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偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。  作者: 雨宮羽那
第2章

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17・問いの答え


 翌朝。

 ダーレストの町は、まばゆい朝の光に包まれていた。


 ダーレストの教会だろうが、王都にあるいつもの教会だろうが、私の仕事は対して変わらない。

 滞在一日目である今日は、朝から老神父と共に、古びた聖女像の前で祈りを捧げていた。


「いやぁ……、レティノア様と祈りを捧げると教会の空気までが澄み渡るようですな……。心なしか、いつもより聖女像が輝き……微笑んでいるような……」

 

「そうでしょうか……?」


 老神父の言葉に私は首を傾げた。

 教会の空気が澄んでいるのはいつも通りではないだろうか。

 聖女像も、私の目にはいつもの王都の教会の見慣れた聖女像と何一つ変わらないように映る。

 微笑みも、佇まいも、何一つ変わっていない。

 

 (……でも言われてみれば、祈る前より聖女像が光を帯びているような……?)


 けれど、それも見慣れた光景だ。

 王都の聖女像も、いつもこんな風にうっすらと輝いて見えていた気がする。


 (だから、きっと神父様の気のせい。本物じゃないとはいえ、聖女の血を引く私が一緒に祈ったからそんな気がしているだけだわ)

 

 本物の聖女本人は、お役目よりも自由や真実の愛といったものを選んで姿を消してしまった。なんとも皮肉な話だ。

 あれからしばらくたったが、ミレシアが見つかったという知らせは未だない。

 一体どこへ行ったのやら。うちの親はさっさとミレシアを見つけて欲しい。

 

 (……本物の聖女であるミレシアが、本気で祈ったらどうなるのかしら)


 もし本物の聖女が祈ったなら、像はもっとはっきりと光り輝くのかもしれない。


 そこまで考えて、私ははたと気づいた。


 そういえば、不思議だ。思い返せば、あの子(ミレシア)が聖女として聖女像の前に立つ姿を私は見た記憶がない。

 ミレシアにも聖女の力がある、とは両親から聞いていたし、本人も聖女だと自称していた。だが、なんだかんだでミレシアが聖女の力を奮っているところを私は見た事がなかった。

 いつも彼女は、のらりくらりと私に仕事を押し付けて、教会から逃げていく。

 ミレシアがしていたことといえば、せいぜい年に数回の式典など、表に立つ行事に仕方なく参加するくらいだ。なお、祈りの場面になると何故かミレシアは体調を崩すので、毎回式が終わったあとに、私が代わりにひっそりと祈っていた。


「……ところでレティノア様、あの方……はずっとあのままで……?」


 若干不安そうな声が聞こえてきて、私ははっと我に返った。

 老神父の視線を追うと、教会の出入口のそばに立っているクラウス様を見ていた。

 老神父は、町の人々のように怯えているわけではない。けれど、どこか落ち着かない様子だった。


「……ええ。彼は、聖騎士団長ですから」


 老神父へそう返しながら、私の頭の中には昨夜の出来事が思い浮かんでいた。


「俺が怖いか」――クラウス様からのその問いに、私はまだ返事をしていない。

 今朝、祈りを捧げる前に上着を返したとき、話そうとはしたのだ。だが、彼は目を逸らし静かにその場を去っていった。だから私は、焦れったい思いを抱え続けている。


 

「レティノア様、そろそろ教会の扉を解放してもよろしいですか」

 

 焦るような気持ちを抱えたまま、街の人々へ向けて教会の扉が開かれる時間になった。


 (もうそんな時間なのね)


「お願いします」

 

 老神父とクラウス様の手によって、教会への扉が開かれた。

 まるで待ち構えていたかのように街の人たちが次々と教会へ足を踏み入れ、教会の中は人の気配で満たされていく。

 

 私はざわめきの中心に立ち、訪れる人々一人ひとりと向き合っていた。


「レティノア様……、昨日からずっと腰が痛くて……」

 

