこいる。私の言葉には、それなりの重みがあるはずだ。

 ……ある意味、聖女の仕事をまったくしてこなかったミレシアより、私の方が知名度がある。

 だからこそ、私が伝えなければならない。誰よりも、ここで。


「クラウスは、私の騎士です。彼の行動に異論があるなら、私がお聞きいたします」


 私は意図的に、クラウス様を呼び捨てた。

 私とクラウス様は、ミレシアが見つかればいつ切れるか分からない関係なのかもしれない。

 それでも聖女の代わりを務める今は、彼は私を守る騎士団長であり、戸籍上は私の旦那様だ。


 (……その間、私が味方しないで誰がクラウス様の味方をするのよ)

 

 私の言葉に、広場のざわめきが一瞬だけ静まった。

 クラウス様は何も言わず、ただ静かにこちらを見ている。

 その琥珀の瞳に、わずかに揺れる光が見えた気がした。


「お兄さん!」


 広場に流れる沈黙を破ったのは、澄んだ声だった。

 

「あ、こら、待ちなさい……!」


 見れば、母親の静止を振り切って、男の子がクラウス様へと駆け寄っていた。

 小さな手が、クラウス様の服の裾をぎゅっと握る。


「助けてくれて、ありがとう!」


 その言葉に、クラウス様の肩がわずかに揺れた。驚いたような、戸惑ったような――それでも、どこか嬉しそうな気配が滲んでいた。

 

「僕、お兄さんみたいな騎士になる! それでお母さんやレティノア様を守るんだ!」


「……そうか。楽しみにしている」


 クラウス様は腰をかがめると、穏やかな顔つきで男の子の頭を撫でた。


 男の子の声に、広場の空気が少しずつ変わっていくのが肌に伝わってきた。

 先ほどまで距離を取っていた人々が、気まずそうに視線を交わしている。それから、おそるおそるクラウス様へと近づいて頭を下げた。


「……さっきは、すみませんでした」

 

「助けてくれて、ありがとうございます」


 人々の言葉にクラウス様は何も言わず、ただ静かに頷いた。

 私はその横顔を見つめながら、胸の奥が温かくなるのを感じていた。

 


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