13・親友は心配する
「心配?」
私はセリナの言葉に首を傾げた。
彼女が侍女の仕事を休んでまでやってくるほど、私は心配をかけてしまったのだろうか。
「ほら、クラウス様が聖女様と結婚したって、城中その話題でもちきりでさ!」
「げほ……ッ!!」
セリナの口からその話が出た瞬間、私は思わず咳き込んでしまった。
まさかセリナからその話題を振られるとは思っていなかったのだ。今の私にとって、もっとも触れてほしくない話題の一つである……。
「あの遊んでばっかのミレシアが、クラウス様と結婚したってのがイマイチ信じられなくて。で、あんたにまたなにか負担がきてるんじゃないかってさ」
「セリナ……」
セリナは冗談めかした口調で言ったけれど、私を見つめるその瞳は真剣そのものだった。
私を心から心配してくれているのだと伝わってきて、なんだかくすぐったい。
「……セリナの危惧している通りよ。ミレシアは絶賛行方不明中だわ」
私は苦笑しながら伝える。セリナに隠しても仕方が無いだろう。
セリナは一瞬ぽかんとしていたが、私の言葉を遅れて理解したのか、悲鳴のような叫びを上げた。
「は? はあああ!?」
セリナの驚きと呆れが混じった声が、静かだった教会に響き渡る。
私が簡潔に事情を話すと、みるみるうちにセリナの顔が険しいものへと変わっていった。
「じゃあミレシアじゃなくて、あんたが代わりにクラウス様と結婚したってこと!? しかもミレシアが見つかるまでの間だけ!? 失礼だけど、あんたの親何考えてるの!?」
怒りを隠すことなく、セリナはいらいらと言い放つ。
あの両親が何を考えているのかなんて、私の方が知りたいくらいだ。
……彼らの頭の中なんておおかたミレシアのことばかりで、私のことなど微塵も考えていないのだろうけれど。
「あんたもあんたで、なんで引き受けたのよ……!」
「……仕方ないじゃない。王命だって言われれば避けられないし。私がミレシアを引き止めなかったせいもあるんだから」
「だからって……!」
セリナは言いかけて、はっと口をつぐんだ。自分が熱くなりすぎていることに気づいたらしい。
自身を落ち着かせるためか、セリナは額を押さえて深く息を吐き出した。
「……それで、結局どうするの? このまま大人しく全部引き受けるわけ?」
「とりあえず、ミレシアが見つかるまでは。婚姻は名ばかりのものみたいだから、そこまで負担じゃなさそうだし」
「だからってねぇ……。貴族の娘にとって婚姻歴がそれなりに大事なものだって分かってるでしょうに」
セリナの言葉に、私は少し目を伏せた。
貴族社会において、婚姻歴は重要なものだ。貴族女性にとって、初婚というのは一種のステータスになる。一度でも離婚歴がつけば一気に価値が下がり、今後の縁談において不利な立場となっていく。
「大丈夫よ。……私、この先一人でもいいって思ってるから」
誰かと添い遂げることに憧れがないわけではない。
それでも私には、自分が誰かと恋に落ち、愛し愛される未来が想像できなかった。
……実家にいる間散々連呼されてきた言葉が蘇る。
『お前は華がなくて可愛げのない子』『ミレシアに比べて価値がない』
両親の言葉が、まるで呪いのようにぐるぐると頭を巡っていた。
「……あんたがそれでいいなら、いいけどさ……」
セリナはため息をついて、視線を礼拝堂の奥へと向けた。
それ以上結婚についての話を続けるのはやめてくれたらしい。
「聖女の仕事の方は、今まで通りするつもり?」
話を変えてくれたセリナに内心感謝をしながら私は短く頷いた。
「ええ。聖女の仕事を滞らせるわけにはいかないし、いつも通り私がやるわ」
この国において、聖女は救いの象徴だ。存在自体が、人々の心の支えになっているところもある。
朝の祈りも、定期的に各地を回る巡礼も、孤児院などへの慰問も、怪我をした人への治癒も。
すべてが必要なものだ。ミレシアがやらないなら私がやるしかない。それがフランヴェール家に生まれたものの責務だ。
「そういえば明日は、巡礼訪問の日だったっけ……」
巡礼訪問――それは、定期的に都市をめぐり、その土地の教会で祈りを捧げ、人々と言葉を交わす。
聖女の務めの一つであり、聖女の仕事を押し付けられ続けてきた私にとって日常の延長のようなものだ。
独り言のような私の言葉に、セリナがぴくりと反応した。
「えっ、巡礼訪問!? 外での仕事ってことはあの冷血騎士がついてくるんじゃないの!? 大丈夫!? 命は取られない!?」
「……護衛でついてくるんだから、命を取られることはないと思うけど」
なんだか見当違いな心配をしているセリナがおかしくて、くすりと笑ってしまう。
セリナと話しているうちに、私の脳裏にはクラウス様の姿が浮かんでいた。
あの人は、結局どんな人なんだろう。
私は彼の無表情の奥にあるものを、一つも知らない。
セリナの言う噂通り怖い人なのか、それとも……。
明日は少しだけ彼に近づけるだろうか。
そんなことを心の奥で考えていた。




