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偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。  作者: 雨宮羽那
第2章

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14・巡礼訪問へ


 翌朝。私は聖騎士たちの手を借りながら、馬車の中に必要な荷物を運び入れていた。

 着替えの服や、簡易の食料はもちろん、祈りの道具も欠かせない。結構な大荷物だ。

 今日から始まる巡礼訪問は、移動と滞在を合わせて六日間。

 旅路の準備は思っている以上に手間がかかる。


 (これが最後かしら……)


 私が荷物を積み込もうと、トランクを持ち上げたその時。


「聖女殿。これが最後の荷物か」


「え、あ……」


 隣から低い声が聞こえ、現れたクラウス様が私の手から荷物をさらっていった。

 私が返答するよりも早く、クラウス様は荷物を馬車の奥へと収めていく。

 

「あ、ありがとう、ございます」


 戸惑いながらも礼を言うと、クラウス様は「ああ」とだけ短く答え、騎士たちの確認へ向かっていった。

 その背中を眺めながら、私はここ数日のクラウス様の様子を思い出していた。


 (まだ、よく分からないけど、クラウス様ってやっぱり悪い人ではないのでは?)


 セリナから聞いている噂のことがあるから、「いい人」だとはまだ断言できない。

 しかし、この数日クラウス様と接してきたが、私には彼が噂のような怖い人だとは思えなかった。

 確かに彼は言葉数が少なく、そっけない。けれど、血も涙もないような人とはやはり思えないのだ。むしろ――。


「レティノア様、クラウス団長! そろそろ出発されますか?」


 荷物を運び終えた騎士の一人が後ろから尋ねてきてはっとする。

 私は思考を中断して振り返った。

 ただでさえ長い旅路になる。

 出発は早いものに越したことはない。

 

「ええ。よろしくお願いします」


 私は短く答えると馬車の中に乗り込んだ。

 クラウス様も無言のまま私の隣に座る。彼は騎士団長だから、何かあった時に対応できるよう、私のすぐ側に控えてくれている。


 やがて出発の合図と馬の嘶きが聞こえてきた。

 後を追うように、馬車の車輪がゆっくりと石畳を転がり始める。

 窓の外からは、流れていく見慣れた教会周辺の景色と、併走する聖騎士たちの姿が見えた。

 陽光に輝く彼らの白い騎士服が、視界の端で揺れている。まるで、旅の始まりを告げているようだ。


 (巡礼訪問の始まりだわ。気を引き締めなきゃ)


 今回向かう目的地は、教会のある王都からはるか南東に位置する街・ダーレスト。片道二日はかかる地方都市の一つだ。

 滞在期間は約二日。その間に、私は聖女の代わりとして教会で祈りを捧げ、人々と交流をすることが務めだ。

 そしてクラウス様は聖女の護衛として、常に私のそばにいる。


 (……長く一緒にいるわけだから、少しはクラウス様がどんな人なのか知れるかしら)


 私とクラウス様の関係は、名ばかりの婚姻と、聖女の役目で繋がっている。それもミレシアが戻ってきたら終わる、仮初の関係だ。


 それでも私は、このクラウス・グレイフォードという騎士に興味を持ち始めてしまっていた。

 無表情と鋭い琥珀の瞳。「冷血で血も涙もない」という噂があることがうなずけるほどの冷たいオーラ。

 けれど、時おりクラウス様が見せる意味ありげな視線が、私の心をざわつかせるのだ。



 ◇◇◇◇◇◇


 

 隣に座るクラウス様は終始無言ではあったものの、馬車での旅は順調に進んだ。

 目的地であるダーレストの街に着いたのは、予定通り二日後の夕暮れだった。

 馬車の揺れと長時間の移動に、身体はすっかり疲れ切っている。

 それでも、遠くに見え始めた街並みとそれを照らす夕陽に、疲れが癒されていくのを感じていた。


 やがて、馬車が広場の端に止まる。

 途端、周囲にいた市民たちがざわつき始めた。


「王都より、レティノア様のご到着でございます! 道をお開けください!」


 騎士の声が広場に響き渡る。

 その言葉に反応するように、人々が馬車の遠巻きにするように離れていく。


 この街を訪問するのは、初めてのことではなかった。

 それでも、巡礼訪問で最初に降り立つ瞬間は、いつも緊張してしまう。


 彼らが求めているのは聖女の来訪と聖女の力。

 私の立場が聖女補佐官であろうと、偽物の聖女であろうと、彼らには関係ない。ミレシアの代わりを務める以上は、彼らの期待に応えなければならない。


 馬車の扉が開き、外の光が差し込んできた。

 先に降りたクラウス様が私へと手を差し伸べる。

 それに、一瞬だけ面食らってしまった。


 (俺はあなたに触れるつもりはないって言ってたけど、こういうのはいいのね)


 夫婦としては触れないが、騎士としての触れ合いはオッケー、ということだろうか。

 よく分からないが、差し出してくれている手をわざわざ拒む理由も特にないだろう。


 あれこれ考えながらも、私はクラウス様の手を借りて馬車から降りる。


「レティノア様!」

 

 その瞬間、澄んだ声が広場の空気に飛び込んできた。

 声の先を見遣れば、小さな男の子が一人、笑顔でこちらへ駆け寄ってきていた。


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