「それはお辛かったですね。少し、触れますね」


 腰を痛めた女性の患部にそっと手を当てる。

 祈りの言葉とともに、私の手から柔らかな淡い光が滲むように広がっていった。

 光がやんだ頃には、苦痛に歪んでいた女性の表情が和らぎ笑顔を浮かべていた。

 

「レティノア様、悩みを聞いてください。実は……」


 悩みを抱えた人には、耳を傾け思いを寄せた。


 そうして、街の人たちとの交流の時間は気づけば慌ただしく過ぎていた。

 

 痛みを訴える人、悩みを抱える人、ただ話を聞いてほしい人。

 きっと彼らにとっては、私が聖女補佐官でも、偽物の聖女でも、あまり関係ないのだ。

 ただ救いの手を求めている。

 聖女の力をもつ一人として、手を差し伸べるのが私の務めだ。


 クラウス様は、教会の扉のそばで黙って立っていた。

 誰も彼に近づこうとはしない。

 視線を向ける者はいても、言葉をかける者はいなかった。


 (……クラウス様と話したいのに。一体いつになったら仕事が終わるかしら――)


 

 ……結局、街の人々の対応が完全に終わったのは、すっかり日が暮れた頃だった。

 昼間あれほどの賑わいを見せていた教会内はようやく落ち着きを見せ、私はクラウス様と共に最後の訪問者を見送っていた。

 

「レティノア様、遅くに来たにも関わらずありがとうございました。良かったら、これをどうぞ」


 その人は思い出した様子でポケットを探ると、私に横長の紙片を差し出した。


「これは?」


「旅芸人のチケットです。明日、広場に来るんですよ。レティノア様にも見ていただきたくて」


「いいんですか? ありがとうございます」


 最後の訪問者は深く頭を下げると、満足そうに教会を後にしていった。


 (こんなに誰かが喜んでくれるなら、ミレシアの分まで働くこともつらくないわ)


 仕事量は多いが、心は満たされている。

 私は手元の紙片を見つめながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。

 

「あなたは、民たちによく慕われているな」


 唐突に落とされた声に、私は驚いて顔を上げた。

 

「……もしかして、褒めてくださったんですか?」

 

「客観的な事実を言っただけだ」


 教会中にはもう、私たちの他に誰もいなかった。

 老神父は外の片付けをしており、しばらくは帰ってこない。


 (今がチャンスかも知れない)


 そう思ってはいても、いざとなれば躊躇いが生じてしまうものだ。

 私は緊張を捨てるように一度深呼吸をして、それからクラウス様を見上げた。


「……クラウス様、良ければこの公演、一緒に見に行きませんか?」


「護衛としてならついて行こう」


「そうではなく……。このチケット、どうやらペアチケットのようで……一人で見るのは忍びないなと」


「……俺に気を遣わなくていいとも、以前言ったはずだ」


 確かに言われた。覚えている。

 それでも私は、この公演をクラウス様と一緒に見たいと思ったのだ。そうすれば、この人に誤解なく伝えられる気がした。


 (広場での威圧感は、確かに怖かった。でも私は、クラウス様のこと自体を理由もなく怖がったりしないわ)


「気など遣っていません。私はあなたをむやみに怖がったりもしていません。ただ、あなたと公演を見たいと思っただけです」


 クラウス様は、私の言葉に虚をつかれたように目を開いた。そして、ふうと息を吐きだす。


「……わかった。付き合おう」


 言葉自体は、いつも通り短い。けれど、その声にはどこか柔らかさが滲んでいた。

 驚いて見上げれば、クラウス様の目元はいつもよりも穏やかだった。いつもは引き結ばれている口元も、ほんの少しだけ硬さが取れている。

 クラウス様の珍しいその表情に、私はつい目を奪われてしまった。


 (……笑ってる?)


「……どうした」

 

「いいえ。ありがとうございます……!」


 少し遅れて、拒絶されなかったことへの安堵感が私の心へ広がっていく。

 それは、今まで感じたことのない温かさをもっていた。



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