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偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。  作者: 雨宮羽那
第2章

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18/56

18・二人は夫婦?


 翌日。

 私はクラウス様と共に、町の広場に向かっていた。

 町の広場というと、どうしてもダーレストに着いたばかりのときの騒動を思い出してしまう。

 それはクラウス様も同じだったのだろう。

 朝の祈りを終え、広場へ向かおうとしたとき。クラウス様はいつもの白い騎士服ではなく、落ち着いた軽装姿で現れた。


 (なんだか、新鮮だわ)


 私はちらりと隣を歩くクラウス様を見上げた。

 腰に剣を携えてはいるものの、いつもの首まで詰まった騎士服ではない。襟元の開いた黒いシャツに、シンプルながら品のいいスラックス。

 派手さはないのに目を引くのは、彼の独特な佇まいのせいだろう。

 ただ服装が変わっただけなのに、いつもよりもクラウス様に人間味があるように感じられた。

 

 昼下がりの広場は多くの人で溢れ、活気と賑わいに満ちていた。

 広場の中央には簡易の舞台が設けられており、色とりどりの布が風に踊るように揺れている。

 舞台の奥の方では、公演の準備をしているのだろう。聞いた事のない音色の楽器がチューニングされている音が奥から漏れ聞こえてくる。


「クラウス様、すごい人ですね……!」


「そうだな」


 人気の旅芸人なのだろうか。

 観客席はもうほとんどが埋まっていた。

 客席には地元の人に混じって、旅人や商人の姿もちらほらと見える。


「ここが空いているみたいですね」


 どうやらチケットを持っている客だけは、自由席ではあるが席が用意されているらしい。立ち見の客もいるようで、人ごみを掻き分けどうにか空いている席を見つけた。


 クラウス様は無言で頷き、私たちは並んで腰を下ろした。


 (誰かと一緒に何かを楽しむなんて、初めてかもしれない)


 私はいつも、時間や役目に追われていたように思う。

 自分の仕事と、妹の代わりに背負わされた仕事。

 両親はミレシアを優先し、私には尻拭いばかりを要求した。

 それでも、私までもが聖女の役割を放棄など出来なくて、黙って受け入れてきた。


 (だけど、ミレシアの代わりをしてきたから、今の時間がある)


 聖女の役目の代わりも、クラウス様との婚姻も、原因はミレシアだ。

 だが、今クラウス様と並んで公演の始まりを待つこの高揚感は、思っていたよりもずっと心地が良い。


 そう思った瞬間、軽やかな楽器の音とともに舞台の幕が開いた。

 

 異国の言葉と衣装に彩られた物語が始まり、人々の歓声が巻き起こる。

 風に揺れる布、響く音楽、観客のざわめき。

 そのすべてが、どこか夢の中にいるかのようだ。


 前半の公演が終わり、舞台の音が一度途切れた。

 広場には人々のざわめきが戻ってくる。

 私はというと、初めて見る公演にすっかり胸を打たれ、上手く言葉が出てこないほどだった。


 (クラウス様は、楽しんでいるかしら)


 私はクラウス様の反応が気になって、そっと隣に視線を向けた。

 その瞬間、クラウス様を挟んで隣にいた席の旅人と目が合った。彼は人あたりの良さそうな笑みと共に軽く会釈をしてきた。


「こんにちは。すごい公演でしたね」


 話しかけられたので無視するわけにもいかず、私はクラウス様ごしに軽く頷いた。

 

「そうですね。後半もたのしみです」


 しばらく当たりさわりのない会話を旅人としていたのだが、さすがに間に挟まれたクラウス様が気の毒だ。

 現にクラウス様はどこか居心地悪そうにしている。

 会話をどう切り上げるべきかと考えていると、おもむろに旅人がクラウス様にも視線を向けた。

 

「お二人は、ご夫婦ですか?」


「え……っ」


 不意に尋ねられたものだから、私は言葉を失ってしまった。


 確かに、籍だけなら私たちは夫婦だ。だがそれはミレシアが見つかるまでの話。どう答えたらいいものやら、言葉が喉の奥で止まってしまう。

 しかし、私が答えるよりも先にクラウス様が旅人へ頷いていた。

 

「……ああ」


 (……っ!?)


 まさか、そこで迷いなく肯定されるとは思ってもいなかった。

 咄嗟にクラウス様の方へ顔を振り向ける。クラウス様は動揺した様子もなく、静かに旅人を見返していた。


「それは! ご主人、素敵な奥様を貰えて幸せものですね」


「ああ。俺にはもったいないくらいの方だ」


 クラウス様の言葉に動揺しすぎて、私は口を開いたまま何も言えなかった。

 二人の会話が、私を置いて進んでいく。


 やがて後半の公演が始まる合図の音楽が鳴り、二人は話をやめた。


「あ、そろそろ始まるみたいですね」


「そうみたいだな」


 クラウス様も旅人も、周囲の人たちも皆舞台の方へ意識を向け始めている。

 だが、私の頭はもう、舞台を楽しむような余裕はなくなってしまっていた。

 胸の奥がじんわりと熱い。それは、舞台への高揚感とはまるで種類の違う熱だった。

 

 (さっきのは、冗談? ……違う。クラウス様はそんなことを言うような人じゃないわ)


 クラウス様の言葉が、頭から離れない。

 この人は一体、私をどう思っているのだろう。

 

 クラウス様は以前、私に「触れるつもりはない」と言った。あの時は私にただただ興味がないのだと思った。

 だが、今度は私を自分には「もったいないくらいの方」だと言う。

 

 公演の後半にはまったく集中出来なくて、気づけば舞台の幕が下り、拍手と歓声が広場を包んでいた。



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