18・二人は夫婦?
翌日。
私はクラウス様と共に、町の広場に向かっていた。
町の広場というと、どうしてもダーレストに着いたばかりのときの騒動を思い出してしまう。
それはクラウス様も同じだったのだろう。
朝の祈りを終え、広場へ向かおうとしたとき。クラウス様はいつもの白い騎士服ではなく、落ち着いた軽装姿で現れた。
(なんだか、新鮮だわ)
私はちらりと隣を歩くクラウス様を見上げた。
腰に剣を携えてはいるものの、いつもの首まで詰まった騎士服ではない。襟元の開いた黒いシャツに、シンプルながら品のいいスラックス。
派手さはないのに目を引くのは、彼の独特な佇まいのせいだろう。
ただ服装が変わっただけなのに、いつもよりもクラウス様に人間味があるように感じられた。
昼下がりの広場は多くの人で溢れ、活気と賑わいに満ちていた。
広場の中央には簡易の舞台が設けられており、色とりどりの布が風に踊るように揺れている。
舞台の奥の方では、公演の準備をしているのだろう。聞いた事のない音色の楽器がチューニングされている音が奥から漏れ聞こえてくる。
「クラウス様、すごい人ですね……!」
「そうだな」
人気の旅芸人なのだろうか。
観客席はもうほとんどが埋まっていた。
客席には地元の人に混じって、旅人や商人の姿もちらほらと見える。
「ここが空いているみたいですね」
どうやらチケットを持っている客だけは、自由席ではあるが席が用意されているらしい。立ち見の客もいるようで、人ごみを掻き分けどうにか空いている席を見つけた。
クラウス様は無言で頷き、私たちは並んで腰を下ろした。
(誰かと一緒に何かを楽しむなんて、初めてかもしれない)
私はいつも、時間や役目に追われていたように思う。
自分の仕事と、妹の代わりに背負わされた仕事。
両親はミレシアを優先し、私には尻拭いばかりを要求した。
それでも、私までもが聖女の役割を放棄など出来なくて、黙って受け入れてきた。
(だけど、ミレシアの代わりをしてきたから、今の時間がある)
聖女の役目の代わりも、クラウス様との婚姻も、原因はミレシアだ。
だが、今クラウス様と並んで公演の始まりを待つこの高揚感は、思っていたよりもずっと心地が良い。
そう思った瞬間、軽やかな楽器の音とともに舞台の幕が開いた。
異国の言葉と衣装に彩られた物語が始まり、人々の歓声が巻き起こる。
風に揺れる布、響く音楽、観客のざわめき。
そのすべてが、どこか夢の中にいるかのようだ。
前半の公演が終わり、舞台の音が一度途切れた。
広場には人々のざわめきが戻ってくる。
私はというと、初めて見る公演にすっかり胸を打たれ、上手く言葉が出てこないほどだった。
(クラウス様は、楽しんでいるかしら)
私はクラウス様の反応が気になって、そっと隣に視線を向けた。
その瞬間、クラウス様を挟んで隣にいた席の旅人と目が合った。彼は人あたりの良さそうな笑みと共に軽く会釈をしてきた。
「こんにちは。すごい公演でしたね」
話しかけられたので無視するわけにもいかず、私はクラウス様ごしに軽く頷いた。
「そうですね。後半もたのしみです」
しばらく当たりさわりのない会話を旅人としていたのだが、さすがに間に挟まれたクラウス様が気の毒だ。
現にクラウス様はどこか居心地悪そうにしている。
会話をどう切り上げるべきかと考えていると、おもむろに旅人がクラウス様にも視線を向けた。
「お二人は、ご夫婦ですか?」
「え……っ」
不意に尋ねられたものだから、私は言葉を失ってしまった。
確かに、籍だけなら私たちは夫婦だ。だがそれはミレシアが見つかるまでの話。どう答えたらいいものやら、言葉が喉の奥で止まってしまう。
しかし、私が答えるよりも先にクラウス様が旅人へ頷いていた。
「……ああ」
(……っ!?)
まさか、そこで迷いなく肯定されるとは思ってもいなかった。
咄嗟にクラウス様の方へ顔を振り向ける。クラウス様は動揺した様子もなく、静かに旅人を見返していた。
「それは! ご主人、素敵な奥様を貰えて幸せものですね」
「ああ。俺にはもったいないくらいの方だ」
クラウス様の言葉に動揺しすぎて、私は口を開いたまま何も言えなかった。
二人の会話が、私を置いて進んでいく。
やがて後半の公演が始まる合図の音楽が鳴り、二人は話をやめた。
「あ、そろそろ始まるみたいですね」
「そうみたいだな」
クラウス様も旅人も、周囲の人たちも皆舞台の方へ意識を向け始めている。
だが、私の頭はもう、舞台を楽しむような余裕はなくなってしまっていた。
胸の奥がじんわりと熱い。それは、舞台への高揚感とはまるで種類の違う熱だった。
(さっきのは、冗談? ……違う。クラウス様はそんなことを言うような人じゃないわ)
クラウス様の言葉が、頭から離れない。
この人は一体、私をどう思っているのだろう。
クラウス様は以前、私に「触れるつもりはない」と言った。あの時は私にただただ興味がないのだと思った。
だが、今度は私を自分には「もったいないくらいの方」だと言う。
公演の後半にはまったく集中出来なくて、気づけば舞台の幕が下り、拍手と歓声が広場を包んでいた。




